第17話 エリートパーティと、同じ日に同じ主を狙うことになった
「十層の主に、挑みたい」
宿の部屋で、俺がそう言った瞬間、空気が固まった。
ニックは目を丸くして、ミーナは口を半開きにして。
ガルドは、何も言わずに俺を見た。
「……本気か」
「本気だ」
ガルドの眉間に、深いしわが寄った。
「十層の主は、上層で一番強い魔物だ。銅札のパーティでも、全滅することがある」
「知ってる」
「お前は、ひと月も経たないうちに、一度死んでいるんだぞ」
その一言は、重かった。
ガルドは、怒っているわけじゃない。
怖いんだ。
もう一度、仲間を失うのが。
俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「だから、無理だと思ったら、絶対に引き返す。撤退用の罠も、先に置いておく。それは約束する」
「……なぜ、そこまでして十層なんだ」
「理由は、三つある」
俺は、指を一本立てた。
「一つ目。今の俺たちなら、勝てる見込みがある。岩背蜥蜴を、誰も傷つかずに倒せた。上層の主は、あれより少し強いくらいのはずだ」
二本目。
「二つ目。主を初めて倒したパーティには、特別な宝箱が出る。中身次第で、俺たちの戦い方がもう一段変わる」
三本目を立てる前に、俺はミーナを見た。
「三つ目は……ミーナの、あの時の言葉だ。見返すなら、口じゃなくて結果でやろうって、俺が言った」
ミーナが、はっとした顔をした。
セドリックは、三日後に十層の主に挑むと、ギルドじゅうに宣言した。
もし白銀の翼が主を倒したら、「不遇職の寄せ集め」と「人気職の白銀の翼」の差は、また一つ開く。
でも、もし、俺たちが先に倒したら。
「……オレは、やりてえ」
ニックが、ぼそりと言った。
「あいつらの鼻、明かしてやりてえよ」
「わたしも」
ミーナが、兄のほうに向き直った。
「兄さん。わたし、怖くないって言ったら嘘になる。でも、行きたい」
ガルドは、長いこと黙っていた。
窓の外で、夜の鐘が鳴った。
「……条件がある」
やがて、ガルドは言った。
「十層に着く前に、一度でも誰かが怪我をしたら、引き返す。撤退の判断は、俺がする。ユーリの罠がどれだけうまくいっていても、俺が引けと言ったら引く」
「分かった」
「それと」
ガルドは、俺の目をまっすぐ見た。
「お前は、絶対に前に出るな」
それが、ガルドの最後の条件だった。
翌日。
俺たちは、ギルドのエルザさんに、十層の主のことを聞きに行った。
「十層の主……今は、岩角猪ね」
エルザさんは、帳簿の束から古い記録を引き出した。
「牛の二倍ほどの大きさの猪よ。額に、岩のように固い大きな角がある。広い洞窟を歩き回っていて、冒険者を見つけると、一直線に突進してくる」
「突進……」
「壁にぶつかっても止まらない。むしろ、壁を砕いて向きを変える。盾で受け止めようとした盾士が、盾ごと吹き飛ばされた記録もあるわ」
ガルドの肩が、ぴくりと動いた。
「弱点は?」
「分かっていないの。背中は硬い毛と分厚い皮で、剣がなかなか通らない。今まで討伐したパーティは、魔法で少しずつ削って倒しているわ」
魔法で、少しずつ。
白銀の翼には、魔術師のロザリンドがいる。
だからセドリックは、自信満々で宣言したのだろう。
(でも、一直線に突っ込んでくる相手なら)
俺の頭の中で、もう、形が見え始めていた。
一直線の突進は、罠師にとって、一番ありがたい動きだ。
どこを通るか、最初から分かるのだから。
「……ユーリくん」
エルザさんが、帳簿を閉じながら言った。
「ギルドは、鉄札のパーティが十層の主に挑むことを、禁止はしていない。でも、勧めもしない。それは分かっているわね」
「はい」
「なら、一つだけ」
エルザさんは、声を落とした。
「白銀の翼は、明後日の朝、ギルドを出発すると届けを出しているわ」
俺は、エルザさんの顔を見た。
いつもの無表情だった。
でも、それを教えてくれたということは。
「ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
その日一日を、俺たちは準備に使った。
ミーナは、紫鈴草の毒を、ありったけ煮出した。
ニックは、五層の石碑から十層までの道順を、オズワルドさんに聞いて頭に叩き込んだ。
ガルドは、盾の縁の補強を、鍛冶屋に頼んだ。
俺は、宿の部屋の床に、何度も何度も図を描いた。
岩角猪が突進してきたら、どこに何を置くか。
突進が外れたら、次はどう動くか。
勝てなかったら、どこから、どうやって逃げるか。
「ユー坊、まだ起きてんのか」
夜中、床の毛布からニックが顔を上げた。
「もう寝ろよ。明日早えんだから」
「あと一つだけ」
「その『あと一つ』、三回目だぞ」
ニックはあきれたようにため息をついて、それから、ぽつりと言った。
「……なあ。勝てるよな、オレたち」
「勝てる。……たぶん」
「たぶんかよ」
「逃げ道は、絶対に確保する。だから、負けても死なない」
ニックは、しばらく黙っていた。
「お前、本当に変わったよな。死ぬ前は、そんなに先のこと考えるやつじゃなかった」
(そりゃ、中身が三十過ぎの会社員だからな)
もちろん、口には出さなかった。
そして、出発の朝。
夜明け前の、まだ薄暗いダンジョンの入口に、俺たちは立っていた。
白銀の翼の出発は、明日の朝のはずだ。
俺たちが一日早く出れば、十分に間に合う。
そう、思っていた。
「――やはりな」
背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、銀の鎧が、夜明けの薄明かりを反射していた。
セドリックと、白銀の翼の四人が、そこに立っていた。
「ギルドに出した届けは、一日遅らせて書いておいた」
セドリックは、口の端を上げた。
「あの岩背蜥蜴の甲羅を見た時から、お前たちが割り込んでくる気がしていた。受付の女が、お前たちに肩入れしているのも知っている」
セドリックは、俺たちの横を通り過ぎて、ダンジョンの入口に足をかけた。
「先に主を見つけたほうが挑む。それがダンジョンの決まりだ。……せいぜい、ついてこい」
お読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、とても励みになります。




