第18話 牛の倍ある猪の突進を、落とし穴で止める
五層までは、ダンジョンの入口にある石碑から転移した。
五層ごとに置かれた転移の石碑は、一度触れておけば、入口との行き来に使える。
でも、五層から先は、自分の足で歩くしかない。
白銀の翼の進み方は、圧倒的だった。
六層で、ゴブリンの群れが道をふさいだ。
ロザリンドの杖の先に炎が灯ったかと思うと、次の瞬間には、群れごと焼き払われていた。
七層では、牙鼠が五匹。
ヴァンの矢が三匹を射抜き、残りの二匹はセドリックの剣が一振りで斬り捨てた。
立ち止まらない。
迷わない。
魔物が出れば、出た端から倒していく。
(……強いな)
素直に、そう思った。
人気職が人気なのには、ちゃんと理由がある。
俺たちは、そのずっと後ろを歩いていた。
「ユー坊、いいのかよ。どんどん離されてるぞ」
「いい。俺たちは、俺たちのやり方で行く」
俺たちのやり方は、戦わないことだった。
ニックが【早耳】で、魔物の足音を聞き分ける。
群れがいる道は避けて、遠回りでも静かな道を選ぶ。
どうしても避けられない時だけ、通り過ぎた後ろの通路に罠を一つ置いて、追ってこないようにする。
戦わなければ、MPも、体力も、薬も減らない。
十層に着いた時に、全部が残っている。
前世のゲームでいえば、ボス前で回復アイテムを使い切らないのが一番大事、というやつだ。
「……地味だな、オレたち」
「地味でいい」
七層を過ぎたあたりから、白銀の翼の背中が、少しずつ近づいてきた。
全部の魔物と戦っていれば、さすがに疲れる。
ロザリンドの炎が、目に見えて小さくなっていた。
エミールの治癒の光が、何度もヴァンの腕に灯っていた。
そして、八層。
細い通路の先で、白銀の翼が立ち止まっていた。
「……なんだ、あれ」
ニックが目をこらした。
天井から落ちてきた太い縄の網に、ヴァンが絡め取られていた。
ダンジョンの罠だ。
暴れれば暴れるほど、網が締まっていく仕組みらしい。
「動くな、ヴァン! 今、切る!」
セドリックが剣を振るうが、網は刃を受け流して、なかなか切れない。
ロザリンドが炎で焼こうとして、エミールに止められていた。
網ごと、ヴァンまで燃えてしまう。
俺は、通路の手前で足を止めた。
【罠術】で、網の罠を見る。
――【締め網】
起動:踏む
効果:拘束
連動:天井の杭
(網そのものじゃなくて、天井の杭が締めてるのか)
網の端は、天井に打ち込まれた四本の杭につながっている。
網が引かれるたびに、杭の仕掛けが縄を巻き取っているのだ。
「右奥の杭」
俺は、通路の向こうに声をかけた。
セドリックが、ばっと振り返った。
「網の四隅のうち、右奥の杭が巻き取りの仕掛けだ。それを切れば、網は緩む」
セドリックは、俺の顔を見た。
信じていいのか、という顔だった。
それから、歯を食いしばって、ヴァンに言った。
「……ヴァン。右奥の杭を、射抜けるか」
網の中のヴァンが、窮屈そうに腕を動かして、弓を引いた。
矢が、天井の杭を正確に射抜く。
ばつん、と縄が弾けて、網がだらりと緩んだ。
ヴァンが、網の中から転がり出た。
「……」
セドリックは、何も言わなかった。
ただ、俺をじっと見て、それから、ふいっと顔をそむけた。
「行くぞ」
白銀の翼が、先に歩き出す。
でも、さっきまでの速さは、もうなかった。
「ユー坊、なんで教えてやったんだよ」
ニックが、口をとがらせた。
「放っときゃ、オレらが先に行けたのに」
「網から出るのに時間がかかったら、その間に魔物が集まってくる。あそこで誰かが死んだら、寝覚めが悪いだろ」
「……まあ、そりゃそうだけどよ」
ガルドが、ほんの少しだけ、口の端を上げていた。
「……それに」
俺は、通路の先を見た。
「網を緩めるのに、ヴァンが矢を一本使った。ロザリンドも、エミールも、もうだいぶ消耗してる。あっちは、十層に着く頃には、俺たちより疲れてるはずだ」
「お前、それ計算して教えたのかよ」
「半分くらいは」
ニックが、本気で引いた顔をした。
そして、十層。
そこは、今までの層とはまるで違っていた。
天井の高い、広い洞窟。
壁の光苔が、あちこちで青白く光っている。
床には、何かが何度も通ったような、深い溝が何本も刻まれていた。
「……聞こえる」
ニックが、片手を耳に当てた。
「重い。でかい。蹄の音だ。……右の奥。こっちに、ゆっくり近づいてくる」
俺たちと白銀の翼は、ほぼ同時に十層に着いていた。
だが、主の居場所を先に聞き取ったのは、ニックの耳だった。
セドリックたちは、まだ左の通路を見回している。
「行くぞ」
ガルドが、盾を構えた。
右の奥の暗がりから、それは現れた。
牛の二倍はある、巨大な猪。
全身を、黒く硬い毛が覆っている。
額から突き出した角は、まるで岩を削り出したように、ごつごつと太かった。
岩角猪。
赤い目が、俺たちをとらえた。
前足が、地面を掻く。
一度、二度。
(来る)
「ガルド、手前まで! 予定どおりに!」
「――ああ!」
ガルドが、盾を打ち鳴らした。
岩角猪が、突進してきた。
速い。
地面が揺れる。
あの巨体が、牙鼠よりも速く感じた。
突進の通り道に、俺は【滑る床】を三つ、重ねて置いた。
岩角猪の前足が、滑る床を踏んだ。
巨体が、ぐらりと横に傾いた。
――傾いただけだった。
重すぎる。
滑りながらも、岩角猪は四本の足で床を削り、勢いを殺さずに突っ込んでくる。
その先で待っていたのは、俺が置いた【地穿ちの槍】の列だった。
床から突き出した槍が、岩角猪の額に当たった。
ばきん、と。
砕けたのは、槍のほうだった。
(角で、槍を折った……!?)
止まらない。
岩角猪は、砕けた槍の破片を撒き散らしながら、まっすぐガルドに向かっていく。
「兄さん!」
ミーナの悲鳴。
ガルドが、盾を構えた。
【不動】。
【踏ん張り】。
巨大な角が、盾の真ん中に激突した。
鈍い、重い音が、洞窟じゅうに響き渡った。
ガルドは、吹き飛ばされなかった。
一歩も、下がらなかった。
でも。
鍛冶屋で補強したばかりの盾の縁から、真ん中に向かって。
ぴしり、と。
一本の、ひびが走った。
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