-1:繰り返される悪夢
『国を挙げて最高の環境でお迎えします』
あの槍持ちクソ野郎が言ったセリフを、俺は今でも一言一句呪いのように覚えている。
連れて行かれたのは、確かに見事な王城だった。
白亜の壁に、目も眩むような黄金の装飾。案内されたのは、天井が遥か高くにそびえる、広大できらびやかな玉座の間だった。
正面の豪奢な玉座には、これまた豪奢な衣服を纏ったミレスティア王国の国王が、その左右には煌びやかな衣装を着飾った数十人の貴族たちがズラリと並び、中央を進む俺を凝視していた。
(本当に……国賓扱いの歓迎なんだな)
宮殿のあまりの美しさと重厚さに圧倒されながら、俺は小市民らしく緊張し、背筋を伸ばした。さっきまでの行き倒れ寸前の絶望から一転、ついに救われるんだと、馬鹿な俺は胸を撫で下ろしていたんだ。
だが、王の前にたどり着いた瞬間、その淡い期待は粉々に打ち砕かれた。
「ふむ……それが噂の『天人』か。衣服は確かに見たことのない意匠のものだな。して、あの案内した巡回兵らへの報酬はどうした」
玉座の王が、俺を人間としてではなく、珍奇な家畜を見るような目で一瞥し、側近に問う。
「は。報告通り、彼らには先ほど『男爵の爵位』と、『報奨金』を支払い済みです。彼らにとって、これ以上ない最高級の『商品』を納品した、と歓喜しておりました」
周囲の貴族たちから、くすくすと嘲笑が漏れ聞こえてきた。
──頭の芯が、冷や水を浴びせられたように冷たくなった。
商品。こいつらは今、俺のことを確かにそう呼んだ。
あいつら巡回兵は、俺を崇めるフリして、ただの歩く札束として見てやがったんだ。目の前に転がり込んできた爵位と大金に、ただ歓喜して床を拝んでいただけだった。
騙された。馬鹿正直にスマホを見せていた自分が、反吐が出るほど滑稽で、惨めで、情けなかった。
「では、すぐに地下へ移せ。万能薬の材料、そして我が国の魔導技術の礎として、その肉体と『スキル』のすべてを徹底的に解明するのだ」
王が冷酷に言い放った瞬間、左右に控えていた複数の屈強な兵士たちが、俺を組み伏せた。
「おい、離せっ!触るな!!」
叫び、暴れる俺の両手両足に、冷たい鉄枷が容赦なく嵌められていく。周囲の人間は誰一人として眉をひそめることもなく、むしろ笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
引きずられるようにして連れて行かれたのは、きらびやかな玉座の間とは対極にある、日の光も届かない地下施設。重々しい鉄の扉の向こう側だった。
そこから、俺の名前は剥奪された。
この地獄での俺の呼び名は、ただの『検体-1』だ。
奴らが、狂ったように求めたもの。それは、この世界に古くから伝わる「天人の肉体は万能薬の材料になる」という、イカれた逸話だ。
天人には魔力の代わりに『スキル』という独自の能力がある。そのスキルとは何なのか、肉体にはどんな秘密があるのか。それを調べるための凄惨な日々が始まった。
「さあ、今日も始めようか。検体-1」
白いローブの悪魔どもが笑う。
実験台に縛り付けられた俺の前に、気味の悪い模様が刻まれたメスが迫る。
最初の頃、俺には魔術の知識なんてこれっぽっちもなかった。だから、自分が今から何をされるのか、何を目的とされているのかすら全く分からなかった。ただ、得体の知れない化け物たちに囲まれているという圧倒的な恐怖だけが、心臓を狂ったように打ち鳴らしていた。
麻酔なんて慈悲深いものは一切ない。鋭い刃が俺の皮膚を躊躇なく裂き、剥き出しになった赤黒い肉や血管に、直接何かが打ち込まれる。
「が、あ、あああああああかっっっ!!!???」
喉が張り裂けるほどの悲鳴が、部屋に反響する。
痛いなんて言葉じゃ生ぬるい。内臓を掴まれて、雑巾みたいに絞り上げられている感覚だ。
肉体から何かが吸い出されていく。
視界が真っ白になり、呼吸の仕方も分からなくなるほどの激痛が全身を襲う。
だが、それだけでは終わらない。
「天人には、凄まじい再生能力があるという伝承もある。……試してみよう」
彼らは俺の肉を削ぎ、骨を折り、皮膚を焼いた。死なないギリギリのタイミングで、回復術師が淡々と治療魔法をかけて肉体を繋ぎ止める。
肉が盛り上がり、皮が再生する。その激痛の直後、また「じゃあ次はここを」と刃が振るわれる。終わりのない、地獄の無限ループだ。
──自分が何をされているのかを本当に理解したのは、それから何十回目かの実験の時だった。
白衣の悪魔どもの会話が耳に届いた。
「やはり天人の生命力の密度は凄まじいな。抽出したものを精製すれば、最高級の秘薬の源が作れるはずだ」
「天人の持つ独自の『スキル』とやらの解明も急げ。肉体の再生限界もまだまだ試せるはずだ。なに、死ななければ問題ない」
朦朧とした意識の中、そんな話を聞いた。
ああ、そうか。こいつら、俺を人間として扱ってない。
万能薬の材料として、ただの実験動物として、俺の命を、肉体を、一滴残らず奪おうとしてるんだ。
(クソが……最悪だ……なんで俺が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ……)
誰も信じない。この世界の人間は、国王から末端の兵士まで、どいつもこいつも狂ってる。
その真実を理解する頃には、俺の涙は完全に枯れ果てていた。代わりに、胸の奥底にどろりとした黒い塊が居座り始める──。
(絶対に許さねぇ。こんなクソみたいな檻の中で、擦り潰されて死んでたまるか。何がなんでも生きてやる。生きて、あの薄汚い町工場に……日本に、帰るんだ)
生きることへの、そして元の世界へ戻ることへの、狂おしいほどの執着。
その執念だけが、すり減り、壊れかけた俺の理性を、かろうじて繋ぎ止めていた。
床に転がる錆びた餌皿、汚物、ゴミ。
それらを睨みつけながら、俺の剥き出しの殺意と執着が、静かに、けれど確かに、檻の暗闇の中で牙を研ぎ始めていた。
ーーークソがっ。絶対生き延びてやる。




