74:借金なのか、自転車操業なのか
カシム、環くんそして私の三人での生活を始めて、早二週間。
慣れてきたと言いたいところだが、そうは言いきれない。
何故なら、カシムは私の目を盗んで環くんに大人気ない嫌がらせをするし、環くんは警戒して隅の方にいる。そして私はと言えば、相変わらず少しもブレることなくツイてない。
なんとかふたりの仲を取り持とうと、私なりに話しかけたり気を遣ったりと努力はしているものの、空回り感が否めない。というか、空回りどころか、私の不運が実害となって周囲を、主に環くんを直撃しているのだ。
私のせいで何かが起こり、それをカシムが庇い、結果的に環くんに被害がいく。
ある時は、躓いた私が持っていた水を環くんが頭から被り。
またある時は、座ろうとした椅子の脚が折れ、よろめいた私を庇って顔面スライディング。そして倒れてきた椅子の下敷きに。
更にある時は、食事の用意をしようと持っていたフォークが手からすっぽ抜け、環くんに向かって飛んで行った。幸い(?) 環くんの服の袖を縫い付けるだけで済んだのだがーー。
……どう考えても環くんが一番不運である。巻き込まれ事故が酷すぎる。
よくよく考えてみれば、大人気ない嫌がらせをしているカシムより、被害を撒き散らしている私の方がよっぽど酷いのではないだろうか。
本当に、本っ当に申し訳ない。
罪滅ぼしではないが、毒味はあの日から続けている。一度、とんでもなくしょっぱい煮込みを食べた「毒味事件」以降、カシムも普通に美味しいご飯を作ってくれるようになったのが唯一の救いだ。海水かと思った。あんなの高血圧待ったなしだ。
環くんの負担を思えば、あの犠牲は無駄じゃなかったと信じたい。
環くんの酷いクマも、ようやくマシになってきた。そろそろ、彼とは今後について本格的に話し合わなければならない。
それと同時にーー私の、スキルについても。
「ふぅ……」
一人きりの静かな空間。
私はベッドの上で膝を抱えていた。
まだ日中は暑いが、夜は窓を開けていれば、お風呂上がりの火照った肌に心地良い風が吹き込み、微かな潮騒が聞こえてきた。
あの日から、ずっと頭の片隅にこびりついて離れない疑惑が大きく根を張っている。目を逸らすにも限界だ。
環くんが、カシムの目を盗んでポツポツと話してくれた内容。それを思い返して頭の中で照らし合わせると、どうしたって一つの答えに行き着いてしまうのだ。
明らかにレベルアップしている私の不運の度合い。毎日ではないのがせめてもの救いか。
いや、でも私が気付いてないだけで、カシムがそれとなく助けてくれている線も有り得る。
何にしても、思い浮かぶ変化はこれしかない。
この世界のシステム。天人の持つ『固有スキル』。
『スキル使用には明確なイメージと、発動に伴う代償が存在する』
そう教えてくれた環くんのスキルは「物質変化」。作りたいものをイメージして素材を素手で握ることで形を変える能力で、その代償は酷い頭痛と全身の倦怠感だと言っていた。 作りたいものが複雑であれば、または連続して使用すれば、その分代償も重くなるらしい。
じゃあ、私は?
私には、そんな魔法みたいな能力を発動させた自覚は一回もない。
だけど、もしも。
「……私の不運が、能力じゃなくて『代償』だとしたら?」
ぽつりと溢れた声が、寝室に溶けていく。
思い浮かんだのは【天秤】だった。
天秤の片方に載っているのは、カシムに出会えた【幸運】
その天秤を釣り合わせるために、もう片方の皿にドカドカと載せられ続けている代償こそが――【不運】なんじゃないだろうか。
必要なのは、明確なイメージ。
この世界で、カシムと出会って、それこそ魂を削るほど何かを願ったり強い想いを抱いたことがない。
ただ、私には心当たりが一つだけある。心の底から願ったことが。
それは、あの日、最低最悪な失恋と共に川に落ちた時だ。肌を刺す冷たい水の中で『死にたくない』『助けて』と強く、それはもう強く願った。
その強烈な生への渇望が、私の固有スキルの『イメージ』になってしまったのだとしたら。
そもそも、最初からおかしかったのだ。
天人は世界中から狙われる存在で、環くんは落ちた場所が悪くてすぐに捕まり、酷い目にあった。
見た目じゃ天人だとわからないこの世界で、国は報奨金を出してまで情報を集めている。だからこそ、それを目的に環くんや、過去の天人たちの中で見つかった人も多かったはずだ。じゃないと、伝承なんて幾つも産まれるはずないのだから。
もし私の不運が体質なら、私は王城のど真ん中か、あるいは環くんが監禁されていた場所に落ちていてもおかしくなかった。
なのに、私は天人を利用する気などない、この世界では稀有な人物に拾われた。それどころか、日々助けられ、匿われている。
この「出会い」そのものが、私の人生の全運気を使い果たしたような、有り得ない幸運だったとしたら……。
「わ、私……カシムを変えてしまった……?」
ゾクリと悪寒が全身を駆け抜ける。自分の肩を抱き震えを抑えようとするが止まらない。
もし、私のスキルの本質が、最初に願った『死にたくない』というものだったとしたら、私が立てた仮説は、あまりにも綺麗に当てはまってしまう。
スキルについての一つ目の仮説。
支払うべき負債の未払いによる、雪だるま式。
最初にカシムに拾われるという特大の幸運を得て、その代償として世界が支払わせようとする不運を、カシムが全部弾いてしまうから、いつまで経っても精算が終わらない。だから、増え続ける負債によって危機のレベルが、雪だるま式に上がっているのではないか。
そして、二つ目の仮説。
日々の幸運が、次の代償を呼ぶ無限ループ。
私がピンチになるたびに、カシムが助けるというサイクル。すると世界は天秤を釣り合わせるために、次の代償として不運を呼び寄せている。それをまたカシムが助ける……という、終わりのない地獄の永久機関。
けれど、このふたつの仮説の土台に関わる、一番最低で、最悪な前提がある。
誰が、カシムを天秤の片側に載せたのか。
「死にたくない」というイメージが、『死神』をバグらせ、私を強制的に助け、執着するように仕向けているのだとしたら。
――このスキルは、カシムの精神すら、捻じ曲げてしまったのではないか……。
優しいところもある。私を大事にしてくれていることも知っている。ーーだが、彼は決して根っからの善人ではない。
彼の甘さと、過保護っぷりは本来のカシムからは、かけ離れた、スキルによって強制された行動なのでは?
私に執着するのは、スキルによって縛り付けられているから。
私を頑なに離そうとしないのは、その方が私を守りやすいから。
考えれば考えるほど、辻褄が合ってしまう。
じゃあ、告白の返事を未だにもらえてないのもそういうこと?
カシムの顔は笑っていても、本当の彼は、システムによって強制されているこの現状を拒否しているから。それが、告白への保留という態度に、少なからず現れてしまっているのでは…?
(……あ、やばい。涙出てきた)
彼から、離れれば答えは出る。
ただ。もし私の予想のどれかが当たっていた場合。
特に、代償を支払いきれていない、『雪だるま式』だった時。
カシムという絶対的な『盾』を失うということは、私にとってそのまま『死』を意味するのだ。
「……あはは、最低。私、本当に、どこまでも卑怯だな……」
ベッドに顔を埋め、声を押し殺して泣いた。
カシムをスキルで縛り付けているかもしれないと考えながらも、彼から離れてそれを確かめる勇気なんて、逆立ちしたってありっこないのだ。死ぬのが怖くて、最低な私はどうしたって彼に頼るしかないのだから。
――その時、背後から静かに寝室のドアが開く音がした。
次回は金曜か土曜日投稿予定です




