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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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4:不運のフルコース~焦げたリンゴを添えて~

 ―――翌朝。

 差し込む日差しで目を覚ました私は、まず自分の現状を再確認し、盛大に顔を赤らめた。


(……そうだ、私、今これ一枚だった……!!)


 服をすべて脱がされ、今はカシムから借りたぶかぶかのシャツ一枚きり。下着すら、行方不明なのだ。毛布から出た途端に終わる。社会的に、あるいは女として。

 このままじゃ、痴女まっしぐらよ。……絶対嫌だ!


 私が毛布にくるまって悶々としていると、ノックもなしにドアが開いた。


「よ、起きた? ……なんだ、その芋虫みたいな格好」


「……服。せめて、その、下の……。このままだと羞恥心で死ぬ。天人、死んじゃうよ!?」


 死にそうな声で訴えると、カシムは「あー、それね」と事もなげに笑いながら、部屋の隅の椅子を指差した。


「そこ。洗って乾かしておいたよ。……まぁ、ボロボロだけどね」


 そこには、あの男とのデートのために用意したお気に入りのブラウスとフレアスカート。だが、それには致命的な欠陥があった。

 お気に入りのブラウスのボタンは二つ弾け飛び、スカートは盛大に破れてもはやボロ雑巾と大差なかった。

 ……なんで次から次へ問題ばっかり出てくんのよ。似非王子のせいで!あのヤロウしっかり殴っておけば良かった!


「……ほんっと、最悪……。ねぇ、裁縫道具とかそういうの何かないの!?」


「悪いけど、ここにそんな物はないよ。代わりにこれでも使いな」


 カシムは棚から紐のような布の束と、ズボンを放り投げてきた。


「俺の貸してあげる。その紐は腰に巻いて丈を詰めな。……あ、一応言っておくけど、脱がした時に変なところは見てないから安心していいよ。俺、あんまり子供には興味ないんだよね」


「……その言葉が一番刺さるんですけど!?」


 デリカシーのない男に悪態をつきながら、私はなんとか身なりを整えた。シャツの裾をズボンに押し込み、大きすぎるウエストを紐でぎゅっと縛る。服からは嗅ぎ慣れない、少し薬草のような匂いがして、自分が逃げ場のない檻の中にいることを再確認させられた。


 この時、片方の肩紐がちぎれたブラとまだ比較的無事だったパンツを発見して誰が洗ったのか、誰が置いたのかは考えないようにした。

 ……ほんっっとうに!最悪!!



 服と下着問題を今後どうするかと思案しながらリビングへ向かうと、暖炉の前で指先から火の粉を散らして暖炉を弄るカシムがいた。


「…………え?魔法??」


 カシムが指先を向けると、そこから小さな火球が飛び出し、薪に一瞬で火が灯った。紛れもない魔法。その超常現象を目の当たりにして、私の脳内にある「希望」が猛烈な勢いで芽吹いた。


「カシム! あんたって魔法で電気って出せる!?パチパチってしたやつ!」


「は? デンキ? パチパチ?なにそれ、新しい料理の名前?」


「違うわよ! あの、なんて言うか……こう、雷の子供みたいなやつ! 小さな稲妻が線の中を走って、機械を動かすエネルギーになる、目に見えないパチパチした力のことよ!」


 カシムは眉を寄せ、心底わけがわからないという顔で私を見た。


「雷の子供? ……そんなの出したら、この板、一瞬で消し炭になるよ。だいたい、力ってのは『放つ』か『当てる』かだろう? 」


「そこをなんとかしてよ! 魔法なんでしょ!? 雷をすっごく、すっごく弱くして、この穴にちょっとずつ、こう、じわじわ……って注ぎ込むの! 充電するのよ!」


 私はスマホを彼の鼻先に押し付けた。カシムは「意味がわからないな」と零しながらも、私の必死さに根負けしたようにスマホを受け取った。


「つまり、この板の中に『弱らせた雷』を閉じ込めればいいんだね?」


「そう! たぶんそんな感じ! カシム、話が早いわね!」


「やってみるけど、魔法なんてアテになんないよ?」


 そこから、私とカシムによる、世界で一番無意味で、世界で一番必死な「文明復旧作戦」が始まった――。


 だが、私とカシムの間には深すぎる溝があった。

 私は「コンセントにさせば動く」としか思っていない文系。電圧と電流の違いすら説明できない。一方のカシムにとって、雷とは「空から降ってくる巨大な破壊の槍」でしかなかった。


「違う! それじゃ強すぎて焦げちゃう! もっと、ドアノブ触った時にパチッてなるみたいな、か弱い感じにして!」


「……贅沢だねぇ。俺の魔法は物を壊すためのもんなんだよ。……ほら、これくらいか?」


「あ、惜しい! 今、一瞬だけ震えた気がする……あ、ダメ。寝たわ。完全に寝たわ、この子」


 カシムが指先から、彼曰く「史上最高に情けない雷」を放ち、スマホの端子部分に流し込む。物理的には不可能な芸当も、彼の「遮断」の魔法で周囲をコーティングし、強引に電流(らしき魔力)の通り道を作れば可能 (らしい)のだが、いかんせん出力の加減が絶望的に噛み合わない。

 遮断の魔法ってそもそも何!?意味わかんないわよ!


「もしかして、汚れが詰まってるのかも」


 私は、かつておばあちゃんに教わった「民間療法」を次々と試した。端子に息をフーフーと吹きかけ、スマホを上下左右に激しくシェイクし、「なおれなおれー」と念じながら窓際で天日干しにする。



「……ねぇ、澪。それ、天人に伝わる儀式か何か?」


「うるさい! おばあちゃんの知恵よ!」


「振ったら直るとか、どんな構造だよ。君の故郷、意外と野蛮だね」


 カシムはリンゴを剥きながらケラケラと笑っている。私は必死だった。これさえ動けば、Go〇gleマップが見られるかもしれない。オフライン保存してある動画が見られるかもしれない。この絶望的な状況で、唯一「私」を証明してくれる存在なのだ。


 しかし、不運はそこでも牙を剥いた。


「あっ!」


 天日干しにしていたスマホを手に取ろうとした瞬間、足元に落ちていた薪の破片に躓いた。体が前のめりになり、私の手はあろうことか、カシムが淹れてくれた熱々のハーブティーのカップに直撃。


「きゃあ!?」


 バシャッ! と派手な音が響き、中身が飛び散る。

 普通なら火傷して終わりだが、私の不運はここで終わらない。弾けた大きな火の粉が、運悪くカシムの予備の服へ真っ直ぐに飛び込み――一瞬でボウッ! と燃え上がった。


「うわあああ! 火事! 火事よカシム!」


「はいはい、落ち着いてー」


 カシムは座ったまま、まるでスローモーションのように腕を伸ばした。

 彼が指先をひょいと動かすと、目に見えない空気の壁が炎を押し潰し、一瞬で鎮火させた。それどころか、私が床にぶちまけたティーカップも、割れる寸前にカシムの足先がクッションになって、無傷で回収されている。


「……ねぇ、澪。ずっと思ってたんだけどさ」


「な、なに……?」


「君って、動くたびに何か壊したり燃やしたりしてない?」


「……うっ。それは、ちょっと不器用なだけで……」


「いや、不器用ってレベルじゃないよ。君が歩くと椅子が壊れるし、君がスープを混ぜれば鍋の底が抜ける。天人ってのは、この世界に知識をもたらす『幸運の象徴』とか言われてるけどさ。君の場合、生きてるだけで幸運だよね。周りの人間が」


 カシムは腹を抱えて笑い出した。……否定できないのが辛い。私は昔から、大事な時に限って階段から落ちるし、買ったばかりのアイスは必ず落とすような女だったのだ。

 ……でも、日本にいた頃はここまで酷くはなかったのよ!


「そんなことより、スマホよ! スマホをなんとかして!」


「はいはい。じゃあ、これが最後のチャンスね。俺もそろそろ飽きたし」


 試行錯誤を始めて三日目の夜。

 私たちは、テーブルの上の一枚の板――もとい、私のスマホを囲んでいた。

 カシムは冗談めかした態度を捨て、銀色の瞳を鋭く細めている。


「……いくよ。一瞬だけ、この『板』の中に雷を流し込んで、すぐに蓋をするイメージだね」


「お願い……頑張って!」


 カシムの指先から、今までで一番細く、かつ鮮烈な光が放たれた。端子に吸い込まれる魔力。

 その瞬間。


『ピポッ……』


 懐かしい音が響いた。画面がパッと白く光り、中心にリンゴのマークが浮かび上がる。


「……! きた! きたあああ!! カシム、天才! あんた最高よ!!」


 私は思わずカシムの腕に飛びついた。画面が、私の世界が、今戻ってくる――。

 しかし、歓喜は一秒も持たなかった。


 ジジッ……ジジジジッ!!

 シュン。


 スマホが嫌な振動と共に、聞いたこともない悲鳴を上げた。次の瞬間、充電の穴から、細く、黒い煙が立ち上る。


「…………え?」


 画面は、再び深い闇に沈んでいた。


「あー……。これ、中の細工が焼けちゃったかもね。完全に沈黙したよ」


「そんな……うそでしょ……。あとちょっとなのに……」


「だから言ったろ。魔法なんてアテにならないって。特に、壊れたもんを無理やり動かそうなんて、死人を無理やり歩かせる術と同じだよ。……もう諦めな」


 カシムは冷淡に言い放つと、私の手からスマホを取り上げ、ポイと机に放り投げた。

 私の生命線。思い出。世界への唯一の扉。

 それが、ただの焦げたゴミに変わった。


「期待させといてこれ!? 魔法の役立たず! カシムのバカ! あんたの出力が強すぎたんでしょ!?」


「おいおい、恩を仇で返すのかよ。三日も付き合ってやっただろ」


 私は机に突っ伏して、声を上げて泣きそうになった。

 あまりにも完璧な絶望のフルコース。私の人生、本当にバッドエンドのコンプリートでも目指してるの!?

 そんな私の頭を、カシムが乱暴に、けれどどこか楽しそうに撫でた。


「ま、そう落ち込むなよ。こんな板切れに頼らなくても、君には俺がついてるだろ?」


「全然慰めになってないわよ……」


 叫ぶ元気も消え失せ、胃のあたりがキュウ、と切なく鳴った。そういえば、スマホの蘇生に必死で、数日まともに食事をしていなかった。


「……お腹、空いた」


「あはは、現金だねぇ。俺も減ってきたし、とっておきのメシを作ってやるよ」


 カシムがキッチンへと向かう。

 その背中に向け、私は「美味しいの頼むわよ……」と弱々しく声をかけた。

 

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