72:美味しくご飯が食べたい
さっきまでは、色々と混乱して落ちる所まで落ちたが、寝て起きたら回復した、と思う。
切り替えの速さと、回復力には自信がある。長年、自分の『不運』と付き合ってきたのだ。……これくらいまだ、大丈夫。だって私にはカシムがいるから。
結局、薬箱はカシムが片付け、その後夕食の準備のためにキッチンへ向かった後、私はソファの隅で小さくなっている環くんをこっそり盗み見た。
その隅に小さくなる感じといい、全身から溢れる警戒してますって感じといい正に、The・ノラネコ。
因みに私は犬も好きだが、猫も好きだ。
いや、そんなことよりも、さっきまであんなに一触即発で空気最悪だったのに、私が寝てる間に「仲良くなった」らしい。
(……本当に? あのカシムが、そんなあっさり人と和解する……?そんなバカな)
彼の性格や、今までの行いを振り返ると正直、素直には信じられない。
しかし、カシムは私に甘い。それはもう疑う余地もないほど。ならば、私の同郷、環くんにもなんだかんだ甘い可能性も捨てきれない。……かもしれない。
最初は絶対殺すマンだったけど、荒療治(※関節を嵌め直す荒業)と話し合いを経て、男同士にしか分からない友情か何かが芽生えた、と思いたい。
だって、目の前にいるのは紛れもない日本人なのだ。出来れば仲良くして欲しい。
それに、私の中ではむくむくと、ある感情が爆発しそう。そう、所謂ホームシックだ。
(うわぁぁぁあああ!!日本人だ!!プリン頭懐かしぃーー!!日本トークしたい!!)
不謹慎なのは重々承知の上だし、天人の真実とか、私の不運の体質のこととか、考えなきゃいけない問題は山積みで、彼だって疲弊してる上に人間不信真っ最中だ。
でも、誤解とはいえ彼は私を助けようとしてくれたのだ。いきなり市場で連れ回された時は、驚いたし、怖かったけど彼の言葉の端々には私を気遣う優しさが見えた気がしたから。
ーーまた、落ち着いたら話をしよう。
まずは美味しいご飯を食べて、少しでも元気になって傷を癒してほしい。ご飯を作るのはカシムだが。
「ミオ?メシ出来たよ。こっちにおいで?」
キッチンからカシムの声が響く。私は「はーい!」とテーブルへ向かい、彼が作った料理を待ちわびた。
「めっちゃ美味しそう! やっぱり暑い日にはこういうのが最高! カシムさすが!!」
テーブルに並んだのは、冷製トマトとハーブの冷たいスープ、そしてサッパリした蒸し鶏の柑橘ソースがけ。エビを逃したショックが吹き飛ぶ、爽やかで最高に美味しそうな逸品だ。
「ちょうど、あっさり系がいいなって思ってたの。カシムよくわかったね?」
「最近食欲が落ちてたからね。これなら食べやすいだろ?」
カシム、やりおる。正解。大正解だ。あっさり系が食べたかった。
彼はへらりとした笑みを浮かべながらも、私の頭をひと撫でする。私は空きっ腹を抱えつつ、まだソファの端で警戒している環くんに向かって声をかけた。
「環くんも食べよ! カシムのご飯すっごく美味しいから!」
「あ、いや……俺は……」
ーーーきゅるるるるるる。
……おう。デジャヴ。大丈夫。だって人間だもの。この間は私だった。
思わず親近感が湧く。お腹空いたよね、私も空いた。
遠慮する環くんにもう一度声を掛けると、彼は今度こそテーブルについたものの、料理を前にして、固まっている。その代わり目が泳いでる。
「環くん?……大丈夫?ご飯遠慮しないで食べよ?」
その姿、警戒して懐かないノラネコ再び。もしや、毒入りとか考えてる……?
私は安心させるために、先ずは自分から食べることにした。決して空腹に負けたわけじゃない。
「環くん大丈夫だよ!ご飯美味しいから!」
そう言って、目の前のスープを一口頬張る。
途端、トマトの爽やかな酸味の後から、ハーブのいい香りと濃厚な旨味が押し寄せてくる。
勢いに乗って蒸し鶏にもフォークを伸ばすと、これがまた驚くほどしっとり柔らかい! 柑橘ソースのキュッとした酸っぱさがお肉と完璧にマッチしてて、お箸が、じゃなくてフォークが止まらない。
……んんん、美味しーーーい!!
「ーーね?大丈夫だよ」
危うく、そのまま目的も忘れて食べ進めるところだった。カシムの料理スキルが高すぎる。
断腸の思いで、食べる手を止めて環くんを促す。
「もちろん食べるよね?」
カシムが小首を傾げてにこやかに微笑んだ。……その笑顔はどこか胡散臭い。
「……はい」
カシムのプレッシャーに負けたのか、彼はゆっくりとスプーンへ手を伸ばした。
彼の動きに、警戒しながらも差し出したご飯に手を伸ばすノラネコを幻視する。うぅ、庇護欲が……っ!
環くんがそれを恐る恐る口へと運ぶ。
けれど、飲み込んだ瞬間――彼の顔が劇的に歪んだ。
「……ッ、ごほっ、げほっ、ごふっ……!!」
盛大に噎せ返り、涙目になって胸を叩く環くん。
「環くん大丈夫!? 味が変だった!?」
私は慌てて身を乗り出した。
環くんの背中を擦りながら、ジト目でカシムを見ると彼は心配そうに眉を八の字にして水を差し出していた。
「慌てて食べるから胃がびっくりしたのかな?落ち着いて食べな?」
「ごほっ……ぶっ……酸っぱ……っ」
「ん?なんだって?」
カシムが環くんに声を掛けながら目を細めた。
その瞬間、環くんの肩がビクッと大きく跳ねる。彼は目に見えてガタガタと震えだし、必死な様子で首を横に振った。
「…ごほっ…いや、俺の……俺の喉がちょっと調子悪くて、酸味にビックリして噎せただけだ……! 料理は、美味い、です……!」
絶対嘘だ!!言わされてるじゃん!圧掛けてるし!
カシムさては何かした!?やつには、レオ君の時の前科がある。
「ちょっとカシム!?大人気ない事しないでよ!環くんのスープにだけ変な味付けしたでしょ!?」
「まさか。俺がそんな、ミオの同郷の人に意地悪なんてするわけないだろ?」
嘘をつけ、嘘を!! そのガラス玉みたいな瞳が、何よりの証拠よ!
私が「絶対認めないんだからこのバカシム……!」と歯噛みしていると、隣でまだ胸を押さえている環くんが、咳き込みながらも声を絞り出した。
「本当にいいんだ……! 俺が、勝手に噎せただけだから……っ。本当、大丈夫、だから……!」
「環くん! 無理しないで良いからね!? 」
「平気、平気だから……。頼むからちょっと離れてくれ……っ」
最後の方は、懇願するような必死な声だった。
全然納得してないけれど、これ以上私が構うほど環くんに被害がいくかもしれない。
無力な私でごめんなさい!カシムの『仲良くなった』なんて信じなければ!!
でも、とりあえずカシムの脇腹を仇とばかりに思い切り小突いておく。相変わらず叩いた手が痛い!
私の抗議に対し、カシムは痛がる素振りすら見せず、むしろ嬉しそうに私の手をキュッと握り返してきた。なんでそうなるのよ!!
「……っ、ごちそうさま、でした」
結局、環くんは心なしか最初よりげっそりした顔で、嫌がらせスープと蒸し鶏を胃に流し込み、早々にスプーンを置いた。
せっかく環くんが心を開いてくれるかもしれなかったのに!
次からは行儀が悪くても、環くんのお皿の料理を毒味しようと心に誓った。
次回投稿は金曜か土曜日予定です。




