第21話 仕送りの手紙に、村から届いた不穏な一行
十層の主を倒した翌々日。
俺たちは、冒険者になって初めて、「休み」を取った。
「今日は、ダンジョンに行かない」
朝、ガルドが改めてそう宣言した。
「盾の修理が、明日までかかる。それに、全員、少し休め」
「休みって、何すりゃいいんだよ」
ニックが、本気で困った顔をした。
冒険者になってからの一年、俺たちは、ほとんど毎日ダンジョンに潜っていた。
潜らなければ、宿代が払えなかったからだ。
今は、共有資金がある。
一日休んでも、誰も困らない。
(この世界の冒険者には、休みって考え方がないのか)
前世の俺は、休日の過ごし方に困ったことなんて、一度もなかった。
ゲームと漫画があれば、一日なんてあっという間だった。
この世界には、どっちもない。
「……とりあえず、村に手紙を書こう」
俺の提案に、全員がうなずいた。
手紙は、ガルドとミーナが二人で書いた。
宛先は、二人の両親。
仕送りの銀貨を包んで、乗合馬車の御者に頼めば、二日で村に届く。
「『父さん、母さん。元気ですか。わたしたちは元気です。この間、十層の主を倒しました』……」
ミーナが、声に出しながら書いていく。
「……書いていいのか、それ」
ガルドが、眉をひそめた。
「母さんが、心配する」
「でも、嘘書くのも嫌だし」
「『上層の、少し強い魔物を倒した』くらいにしておけ」
「それも嘘じゃないけど……」
結局、手紙には「十層の主を、四人で、誰も怪我せずに倒しました」と書かれることになった。
「誰も怪我せずに」を、ガルドが太い字で書き足していた。
「兄さん、その字、ちょっと怖い」
「……大事なことだ」
それから、銀貨を包む段になって、ガルドが、ふと手を止めた。
「ユーリ。二割で、本当にいいのか」
「いいって言っただろ。おじさんの足、冬までに少しでもよくなってほしいし」
ガルドは、しばらく俺の顔を見ていた。
それから、銀貨の包みを、きゅっと固く結んだ。
その耳が、また赤くなっていた。
昼過ぎ。
ミーナが、「薬草の市場に行きたい」と言い出した。
「リーデンの東の市場に、遠くの土地の薬草を売ってるお店があるんだって。見るだけでいいから」
「一人で行くのか」
ガルドの声が、一段低くなった。
「すぐそこだよ?」
「……ゴードンの件があったばかりだ」
「ゴードンさん、もう許可止められてるでしょ」
「……」
ガルドは、黙って立ち上がった。
そして、ミーナの後ろについて、部屋を出ていこうとする。
「ちょっと、兄さん!?」
「荷物持ちだ」
「荷物なんかないよ!」
「……買うかもしれない」
ミーナが、俺とニックのほうを、助けを求めるように振り返った。
ニックが、肩をすくめた。
「諦めろ、ミーナ。ガルドの過保護は、十層の主より手ごわい」
「……知ってる」
ミーナは、大きなため息をついて、兄と一緒に出ていった。
扉が閉まる直前、「ついてくるなら、せめて三歩後ろを歩いて」という声が聞こえた。
二人が出ていくと、ニックが、床に寝転がって天井を見上げた。
「なあ、ユー坊。新しい歌、できたんだけど」
「聞くだけ聞く」
「なんだよその言い方!」
ニックは、がばっと起き上がって、咳払いをした。
「題は、『十層の主と、四人の英雄』」
そして、本当に歌い始めた。
――岩の角持つ大猪
――轟く蹄で迫り来る
――されど恐れぬ斥候ニック
――一突きで喉を貫けり
「待て」
「なんだよ、いいとこなのに」
「俺とガルドとミーナは」
「二番に出てくる」
――罠師ユーリは後ろで見てた
「見てたってなんだよ。一番働いたのは俺だろ」
「そうか? 最後に決めたのはオレだぞ」
「その前に落とし穴を掘って、毒を仕込んで、ガルドに避けろって言ったのは誰だ」
「……語呂が悪いんだよ、落とし穴は」
ミーナがいたら、一行目から訂正していただろう。
歌を最後まで聞き終えて、俺は正直な感想を言った。
「盛りすぎ」
「吟遊詩人の歌ってのは、盛ってなんぼなんだよ!」
夕方。
ガルドとミーナが戻ってきた。
ミーナは、紫鈴草の種と、見たこともない形の干した草を、大事そうに抱えていた。
ガルドは、ミーナの三歩後ろではなく、ちゃんと隣を歩いていた。
どうやら、途中で仲直りしたらしい。
四人がそろったところで、俺は、ずっと話そうと思っていたことを切り出した。
十層の、主の部屋の壁の模様。
金箱の幻を映していた床の模様と、同じ形だったこと。
三人は、黙って聞いていた。
「……偶然、じゃねえのか」
ニックが言った。
「ダンジョンの模様なんて、どこも似たようなもんだろ」
「そうかもしれない。でも、あの模様は、普通の壁には一度も見たことがない」
一年間、上層を歩き回ってきた。
壁の模様なんて、気にしたこともなかったけれど、あれほど複雑な模様は、記憶にない。
「金箱の部屋は、消えた。でも、主の部屋には、同じ模様がまだ残ってる」
ミーナが、ぎゅっと膝を抱えた。
「……あの金箱、もしかして、誰かが置いたってこと?」
「分からない」
俺は、正直に言った。
「分からないから、覚えておく。それだけだ」
ガルドが、ゆっくりとうなずいた。
その時、宿の主人が、部屋の扉をノックした。
「ガルドさん宛てに、手紙が届いてますよ。コルネ村から」
ガルドが、目を見開いた。
こっちから出した手紙は、今朝、馬車に預けたばかりだ。
村に着くのは、早くても明後日。
つまり、これは、入れ違いで村から送られてきた手紙だ。
ガルドが、封を切った。
ハロルドおじさんの、ごつごつとした字だった。
最初の数行を読んだところで、ガルドの顔が、わずかに曇った。
「……兄さん?」
「親父からだ。足は、少しずつよくなっているらしい」
そう言ってから、ガルドは、手紙の最後の行を、もう一度読み返した。
「――ただ、最近、村の近くの森で、魔物が増えている。今までは見なかったような奴も、時々出てくる。お前たちも、ダンジョンでは気をつけろ」
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