第10話 並のパーティが、並じゃなくなった日
「やろう」
俺は言った。
自分でも、少し驚いた。
少し前の俺なら、六匹と聞いた時点で逃げていたと思う。
でも今は、頭の中で、もう形が見えていた。
「ただし、条件がある。危なくなったら、すぐ撤退。そのための罠も、先に置いておく」
ガルドが、短くうなずいた。
「ニック、牙鼠が来るまで、どれくらいだ?」
「この速さなら……百数えるくらい」
「十分だ」
俺は、通路を見回した。
ここは二層の、まっすぐな一本道だ。
幅は、大人が二人並んで歩けるくらい。
その先で、道は左に曲がって、少し細くなる。
(牙鼠は、まっすぐ突っ込んでくる。速いけど、曲がるのが下手だ)
一週間前、この二層で、一匹に殺されかけた相手だ。
動きは、嫌というほど覚えている。
「ガルドは、曲がり角の先で待っててくれ。牙鼠を【引きつけ】で呼んで、そこで止める。絶対に後ろに下がらないでほしい」
「……【不動】を使う」
ガルドの【不動】は、その場から押し動かされなくなるスキルだ。
盾士の地味なスキルの一つで、「動けない盾なんて的になるだけだ」と、よく笑われていた。
でも今は、それが一番欲しい。
「ミーナは、ガルドの少し後ろ。痺れ薬を、曲がり角に投げてくれ。今度は、ガルドに当てないように」
「……わ、分かってるってば」
「ニックは、曲がり角の手前の壁際。止まった牙鼠から、順番に仕留めてくれ」
「おう」
それから、俺は自分の仕事にかかった。
一本道の床に、【滑る床】を三か所。
曲がり角の手前に、【地穿ちの槍】を二本。
そして、俺たちの逃げ道になる通路の入口に、もう一本。
MP:13/34
ぎりぎりだ。
でも、昨日までより、MPの戻りが確かに早い。
【魔力回復】が、ちゃんと仕事をしている。
「ニック。罠、見えるか?」
ニックが目を細めて、通路を見渡した。
「……見える」
ニックの声が、少しだけ驚いていた。
「ダンジョンの罠みたいに、うっすら光って見える。滑る床が三つ、槍が二つ……あと、後ろのほうに一つ」
「全部合ってる」
「マジかよ。これなら、踏まねえぞ」
ニックが、にやりと笑った。
その時、通路の向こうから、乾いた爪の音が聞こえてきた。
かしゃ、かしゃ、かしゃかしゃかしゃ――。
来た。
「――こっちだ」
曲がり角の先で、ガルドが盾を打ち鳴らした。
【引きつけ】。
六匹の牙鼠の、赤い目が、一斉にガルドのほうを向いた。
一直線に、突っ込んでくる。
先頭の一匹が、滑る床を踏んだ。
足がすべって、横倒しになる。
そこへ、後ろの牙鼠がつっかかって、二匹が団子になって転がった。
「一つ目!」
三匹目と四匹目が、仲間を飛び越えて走る。
二つ目の滑る床。
今度は、着地した瞬間に足を取られて、壁に激突した。
残りの二匹は、滑る床を避けて、壁際を走ってきた。
(そこを避けるのは、知ってた)
壁際の先には、槍がある。
床から突き出した槍が、二匹まとめて貫いた。
「ミーナ!」
「えいっ!」
ミーナの投げた瓶が、曲がり角の手前で割れた。
緑色の霧が広がって、転がっていた牙鼠たちの動きが、目に見えて鈍くなる。
今度は、ガルドには一滴もかかっていない。
「ニック、左の二匹!」
「見えてる!」
ニックが、霧の端を走り抜けた。
罠の光を、ひょいひょいとまたぎながら。
もがいている牙鼠の首筋に、短剣を一突き。
返す手で、もう一匹。
「ユー坊、一匹そっち行った!」
痺れ薬の霧を抜けた一匹が、曲がり角を曲がりきれずに、こっちへ跳ねてきた。
俺は、その鼻先の空中に、手をかざした。
「【地穿ちの槍】」
空中から突き出た槍に、牙鼠は自分から飛び込んだ。
最後の一匹は、ガルドの盾に体当たりして、跳ね返された。
【不動】のガルドは、一歩も下がらない。
よろめいたところに、ニックの短剣が突き立った。
六匹目が、動かなくなった。
静かになった通路で、俺たちは、しばらく誰も口をきかなかった。
体の奥に、温かいものが、どっと流れ込んでくる。
俺だけじゃない。全員、近くにいたからだ。
ミーナが、自分の手のひらを見つめていた。
ガルドが、盾を下ろした。
ニックが、短剣についた血を払った。
誰も、怪我をしていない。
六匹の牙鼠を相手にして、かすり傷ひとつない。
「……なあ」
最初に口を開いたのは、ニックだった。
「オレたち、今……ちょっと強くなかった?」
一瞬の沈黙。
それから、ミーナが吹き出した。
ガルドの口の端が、ほんの少しだけ上がった。
ニックが「なんだよ、笑うなよ!」と言いながら、一番大きな声で笑っていた。
俺も、笑っていた。
罠師、盾士、斥候、薬草師。
「決め手がない」と言われてきた四人が、組み合わせただけで、ここまでできる。
(並のパーティなんかじゃ、なかったんだ)
使い方を、知らなかっただけだ。
その日の夕方。
六匹分の牙鼠の素材を抱えて、俺たちは冒険者ギルドに戻った。
ニックは、扉を開ける前から上機嫌だった。
「なあなあ、今日のこと歌にしようぜ。『六匹の牙鼠と、動かない盾』とかどうだ?」
「盾がかわいそうでしょ」
ギルドの中は、夕方の報告に来た冒険者たちでにぎわっていた。
その一角で、ひときわ目立つ一団がいた。
真新しい銀の鎧。
磨き上げられた剣と杖と弓。
冒険者になって一年とは思えない、立派な装備の四人組。
同期のパーティ、「白銀の翼」だ。
その中心にいる、すらりと背の高い少年が、ゆっくりとこっちを振り返った。
金色の髪に、青い目。絵に描いたように整った顔立ちだ。
セドリック・ヴァレンティ。
貴族の三男で、職業は【剣士】。
冒険者の中でも人気の職ばかりを集めたパーティの、リーダーだ。
セドリックは、牙鼠の素材を抱えた俺たちを見て。
それから、俺の腰の、ただの樫の棒を見て。
ふっと、鼻で笑った。
その目は、はっきりとこう言っていた。
――まだ、そんなところをうろうろしているのか、と。
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