第12話 指輪をなでる癖
ゴードンさんの店は、ギルドの裏通りにある。
石造りの二階建て。
一階が買取の窓口で、奥が倉庫になっているらしい。
新人の冒険者は、たいていここで素材を売る。ギルドの買取窓口より早く、その場で現金をくれるからだ。
「おや、あんたたちか」
カウンターの奥で、ゴードンさんが顔を上げた。
脂ぎった丸い顔に、細い目。
今日も、太い指に指輪がいくつも光っている。
「牙鼠の毛皮が六枚と、魔石が六つです」
ガルドが、カウンターに素材を並べた。
ゴードンさんは、毛皮を一枚ずつ手に取った。
裏返して、光にかざして、指でなでる。
その手が、三枚目で止まった。
滑る床で転ばせて、ニックが首筋を一突きで仕留めた牙鼠の毛皮だ。
傷は、首の小さな刺し傷だけ。
ゴードンさんは、左手の指輪の一つを、親指でゆっくりとなでた。
(……あ)
二日前と、同じ仕草だ。
傷ひとつないスライムの核を見た時も、ゴードンさんは指輪をなでていた。
「毛皮は一枚、銅貨十枚。魔石は一つ、銅貨五枚。合わせて、銅貨九十枚だね」
いつもの値段だ。
いつもの、のんびりした口調だ。
「おお、九十枚!」
ニックが、嬉しそうに声を上げた。
牙鼠六匹分なんて、俺たちにとっては大猟だ。
ガルドが、無言でうなずいて、手を伸ばした。
「あの」
俺は、口を開いていた。
「傷の少ない毛皮と、傷だらけの毛皮って、同じ値段なんですか?」
ゴードンさんの指が、ぴたりと止まった。
ほんの一瞬だった。
すぐに、いつもの笑顔に戻る。
「新人さんの素材はね、どれも一律だよ。いちいち細かく見てたら、日が暮れちまう」
「でも、さっき、一枚ずつ見てましたよね」
「……ユーリ?」
ミーナが、心配そうに俺の袖を引いた。
ゴードンさんは、笑ったまま、肩をすくめた。
「嫌なら、よそで売ってもいいんだよ。ギルドの窓口は、査定に何日もかかるけどね。今日の宿代、払えるのかい?」
痛いところを突かれた。
宿代は、毎日かかる。
ギルドの窓口で売れば、お金が入るのは早くても翌日以降だ。
新人の俺たちに、そんな余裕はない。
だから、みんなゴードンさんの店で売る。
「……売ります」
ガルドが言った。
リーダーの判断だ。今日の宿代がないのは、事実だった。
ゴードンさんは、満足そうにうなずいて、銅貨を数え始めた。
銅貨を受け取って、店を出ようとした時だった。
奥の倉庫の扉が、半分だけ開いていた。
その向こうで、店の若い男が、荷物を馬車に積み込んでいる。
積まれた木箱の一つに、紙の札が貼ってあった。
俺は、足を止めた。
札には、こう書いてあった。
――上物 牙鼠毛皮 一枚 銅貨四十枚 仕立て屋ベルン工房行き
「ユー坊? どうした」
「……いや」
俺は、扉から目を離した。
銅貨四十枚。
俺たちから、銅貨十枚で買った毛皮を。
もちろん、全部が全部、上物として売れるわけじゃないだろう。
ゴードンさんだって、店を構えて、人を雇って、馬車を出している。
儲けがなければ、商売にならない。
それは、分かる。
前世で、嫌というほど見てきた。
でも。
傷のない毛皮と、傷だらけの毛皮を、同じ「一律」で買って。
傷のないほうだけを「上物」として、四倍の値で売る。
それは、儲けとは言わない。
(……新人は、知らないからな)
自分の素材に、どれだけの価値があるのか。
比べる相手も、教えてくれる人もいない。
ゴードンさんの店しか、知らない。
この一年、俺たちが売ってきた素材も、たぶん全部そうだった。
「ユーリ、さっきの、何だったの?」
宿に戻る道で、ミーナが聞いた。
俺は、少し迷ってから、見たことをそのまま話した。
倉庫の札。銅貨四十枚。上物。
「……は?」
ニックの顔から、表情が消えた。
「四十? オレらには十だぞ?」
「上物に選ばれた毛皮が、四十枚で売れてるってことだと思う。全部じゃない」
「全部じゃなくても、四倍だろ!」
ニックが、拳を握りしめた。
「今から戻って文句言ってやる!」
「待て」
止めたのは、ガルドだった。
「証拠は、札一枚だけだ。ユーリが見ただけの」
ガルドの言うとおりだった。
扉の隙間から見えた紙切れ一枚で、ゴードンさんを問い詰めても、「見間違いだ」と言われたら終わりだ。
それに、あの店に逆らったら、明日から素材を売る場所がなくなる。
「……悔しいね」
ミーナがぽつりと言った。
「わたしたちの毛皮、そんなに価値があったんだ。なのに、ずっと知らなかった」
俺は、空を見上げた。
傷のない素材は、高く売れる。
そして、俺の罠は、魔物を傷つけずに止められる。
(逆に言えば、これは……チャンスでもある)
問題は、どこで売るかだ。
そして、本当の値段を、どうやって知るか。
「ガルド」
俺は言った。
「明日、ギルドで聞いてみたい。素材の、本当の相場を」
ガルドは、少し考えてから、うなずいた。
「……エルザさんなら、教えてくれるかもしれない」
新人担当の受付嬢。
いつも無表情で、でも、俺たちのことをなぜかよく見ている人。
その人が、翌日、俺たちに見せた顔は。
今まで一度も見たことのない、硬い表情だった。
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