第20話 買い叩き商人の不正は、帳簿が全部覚えていた
十層の主が、鉄札のパーティに倒された。
その噂は、俺たちが地上に戻るより先に、ギルドに届いていたらしい。
翌朝、ギルドの扉を開けた瞬間、中にいた冒険者たちの視線が、一斉にこっちを向いた。
「あれか? 不遇職ばっかりのパーティって」
「罠師が、岩角猪を落とし穴に落としたんだと」
「白銀の翼より先に? 嘘だろ」
ひそひそとした声が、あちこちから聞こえてくる。
「……なんか、見られてんな、オレら」
ニックが、そわそわと周りを見回した。
口では落ち着かないふりをしているが、顔がにやけている。
「ニック、顔」
「にやけてねえよ」
「にやけてるでしょ」
ミーナに言われて、ニックは慌てて顔を両手でこすった。
新人担当の窓口で、エルザさんが待っていた。
「討伐の確認をするわ。素材を見せて」
ガルドが、岩角猪の角をカウンターに置いた。
両腕でやっと抱えられるほどの、岩の塊のような角だ。
エルザさんは、角を検分して、帳簿に何かを書き込んだ。
「確かに、十層の主、岩角猪の角ね。あなたたちのパーティの初回討伐、確認したわ」
そして、顔を上げた。
「おめでとう」
いつもの無表情だった。
でも、その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。
「角の買取は、上物で銀貨八枚。それと、パーティで初めて十層の主を倒した報奨金が、ギルドから銀貨五枚出るわ」
「は、八枚と五枚……」
ミーナが、指を折って数えて、固まった。
銀貨十三枚。
宝箱から出た銀貨十枚と合わせれば、二十三枚。
一か月前の俺たちには、想像もできなかった額だ。
(ガルドの盾の修理代を払っても、まだ十分残る。共有資金に入れて、村への仕送りを二割、残りを四等分して……)
「ユー坊」
「……してない」
「まだ何も言ってねえよ」
手続きが終わりかけた時だった。
ギルドの入口が、乱暴に開いた。
「――どういうことだ!」
怒鳴り声とともに入ってきたのは、ゴードンさんだった。
脂ぎった丸い顔が、真っ赤になっている。
いつもののんびりした口調は、どこにもなかった。
「わしの店の、買取の許可を止めるだと!? 依頼主の登録も取り消すだと!? 何の権利があって――」
ゴードンさんの視線が、カウンターの前にいる俺たちに、ぴたりと止まった。
「……お前らか」
太い指が、俺を指さした。
指輪が、じゃらりと鳴った。
「お前らが、ギルドに何か吹き込んだんだろう!」
ガルドが、無言で一歩前に出た。
俺とゴードンさんの間に、大きな背中が立ちふさがる。
「吹き込んだ、というのは違うわ」
静かな声が、怒鳴り声を断ち切った。
エルザさんだった。
カウンターの奥から、分厚い帳簿の束を二つ、抱えて出てきた。
「ゴードンさん。買取の店は、冒険者から買い取った素材を、毎月ギルドに届け出ることになっているわね。税の計算のために」
「そ、それがどうした」
「あなたの店の届け出では、この一年、牙鼠の毛皮は全部『並品』になっているの。一枚残らず」
エルザさんは、一つ目の帳簿を開いた。
「そしてこちらは、仕立て屋ベルン工房の仕入れの帳簿。工房に頼んで、写しを見せてもらったわ」
二つ目の帳簿が、開かれる。
「同じ一年で、ベルン工房はあなたの店から、『上物の』牙鼠の毛皮を、四百枚以上仕入れている。一枚、銅貨四十枚で」
ギルドの中が、しんと静まり返った。
「並品しか買っていない店が、上物を四百枚売れるはずがないわね」
ゴードンさんの顔から、赤みが引いていった。
「上物を並品の値段で買い叩いて、届け出も並品にして、税をごまかした。新人の冒険者からも、ギルドからも、かすめ取っていたことになるわ」
エルザさんは、帳簿を閉じた。
「ギルドの規則に従って、調べが終わるまで、あなたの店の買取の許可と、依頼主の登録を止めます。……異論があるなら、ギルド支部長に申し立てて」
ゴードンさんの口が、ぱくぱくと動いた。
でも、言葉は出てこなかった。
太い指が、無意識に、指輪をなでていた。
何度も、何度も。
値踏みをする時の癖。
でも、もう、誰の素材も値踏みすることはできない。
やがて、ゴードンさんは、俺をひと睨みして、何も言わずにギルドを出ていった。
扉が閉まった瞬間、ギルドじゅうから、どっと声が上がった。
「マジかよ、俺もあそこで売ってたぞ!」
「俺の毛皮も、上物だったってことか!?」
あちこちで、新人らしい冒険者たちが頭を抱えていた。
「……エルザさん」
俺は、カウンターに向き直った。
「いつから、調べてたんですか」
「あなたたちが、相場表を見せてほしいと言いに来た日から」
エルザさんは、何でもないことのように言った。
「ギルドの職員は、冒険者がどこで素材を売るかに口を出してはいけない。でも、届け出の帳簿を調べるのは、職員の仕事よ」
そう言って、ほんのわずかに、目を細めた。
「あなたたちが聞きに来てくれなければ、帳簿を見比べようとも思わなかったわ。……ありがとう」
ギルドを出ようとした時、入口の柱のそばに、銀の鎧が立っていた。
セドリックだった。
ニックが身構えた。
ミーナも、警戒した顔で兄の後ろに下がる。
でも、セドリックは、剣にも手をかけず、ただ俺を見ていた。
「……ユーリ、だったな」
初めてだった。
セドリックが、俺の名前を呼んだのは。
「八層の網の借りは、いずれ返す」
それだけ言って、セドリックは背を向けた。
「それと、十層の主の借りもな。……次は、負けない」
白銀の翼の四人が、ギルドの奥へと消えていった。
ロザリンドが、一度だけこっちを振り返った。
「……今の、なんだ?」
ニックが首をかしげた。
「たぶん」
俺は、少し考えてから言った。
「ライバルとして認めた、って意味だと思う」
「回りくどいやつだな!」
その夜。
宿の部屋で、ステータスを開いた。
レベル:9
岩角猪の経験値は、桁違いだった。
宝箱から出た【罠の持続】の書は、枕元に置いてある。
罠が消えにくくなるスキルだ。
ギルドの売れ残り棚にも同じ名前の書があったが、あれはコモン。こっちはアンコモンで、効果がずっと大きいはずだ。
推奨レベルの8も、もう超えている。
すぐにでも覚えたい。
でも、今の俺のスキル枠は、四つとも埋まっている。
五つ目の枠が開くのは、レベル10になった時だ。
(あと一つ。上がったら、真っ先にこれを入れる)
それと、もう一つ。
気になっていることがあった。
十層の、主の部屋の壁に刻まれていた模様。
金箱の幻を映し出していた、あの床と同じ模様。
(……みんなに、話しておくべきだよな)
明日は、ガルドが休みにすると言っていた。
四人がそろったところで、話そう。
俺は、ベッドの上で、あの模様を思い浮かべながら、目を閉じた。
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