第15話 濡れ衣を晴らしてくれたのは、同郷の銀札だった
扉に突き立てられた短剣は、どこにでも売っている安物だった。
紙も、字も、手がかりになりそうなものは何もない。
「ゴードンだろ。決まってる」
ニックが、引き抜いた短剣を握りしめて言った。
「たぶんな」
俺はうなずいた。
「でも、証拠がない。昨日ギルドで俺たちを見てた男だって、ゴードンさんの店の人ってだけで、これをやったかどうかは分からない」
「じゃあ、黙ってろってのかよ」
「黙らない。でも、騒がない」
騒げば、相手の思うつぼだ。
「調子に乗るな」と言っているのだから、こっちが怒って何かすれば、それを理由にまた何かしてくる。
ガルドが、紙を折りたたんで、懐にしまった。
「……宿の主人には、話しておく。それと、しばらく、全員で動く」
ミーナは、何も言わずに、兄の袖をつかんでいた。
次の嫌がらせは、その日の昼に来た。
二日分潜って集めた素材を、ギルドの買取窓口に持っていった時だ。
「おい、待てよ」
後ろから、声をかけられた。
振り返ると、見覚えのない男たちが三人、にやにやしながら立っていた。
年は二十代の半ばくらい。首には鉄札。
使い込んだ、というより手入れのされていない剣を腰に下げている。
「その毛皮、俺たちが二層で仕留めた牙鼠のだろ」
「……は?」
「とぼけんなよ。俺たちが倒して、ちょっと目を離した隙に、皮を剥いで持っていきやがったんだ」
ギルドの中が、ざわりとした。
「他人の獲物の横取りは、ギルドの決まりで禁止されてるよな?」
男の一人が、窓口に向かって大声で言った。
「こいつらの買取、止めてもらおうか。調べがつくまで」
窓口の職員が、困った顔で俺たちと男たちを見比べた。
「そ、そういうお話でしたら、確認が取れるまで、査定をお待ちいただくことに……」
(……そう来たか)
査定が止まれば、俺たちは現金が手に入らない。
宿代も、食費も、払えなくなる。
「全部上物作戦」は、そこで止まる。
「横取りなんか、してない!」
ミーナが叫んだ。
でも、男たちは肩をすくめるだけだった。
「証拠はあんのか? ああ?」
証拠。
こっちにだって、自分たちで倒したという証拠はない。
ダンジョンの中で、誰かが見ていたわけじゃない。
どうする。
どうすれば、この場を――。
「――何の騒ぎだ」
低く、よく通る声だった。
人垣が割れて、大柄な男が歩いてきた。
日に焼けた顔に、短く刈った髪。左の頬に、古い傷跡。
背中に、大剣。
「オズワルドさん……!」
銀札の冒険者、「赤錆の鎚」のリーダー。
二十年前にコルネ村を出た、俺たちの村の先輩だ。
オズワルドさんは、男たちと、俺たちと、カウンターの上の毛皮を順番に見た。
「横取り、と聞こえたが」
「あ、ああ。こいつらが、俺たちの獲物を」
「お前たちは、どうやってその牙鼠を倒した?」
オズワルドさんは、静かに聞いた。
「どう……って、剣で斬ったに決まってんだろ」
「そうか」
オズワルドさんは、カウンターの上の毛皮を一枚手に取った。
そして、それを、男たちの目の前に広げてみせた。
「見ろ。この毛皮のどこに、剣で斬った跡がある?」
男たちの顔が、固まった。
毛皮には、首筋に小さな刺し傷が一つあるだけだった。
剣で斬った跡は、どこにもない。
「こっちもだ。こっちも。どれも、首筋に一突き。それ以外の傷はない」
オズワルドさんは、一枚ずつ毛皮を広げていった。
「剣で斬って仕留めた牙鼠の毛皮が、こうなるか?」
「そ、それは……」
「お前たちの剣が、そんなに上品な使い方をされているようには見えんがな」
ギルドの中に、くすくすという笑い声が広がった。
男たちは、顔を赤くして、何か言い返そうとした。
でも、言葉が出てこないようだった。
「……ちっ」
一人が舌打ちをして、三人はそそくさとギルドを出ていった。
窓口の職員が、ほっとしたように息を吐いた。
「で、では、査定はこのまま進めさせていただきます」
「助かりました。本当に」
ギルドを出たところで、俺たちは四人そろって頭を下げた。
「よせ。頭を上げろ」
オズワルドさんは、大きな手をひらひらと振った。
「それより、飯でも食うか。話がある」
オズワルドさんが連れていってくれたのは、冒険者向けの古い酒場だった。
奥の席に座ると、オズワルドさんは俺たちの前に、肉の盛り合わせを山ほど並べた。
「全部俺のおごりだ。食え」
ニックが、目を輝かせた。
「あの毛皮、どうやって仕留めた」
食べながら、オズワルドさんが聞いた。
俺は、全部上物作戦のことを話した。
罠で転ばせて、痺れ薬で止めて、首筋を一突き。
オズワルドさんは、黙って聞いていた。
そして、話が終わると、ふっと遠い目をした。
「……ハロルドの奴を、思い出すな」
ハロルド。
ガルドとミーナの、父親の名前だ。
「親父を、知ってるんですか」
ガルドが、珍しく身を乗り出した。
「知ってるも何も。俺がリーデンに出てきて、最初に組んだ相棒だ」
オズワルドさんは、杯を傾けた。
「あいつは猟師の出でな。剣より罠のほうが得意だった。獲物を罠に追い込んで、傷つけずに仕留める。おかげで、あいつと組んでた頃は、素材がやたら高く売れたもんだ」
ガルドとミーナが、顔を見合わせた。
「でもな。ハロルドは、二年で冒険者をやめて村に帰った。嫁さんと、生まれたばかりのガルドがいたからな」
オズワルドさんは、ガルドを見て、少し笑った。
「お前が生まれた時、あいつは泣いて喜んでたよ。『こいつには、俺みたいな危ない仕事はさせない』ってな」
「……親父が、そんなことを」
「結局、お前は冒険者になっちまったけどな」
ガルドは、何も言わなかった。
でも、その耳が赤かった。
ミーナが、そっと兄の背中に手を当てていた。
「罠は、獲物の気持ちになって置け」
オズワルドさんは、俺を見た。
「あいつの口癖だった。お前、ハロルドから罠を教わったんだろう」
「……はい」
村で、おじさんに何度も言われた言葉だ。
それが、まさか、こんなところで、つながるなんて。
酒場を出る時、オズワルドさんは、俺の肩に手を置いた。
「一つだけ、言っておく」
さっきまでの穏やかな声とは、違っていた。
「今日の三人な。前に、ゴードンの店の若いのと、同じ卓で飲んでいるのを見たことがある」
俺は、思わずオズワルドさんの顔を見上げた。
「証拠にはならん。俺が見ただけの話だ。だが、気をつけろ」
左の頬の古傷が、ランプの明かりに浮かび上がっていた。
「ゴードンは、自分の取り分に手を出されるのを、何より嫌う男だ」
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