51:ボディランゲージは受け取り方次第
「へえ……。俺に、何を伝えるの?」
声に慌てて裏口の方へ目を向けると、酒樽を足元に置き、首を傾げてこちらを見るカシムが立っていた。
(うああああああっ……!!どこから聞かれてたの!?)
目を泳がし慌てる私とは対照的に、カシムはホールにいる私を見つめ、穏やかに手を差し伸べてきた。
「ミオ? こっちにおいで」
落ち着いた低く滑らかなトーン。しかし拒否権なし。
「へっ!? あ、……う、ん」
私は、助けを求め、正面にいるレオ君へとSOSのアイコンタクトを送った。
――『レオ君どうしようカシムの目がマジで笑ってない助けて!!』と、ありったけの魂を込めて。
私の必死の視線を受け取ったレオ君は、なぜか満面の笑み。
カシムのいる逆側の右手で拳をグッと握ってフリフリと小さくガッツポーズを作ってみせる。さらには、口パクで『ほら!』と伝えながら、自分の袖口をきゅっと掴むジェスチャーをして、顎でカシムの方をクイッとしゃくってみせたのだ。
ここまでやられるとさすがに、カシムからも丸見えなんだけど!?
(い、いや、違う! そうじゃない! そもそも今、袖掴んで甘えろって応援されても困る!私は命の危機を訴えてんの!!)
どうやらレオ君の脳内では、私の必死の目配せが『恥ずかしくてカシムの前にいけないよぉ』という乙女の照れ隠しに変換されてしまったらしい。
安心して! カシムさん、ミオちゃんのこと大好きだから大丈夫だよ!――そんなメッセージが、彼のキラキラした眩しい笑顔からこれでもかと溢れ出している。
あまりの伝わらなさにガクッと脱力したけれど、その無邪気な応援に、私の心の中でチリチリと燻っていたものが燃え上がる。
(……そっか。カシムの事情を知らないレオ君から見ても、カシムは私のことを『すっごく好き』に見えるんだ……)
だったら、やっぱりここで逃げてちゃダメだ。ペット扱いなのか、それとも一人の女性としてなのか、ちゃんと白黒つけてやる。
レオ君のズレまくった、けれど温かいお節介に背中を押され、私はぐっと拳を握り込んで腹を括った。
私はなるべく自然な動作で、大人しくカウンターを回り、カシムの傍へと歩み寄った。
彼は、私の顔を見つめたまま、首元へとその長い指を伸ばしてきた。
「あ……」
ひやりとした指先が、私のうなじから鎖骨のデリケートな肌をかすめる。息を呑んだ私の前で、カシムは黒いベルベットのチョーカーのトップを、丁寧に、ゆっくりと中央へ整え始めた。
レオ君がすぐ近くにいるのに、カシムは構うことなく、指の腹でそっとチョーカーの縁をなぞる。心臓が爆発しそう。恥ずかしくて今すぐ逃げ出したい。
「……よし、綺麗になった。やっぱりこれは、俺のものって感じがしてよく似合うよ」
かつてと同じ台詞を、低い声で囁くカシム。
目の前でそれを見たレオ君は、「うわぁ!」と顔を輝かせた。
「カシムさん、本当にミオちゃんのこと大事にしてるんッスね!ごちそうさまです!」
ニコニコと眩しい笑顔で大喜びするレオ君。
(違うのレオ君、これはそういう愛のスキンシップじゃなくて、野生動物の縄張り主張的なやつなのよ……!)
カシムはすぐに私の腰に手を回し、レオ君に対して、静かな笑みを向け声を掛ける。
「ミオの相手をしてくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ。……二人とも仕事の続きをしようか」
カシムの言葉をまっすぐ受け止めたレオ君は変わらず眩しい笑顔。「はいっ!」と、すこぶる元気な、良い子のお返事をする。
そして、「じゃあ俺、今のうちにグラス片付けちゃいますねー!」と、しっぽをフリフリと激しく振る勢いで、作業に戻っていく。
(ねぇ、レオ君!腹は括ったけど今すぐは無理だよ!?そんな俺は何も見てませんって態度取られても無理だからっ!)
その後すぐ、ガロンさんが荷物を抱え裏口から戻ってきた。
「おう、ただいま! いやあ、外はひでぇ暑さだな!」
「ガロンさん、おかえりなさい!」
この微妙な空気から一刻も早く救われたくて、私はカシムの手からすり抜けて、真っ先にガロンさんのもとへと駆け寄った。
「お、ミオちゃん元気がいいねえ。よし、俺特製のアイスコーヒーでも淹れてやるからな。それ飲んだら、4人で午後の仕込みと営業、再開するぞ!」
「はいっ!」
ガロンさんが戻ってきたことで、店はいつもの賑やかな活気を取り戻した。夕方からはガロンさんとカシムが厨房で包丁を握り、私とレオ君がホールを動き回る。
私はエールの入ったジョッキをトレイに載せ、注文のあったテーブルへと急ぐ。いつもなら、忙しさに身を任せて余計な雑念を追い払えるはずの時間だった。
原因は、厨房の奥からまっすぐに突き刺さってくる、あの銀色の視線だ。
それはまるで、見えない鎖で繋がれたまま歩かされているような、奇妙な感覚だった。
さらに追い討ちをかけるのが、そんなカシムの視線を知ってか知らずか、レオ君が時折、私とすれ違う瞬間に親指を立てて「がんばって!」とジェスチャーで応援してくることだ。その度に、厨房からの視線の温度がさらに一段階下がっていくのが分かって、私の背中に冷や汗が流れる。レオ君もうやめて!私のライフが削れていく!
……腹を括ったはずなのに既に、心折れそう。




