表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/78

68:常識の壁

 男に腕を掴まれたまま、入り組んだ路地裏を右へ左へと適当に連れ回され、ひたすら走らされた。

 市場の喧騒と、背後で巻き起こった怒号や悲鳴が、どんどん遠ざかっていく。

 今はもう、どの道を通って来たのかもちょっと分からない。迷子アゲイン。


 脇腹が痛い。呼吸が乱れ、足がもつれそうになったところで、ようやく男の足が止まる。


「ーーーねぇっ!いい加減っ放して……っ!!」


 私が残った力を振り絞って手首を引くと、男は周囲の様子をぐるっと見回しながら、思いのほかあっさりとその手を離した。

 袋小路になった、日の当たらない薄暗い路地裏。周囲はひび割れたレンガの壁に囲まれていて、湿っぽくてカビ臭い空気が淀んでいる。

 まさか、短期間で二度も迷子になるとは……。あの夜は広場にたどり着いたけれど、ここは何処なの。


「はぁ、はぁ……っ、クソ、こんなことしてる場合じゃねぇってのに……ッ」


 男は壁に背中を預け、激しく肩を上下させている。走り回ったせいで、深く被っていたはずのフードは完全に脱げていた。

 乱れた呼吸を整えながら、私はその男を改めて確認する。

 歳は二十代前半くらい。露わになったその茶髪は少し延びてプリンになっていた。しかもボサボサ。身に纏っている外套はあちこちに泥汚れが付き、擦り切れてボロボロだ。全体的に細身な体躯はどこか痛々しく、何より、その目の下にはっきりと刻まれた濃いクマが酷い。何があったか知らないけど、極度の疲弊がその全身から滲み出ている。

 ……ノラネコっぽい人だな。人に懐かない野生みを感じる。総合評価は、やっぱり不審者だ。



 じろじろと観察していることに気づいたのか、男は焦燥感を剥き出しにして、怒鳴りつけてきた。


「お前、自分が何者か分かってんのかよ!? なんで街中を彷徨いてんだ! 馬鹿なのか!?」


 初対面でいきなり馬鹿呼ばわり!?何様のつもりなわけ!?


「はぁ!?あんたこそ……っ! ぶつかってきて、急に引っ張り回したの、そっちでしょ! それより、あんたさっき『日本人』って――」


「そうだよ!お前だってどう見たって同郷の人間だろ!? 助けてやったんだから感謝しろよ!」


「助けたってなによ!?私にはカシムがいるんだから!ーーあんたに助けて貰う必要なんーーー」


「助ける?はっ、この世界の人間がそんな真似するわけねぇだろ!利用されてるだけだって気付けよ、この世間知らずがっ!あいつらはなぁ! 天人を実験動物(モルモット)扱いして……っ。逃げた俺を捕まえようとしてるんだぞ!」


「実験、動物……?」


 ……何それ。カシムから聞いてた話と噛み合わない。天人は、()()()()()()()()()()ってだけでしょ?……じゃあ何を実験するの?

 得体の知れない恐怖に嫌な予感と共に冷たい汗が背中を伝う。


 けれど男は私の動揺などお構いなしに、さらに一歩、掴みかかるように距離を詰めてきた。濃いクマを張り付けた瞳が睨みつけてくる。


「そうさ!俺たち天人には『固有の能力』がある。あいつらがそれを放っておくわけがないだろ。お前だって、そのカシムって奴に何か利用されてるはずだ!それだけじゃねぇーー」


「そんなわけないでしょ!!第一、私は魔法なんて使えないただの一般人でそんな能力なんてーー」


「――じゃあお前、そのカシムってヤツと、どうやってコミュニケーション取ってんだよ!?」


「どうやってって……普通に会話して……」


「そこだよ! お前、本当におかしいと思わないのか!?」


「え……?」


「今、お前が喋ってんのは『日本語』だろ!? この世界の言語が、日本語なわけねぇだろ!!」


「あ、……っ!?」


 た、たしかに!?

 今まで普通に会話出来てたから考えたこともなかった!!

 それどころか、文字も困ったことがない。今更気付くなんて本当、馬鹿だ。

 当たり前だと思っていた日常が、一瞬にして不気味なナニカに塗り替えられていく。




「――あぁ、確かに。言われてみればそうだね。俺も気にした事なかったなー。……まぁ、どうでもいいけど」


「「!?」」


 降ってきたのは、頭上からの声だった。見上げると、薄暗い路地裏を挟む古い建物の屋根の縁に、カシムが腰を掛けていた。長い足をぶらつかせ、薄笑いを浮かべて私たちを見下ろしている。

 けれど、その瞳に見つめられると身体が硬直する。


「カ、カシム……」


「……ッ、お前、さっきの……っ!!」


 私の背後にいた男が、掠れた声をあげた。

 カシムは重力を感じさせない軽い身のこなしで、飛び降りてくる。ただそれだけなのに、路地裏の淀んだ空気が肌を刺す冷たい空間へと変貌した。男は目に見えて震え出し、元々悪かった顔色は今や紙のように白くなっている。


「驚いたよ。ミオ以外の天人がこんな所にいるなんて。……でも、そんなことより。お前さ、俺のものを勝手に連れ去るなんていい度胸だ。ーーー覚悟は出来てんだろうな」


 低く昏い声。まずい……。

 カシム、むちゃくちゃ怒ってるっっ!!

 彼の手は紫電を纏い、男に向かって真っ直ぐ片手を伸ばした。その動きは緩やかなくせに下手に動けない。

 足が、全身が震える。


「くるなっ! 来るんじゃねえ!!」


 先程まで一緒に震えていた男が錯乱して、周囲に転がっていたひび割れたレンガの破片や、ゴミに手を伸ばした。

 男の手に握られた物がぐにゃりと歪み、私を連れ去る際カシムに向かって投げつけたものと同じ円柱状の物体に変化した。

 男がそれを投げつけようと振りかぶる。


「ーーーそれ、さっき見たよ」


「が、あッ……!?」


 激しい衝撃音。

 見てたはずなのに見えなかった。気付けば男の体は地面に叩きつけられていた。背中をカシムの膝で抑えられ男の首筋には、パチパチと音を立てる彼の右手が、今にもその命を刈り取るように突きつけられていた。


「ひっ、あ、た、頼む、見逃してくれっ……嫌だっ死にたくない……っ!!」


「待ってっ!!ダメっ!」


 ぼーっと成り行き見てる場合じゃない!!マジで、この人死んじゃう!!

 私は、カシムの背中にタックルする勢いで飛び付き腰に腕を回して必死に引き剥がそうとする。


「おっと……」


 カシムの体が僅かに揺らぎ、纏っていた紫電が霧散する。よかった……! 止まってくれた!セーフ!!


「ミオ? 離れてないと危ないよ。すぐ終わるからちょっと待っててね」


 アウトーー!全然止まってない!!そういう事じゃないから!!殺す気マンマンじゃん!!


「やめてって言ってるでしょ!! その人に確かめないといけないことがあるの!」


 この男から聞き出さなきゃいけないことが山ほどある。何より目の前で殺人なんか起こったらトラウマになるわ!!


「……へぇ?ーーでも、俺にはないよ」


 私の言葉を聞いたカシムの唇が三日月型に釣り上がり、何かしたのか男が急に暴れだす。


「嫌だっ……助け―――」


「黙れ。お前には話してない」


 ーーーボキッ

 押さえつけられた男の腕の関節から、鈍い音が響いた。


「あ、あがああぁぁッ!?」


 ひぃぃぃっ!?

 この男、容赦なく人の骨折った!?どんだけ短気なのよ!?


「だからやめてって言ってるでしょ! カシムお願い! 私のわがまま聞いてよ……っ」


 泣きそうになりながら、カシムの背中に額を押し付け必死に懇願した。

 ……数秒が永遠に感じるほどの沈黙。背中越しに、カシムの身体から力が抜けるのが分かった。


「はぁ……。ミオずるい。これは貸しだからね。後で請求するから」


 カシムは冗談か本気か分からない笑みを浮かべると、男の首へ電撃をお見舞いした。身体が大きく跳ね、そのままぐったりと突っ伏して動かなくなる。

 えぇぇ!?トドメ刺した!?嘘でしょ!?やめる流れだったじゃん!!


「ちょっと!?殺さないでって言ったのに!!」


「ん?死んでないよ。ただ気絶させただけ」


「そっか……良かった。……いや、全っ然良くない!!そもそも、何で腕折ったりするの! 音! すっごい嫌な音したからね!?」


 胸倉を掴んで揺らすとカシムは、首を傾げ不思議そうにパチクリと切れ長の瞳を瞬かせた。ちょっと可愛いとか全然思ってない。思ってないから!


「折ってないよ。関節外しただけ。コイツが大袈裟なだけだよ」


「大袈裟なわけないでしょーがっ!! 関節外すのも折るのも大差ないわ!!」


 彼とは一度、倫理観についてじっくりと話をするべきかもしれない。……高い壁だ。


「それに……」


 教育方針に悩む私を見つめながら、カシムはそっと手を伸ばし、私の頬に触れた。その手は優しくて、さっきまで男を組み伏せていたものと同じだとは到底信じられない。


「ミオを無理やり連れ去ろうとしたんだ、五体満足でいられるだけ、ありがたいと思ってもらわないと困るな。……ミオに触れていいのは、俺だけでしょ?」


 低く囁かれた声音に、独占欲がこれでもかと詰まっていて、今度は別の意味で鼓動が早くなる。


 私の無事を確かめるとカシムは、気絶している男を小脇に抱え歩き出した。

 ……マジで腕力どうなってんの!?細身とはいえ成人男性一人分ってそこそこあるよ!?


「こいつも無力化したことだし、一度家に戻ろうか。このドブネズミが起きたら、ミオの『確かめたいこと』とやらを、俺も一緒に聞いてあげるからね」


 カシムの少し後ろを歩きながら、私は気絶した男の横顔を確認する。

 

 この男が目を覚ました時、私は一体、どんな真実を知ることになるだろう――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ