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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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34:銀髪を愛でる会(会員1名・強制入会)

「さて、ミオ。……ゆっくり話をしようか」


「ひゃいっ!?」


 抵抗する間もなかった。カシムは濡れた髪のまま立ち尽くす私を、ひょいと抱え上げると、そのまま自分の膝の上へ乗せた。

 必然的に、私は彼の膝の上に向かい合う形で座ることになる。


「ちょ、カシム! お風呂上がりだし、近い、離してってば!」


「ダメだよ。髪、まだ湿ってるじゃないか。……ほら、動かないで」


 逃げようとジタバタするが、腰に回された腕は岩のようにびくともしない。それどころか、彼は用意していたタオルを私の頭に被せ、優しく、けれど視線は逃さないように固定する。


「……ミオ。君は今日、あのゴミ……じゃなくて、男に見惚れていたよね。俺のことなんて、すっかり忘れて」


 カシムの声は低く、地を這うような冷やかさを孕んでいる。


「え、あ、あれはだから! 店でも言った通り、単なる好奇心というか、造形美として……」


「造形美? 俺というものがありながら、他の男の顔面に見惚れてたというわけだ」


 カシムの指先が、私の唇をなぞる。その感触が熱くて、心臓が痛いくらいに脈打つ。


「俺より、あんな男の方がいいの?」


(ううう……! 執念深い、重い、そして面倒くさい!)


「そんなわけないでしょ! 比べること自体がおかしいっていうか……」


「じゃあ、言葉にしてよ。俺が納得できるように」


 カシムはさらに顔を近づけてくる。鼻先が触れそうな距離で、彼の瞳の中に、困惑して真っ赤になっている情けない自分の顔が映り込んでいる。

 こうなったら、この男は絶対に譲らない。私は羞恥心に塗れながら生まれて初めての褒めちぎりを開始した。


「カシムの方が、何万倍もかっこいいよ! だって、見てよこの目。吸い込まれそうなくらい綺麗だし、鼻筋だって通ってるし……。そう、髪だって! あの不自然な金髪より、カシムの銀髪の方がずっと手触りも良くて、月明かりみたいで素敵だと思う……!」


 言いながら、あまりの気恥ずかしさに死にたくなった。

 何を言っているんだ私は。これじゃ、完全にカシムのファンクラブの会員じゃないか。


「……続けて」


「えぇっ!? まだ足りないの!?」


「全然。もっと具体的に」


 カシムは私の腰をさらに強く引き寄せ、満足げに目を細めている。……このヤロウ、私が恥ずかしがって自分を褒める姿を楽しんでやがる!羞恥心を振り切るようにどんどん言葉を重ねていく。こうなったらやるしかない。


「……カシムの、その、仕事をしてる時の無駄のない動きも、ガロンさんに信頼されてる頼もしいところも、すごく、その……魅力的、だと思ってます。はい」


 最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。

 けれど、カシムはようやくふっと満足げな笑みを浮かべた。


「……。最初からそう言えばいいんだよ。余所見しなきゃこんなに必死にならなくて済んだのに」


 彼は私の額に、慈しむような口付けを落とした。


「っ!?……あっ、え……」


 言葉にならない声が喉の奥で震える。額に残った、カシムの柔らかい唇の感触。じわじわと火をつけられたみたいに、全身の血が頭に上っていく。

 弁明の言葉も、カシムへの不満も、全部がどこかへ吹き飛んでいく。


 ……昼間、あのお客さんに触られそうになった時は、鳥肌が立つほど嫌でたまらなかったのに。

 カシム相手には「嫌だ」とはどうしても思えない。手を繋ぐのも、腰を抱かれるのも、今だって額に口づけされて逃げ出したいくらいに動揺しているのに、嫌悪感なんて微塵も湧いてこないのだ。


「どうしたの、ミオ。顔、真っ赤だよ」


「だ、誰のせいだと思って……! っ、離して、もう寝る! 寝ます! !」


 心臓の音がうるさすぎて、自分の声が耳に届かない。必死に彼を押し返そうとするけれど、全く力が入らない。

 狼狽えて小さくなる私を見て、カシムは「……可愛いね」と、ぽつりと低く囁いた。


「……可愛いって言うのも禁止!」


 その一言で私の羞恥心は完膚なきまでに叩き潰された。カシムにされることは嫌じゃないけれど、それとこれとは話が別だ。このまま負けっぱなしではいられない!


「……満足した? 満足したなら、いい加減に離して」


 心臓の音がうるさすぎて自分の声が上ずっているのがわかる。必死に彼を押し返そうとするけれど、カシムはびくともせず、むしろ私の反応を楽しむように目を細めた。


「そんなに元気があるなら安心したよ。……じゃあ、明日もあるし、一緒に寝ようか」


「は……!? ちょっと待って、なんでそうなるのよ。寝るのは……」


「寝るのは? 昨日もこうして、俺の隣で寝たじゃないか」


 そうだった。昨日の夜だって、なし崩し的に同じベッドで眠ったんだった。……けれど、今日は状況が違う。この男と一緒に寝るなんて、心臓がいくつあっても足りない。


「……っ今日はソファで寝るの!」


 私が顔を真っ赤にして抗議すると、カシムはわざとらしく深い溜息をついて、私を抱く腕にさらに力を込めた。


「……困ったな。どうしても一緒に寝るのが嫌だって言うなら、俺も無理強いはしたくないけど」


 急に物分かりのいい態度を見せたカシムに、一瞬だけ希望の光が見えた。……が、直後に耳元で囁かれた言葉に、その希望は粉々に砕け散った。


「一緒に寝たくないなら……『続き』でもする? それなら朝まで付き合ってあげてもいいよ」


「……っ!!」


 この男、本気だ……! 冗談なんかじゃなくて、寝かせない気だ。どちらかなんて天秤にかけるまでもない。そう判断すると、私は叫ぶように言い切った。


「寝る! 寝ます! いますぐ寝るから、この続きは永久に却下!!」


「……ふふ、残念」


 カシムは満足げに笑うと、私をひょいと横向きにして寝室へ運んだ。


 私は半ば諦めとともに、カシムの深い独占欲という名の沼に、また一歩深く沈んでいくのを受け入れるしかなかった。……重すぎる。そろそろ潰れそう。


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