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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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71:教育的指導

 腕の中のミオが小さく身じろぎをし、やがて睫毛が震え、ゆっくりとその瞳が開いていく。まだ夢の名残を孕んだ朧げな視線が、俺の姿を捉えた。


「……ん、カシム……?」


「おはよ。……少しは落ち着いた?」


 ミオはまだ夢現の様子で、胸元に擦り寄ってきた。その最高に無防備な様子が俺への依存の進み具合を知らせる。いい傾向だ。


「うん……やっぱりショックだし、怖いけど……私にはカシムがいるから」


 そう言って、深く息を吐き身体の強ばりが徐々に抜けていく彼女。

 ーーそれでいい。君の安全圏は、ここだけだ。可愛いミオ。俺が大事に閉じ込めてあげるからね。


「そうだよ。俺がいるからね。――ねぇ、キスしていい?」


「いきなり何言ってんの!? なんでそうなるのよ!?」


 昂る高揚から告げた言葉に、ミオが弾かれたように顔を勢いよく上げた。

 熱に染まる頬と、全く迫力のない瞳で抗議してくる彼女を見つめながら、俺はわざとらしく小首を傾げてみせる。


「だっていつも勝手にすると怒るからさ。ねぇ、ダメ?」


「聞かないでよ! バカシム!!」


「そっか」


 拒絶がないのを良いことに、俺はそのまま、彼女の唇へと軽い口付けを落とした。


「――っ、〜〜ッ!?」


 ミオの指先が、俺のシャツを強く握り締める。

 耳まで赤くして、それでも結局は大人しく受け入れるミオ。本当に嫌なら突き飛ばすなり顔を背ければいいのに。服を掴んでただ羞恥に震えるその姿は、脳が痺れるほど堪らなく俺を唆る。


「……っ、もう、本当バカ……」


 小さな声で悪態をつくミオ。そんな可愛いらしい態度に満足した俺は、彼女の髪を撫で梳いてから上半身を起こした。


「あとで、請求するって言っただろ?まだ足りないからね。ーーーでも、先ずはメシにしようか」


「うう……貸しなんて作るんじゃなかった……」


 眉尻を下げてブツブツと後悔を口にしていたミオだったが、ハッとしたようにその大きな瞳を見開いた。


「ーーーあっ!!?カシム!!昼間買った荷物は!!?」


「荷物? ああ、市場で買ったやつ?」


「そう!そのまま放置してきちゃったっ!……折角食べたいもの色々考えてたのに……私のエビがぁぁ」


 頭を抱えて、枕に突っ伏すミオを見て微笑ましく思うが、当然今更回収出来るはずもない。


「いいよ、そんなの。また買えばいい。今夜は家にあるもので簡単に済ませよう? ね?」


「カシム……。うん、ありがとう」


 慰めるように微笑みかけてやれば、納得したのか小さく頷いた。

 俺はベッドから下りると、まだ名残惜しそうにシーツにくるまっているミオの手を引いて立ち上がらせた。


「それじゃあ、リビングに行こうか。彼も待ちくたびれてるかもだしね」




 リビングのドアを開けると、夕闇が迫る薄暗い部屋の隅、ソファの上で小さくなって横たわる男が、こちらを見て弾かれたように身を強張らせた。

 俺が寝室へ戻ってからほんの数刻。ずっとここで、先程叩き込んだ恐怖の余韻を引き摺っていたのか、視線を逸らす男に向かって、俺は笑みを浮かべた。


「あ、起きた? ネズミくん、怪我の具合はどう?」


「――っ!、あ、……ッ」


 男の喉から、引き攣った空気の音が漏れる。

 親密さをアピールするように、わざとらしく明るい声を響かせた。


「さっきじっくりお話して、すっかり仲良くなったからねー? ーーーねぇ、ネズミくん?」


「ちょっとカシム」


 掛けられた声に見下ろせば、隣にいたミオが怪訝そうに眉をひそめて俺を見上げてきた。


「なんでさっきから環くんのことをネズミなんて呼んでるの? 失礼だよ」


「ん? ネズミくんがそう呼んで良いって言ったんだよ?」


「えぇ!? 環くん! 本当にそんなので良いの!?」


 ミオが驚愕の視線をソファの男へと向ける。

 急に矛先を向けられた男は、「……えっ、あ、いや」と言葉を詰まらせ、助けを求めるように視線を彷徨わせた。その黒い瞳が、必死にミオへ何かを訴えかけようとして動く。


(ーーまだ教育が足りなかったかな?)


 貼り付けた薄笑いのまま威圧するように目を細め、男を見据えた。


 ――忠告、まさか忘れたわけじゃないよな?


「だよね? ネズミくん?」


 俺の視線の意図に気付いたネズミは、肩を跳ねさせ、血の気の引いた顔で小さく同意した。


「……は、い。それで、いい、です……」


「ほらね?」


 満足した俺はミオの細い肩へそっと手を添え微笑んだ。


(あぁ、そういえば、名前……メグルだっけ)


「本当にそれでいいなら、私がとやかく言うことじゃないかもしれないけど……」


 ミオはいまいち納得のいかない様子で眉をひそめていたが、やがて視線をソファの脇へと向けた。そこには、俺が奴の関節を嵌め直した後に、ミオが手当てをするために用意した薬箱が置かれたままになっていた。


「環くんの傷の手当ても一通り出来たし、とりあえずこれ、ご飯前に先に片付けちゃうね」


「俺が片付けるから、ミオは大人しくしてて」


 彼女が率先して何かをやろうとすると、何が起こるか分かったもんじゃない。しかし、俺の制止より彼女が手に取る方が早かった。


「これくらい平気よ!カシムはご飯をーーっ!?」


 ミオが床から木製の薬箱を両手で抱え踏み出すが、一歩目から躓きその両腕から薬箱が離れた。


「わ、――きゃっ!?」


 短い悲鳴と共に、ひっくり返った木箱から、包帯のロールや傷薬の瓶、そして――鈍く光る鉄製のハサミが、バラバラと宙へ投げ出される。


「ミオ、危ねぇっ!!」


 ソファの上で震えていたはずの男が、怪我も恐怖も忘れて咄嗟に身を乗り出した。


(……反応は悪くない。でも、ミオに触るのは許可してないよ)


「だから、言ったでしょ」


 俺は奴の手が届くよりも数手早く、倒れ込むミオへと腕を伸ばした。そのまま彼女の細い身体を自身の元へと引き寄せる。その時、ついでに悪戯心が芽生えた。


 思いつくまま、空いた方の手で指先から圧縮した空気の弾を放つ。


 ーーーパシィッ。


 不可視の弾が、宙を舞うハサミの持ち手を弾いて軌道を調整する。

 ほんの僅かに軌道を変えられたハサミは、そのまま重力に従って()()()()の位置へ落下し、床板に硬い音を立てて深く突き刺さった。


「うっ、……あ、」


 紙一重でメグルの前髪を掠め、切られた数本の毛が遅れてはらりと床へと舞い落ちる。

 奴は身を乗り出した姿勢のまま、ハサミを凝視していた。


「環くん!? 大丈夫!?」


 俺の腕の中で、目を丸くしていたミオが血相を変えてメグルの元へ駆け寄ろうとしたが、行かせるわけがない。

 彼女を抱いたまま、笑みを顔に貼り付けて、メグルの前に一歩進み出る。


「いやぁ、危なかったねー?咄嗟にミオを支えるので精一杯で、ネズミくんのことまで手が回らなかったよ。ーーーでも、怪我がなくて本当に良かったね?」


 心にもない心配をして見せれば、奴は何か言いたげに目を据わらせる。


(思ったとおり、察しも悪くない。 どっかの駄犬とは大違いだ)


「環くん、私のせいでごめんね。でも、怪我がなくて本当に良かった!」


 横では彼女が頭を下げた後、安堵の息を吐いていた。


「ミオにも怪我がなくて良かったよ。ネズミくんは男だし多少怪我しても大丈夫だよ」


「お、お前がーーっ!!」


 そう言ってミオをフォローしてやれば、言葉の裏に気付いたメグルは、ますます眼に力を込めて見てきたが、黙らせる方法は簡単だ。


「ーーーねぇ?」


 そっと自身の肩を指先で軽く叩いてみせると、メグルは視線を逸らして大人しく黙り込む。


 本当に扱いやすい道具を手に入れたもんだね。

次回投稿は金曜か土曜予定です。

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