第13話 受付嬢の忠告
翌朝。
冒険者ギルドの受付は、朝一番の依頼を受ける冒険者たちで混み合っていた。
新人担当の窓口の前で、俺たちは順番を待った。
「おはようございます。依頼の受付ですか」
エルザさんは、いつもの無表情で言った。
栗色の髪をきっちりと結い上げて、手元では帳簿をめくる手が止まらない。
「いえ、あの、聞きたいことがあって」
俺は、昨日の店で見たことを話した。
毛皮の買取値、銅貨十枚。
倉庫の札、上物、銅貨四十枚。
話が進むにつれて、帳簿をめくるエルザさんの手が、ゆっくりと止まった。
「……それで、素材の本当の相場を知りたいんです。ギルドの買取窓口だと、いくらになるのか」
エルザさんは、しばらく黙っていた。
それから、帳簿の下から、一枚の紙を引き抜いた。
「ギルドの買取相場表よ」
カウンターの上に置かれた紙には、細かい字で、素材の名前と値段がずらりと並んでいた。
――牙鼠毛皮 並品 銅貨十二枚
――牙鼠毛皮 上物(大きな傷なし) 銅貨三十枚
――牙鼠魔石 銅貨六枚
――スライム核 並品 鉄貨五枚
――スライム核 上物(傷なし) 銅貨二枚
「……スライムの核、上物だと銅貨二枚?」
ミーナが、目を丸くした。
「わたしたち、いつも鉄貨五枚で売ってたよね……」
鉄貨五枚と、銅貨二枚。
四倍の差だ。
「ギルドの窓口は、査定に一日かかる。だから、その日のうちに現金が欲しい新人は、どうしても買取の店を使う」
エルザさんは、淡々と言った。
「店が、ギルドより安く買うのは当然よ。すぐに現金を出す分、手間賃を取る。それ自体は、悪いことじゃない」
「でも、上物と並品を区別しないで、全部並品の値段で買うのは」
「……ええ」
エルザさんは、小さく息を吐いた。
「それは、知らない相手からかすめ取っているのと同じね」
その言葉に、ニックが「だよな!」と身を乗り出した。
「じゃあ、ギルドからゴードンに言ってくれよ! ちゃんと値段つけろって!」
「できないの」
エルザさんは、首を振った。
「ギルドの職員は、冒険者がどこで素材を売るかに口を出してはいけない決まりになっているの。相場表は、聞かれたら誰にでも見せる。でも、こちらから勧めることはできない」
そして、ほんの少しだけ、声を落とした。
「この一年で、相場表を見せてほしいと言いに来た新人は、あなたたちが初めてよ」
ずっと、目の前にあったのに。
誰も、聞かなかった。
俺たちも、聞かなかった。
「……一つ、忠告しておくわ」
相場表をしまいながら、エルザさんは言った。
「ゴードンさんの店は、このギルドで一番大きな依頼主でもあるの。素材集めの依頼の、半分以上は、あの店から出ている」
素材集めの依頼。
牙鼠の毛皮を十枚集めてこい、スライムの核を二十個納めろ。
新人の冒険者にとっては、一番確実な稼ぎ口だ。
「前に、あの店の買取値に文句を言った新人のパーティがいた」
エルザさんの声は、相変わらず平らだった。
でも、その目は、まっすぐ俺を見ていた。
「次の日から、そのパーティが受けた素材集めの依頼は、全部『品質不足』で突き返されるようになった。半月で、そのパーティはリーデンを出ていったわ」
背中が、すっと冷えた。
「ゴードンさんに逆らった新人は、依頼を回されなくなる。……少なくとも、そういう噂がある」
噂。
エルザさんは、それ以上のことは言わなかった。
ギルドの職員として、言えるのはそこまでなのだろう。
「気をつけなさい。あなたたち、ようやく少しずつ、まともに戦えるようになってきたところでしょう」
俺は、思わずエルザさんの顔を見た。
この人は、本当に、俺たちのことをよく見ている。
ギルドの隅の長椅子で、俺たちは顔を寄せ合った。
「……どうする」
ガルドが言った。
「ゴードンさんの店で売るのをやめたら、依頼を突き返されるかもしれない。続けたら、ずっと安く買い叩かれる」
「どっちも嫌だな」
ニックが頭をかきむしった。
俺は、さっきの相場表を思い浮かべていた。
牙鼠の毛皮。並品なら銅貨十二枚。上物なら三十枚。
スライムの核。並品なら鉄貨五枚。上物なら銅貨二枚。
上物か、並品か。
その差は、傷があるかないかだけだ。
そして俺の罠は、魔物を傷つけずに止めることができる。
滑る床で転ばせて、痺れ薬で動きを止めて、急所を一突き。
それなら、素材はほとんど傷まない。
「みんな」
俺は言った。
「素材集めの依頼は、受けなくていい」
「は? じゃあ、どうやって稼ぐんだよ」
「依頼じゃなくて、素材そのものを、ギルドの窓口に売る。それも、全部上物で」
三人が、顔を見合わせた。
「上物だけなら、並品の二倍から四倍で売れる。依頼を受けなくても、十分に稼げる。ゴードンさんの店を通さないから、依頼を突き返されることもない」
「……査定に一日かかるのは?」
「宿代の分だけ、先に貯めておく。三日分あれば、回せる」
前世でいう、資金繰りだ。
売り上げが入る前に、出ていくお金を用意しておく。
会社の経理の人が、いつも口うるさく言っていたことだ。
ガルドが、腕を組んで、長いこと考えていた。
「……やってみる価値は、ある」
リーダーが、うなずいた。
「よっしゃ! 全部上物作戦だな!」
「名前、そのまんまだね」
ミーナが笑った。
エルザさんの話を聞いてから、ずっと硬かった顔が、少しだけほどけていた。
その時。
俺は、ギルドの入口の柱の陰に、見覚えのある顔を見つけた。
昨日、ゴードンさんの店の倉庫で、馬車に荷を積んでいた若い男だ。
男は、俺と目が合うと、何事もなかったように顔をそむけた。
そして、人混みにまぎれて、ギルドを出ていった。
(……いつから、見てた?)
俺たちが、エルザさんと話していたところを。
相場表を、見せてもらっていたところを。
お読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、とても励みになります。




