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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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26:渾名はガッツかフリスビー

 リマングスタの街を吹き抜ける風は、潮の香りがして、それでいて活気に満ちた熱気を含んでいた。


「……ねえ、カシム。今日確信したわ!私の不運な人生はきっと卒業したのよ」


 私は、さっき不動産屋で手渡されたばかりの銀色の鍵を、ポケットの上からそっと撫でた。掌に伝わる硬い感触が、私の背中を後押ししてくれる。


「へぇ、どのあたりが?」


 後ろを歩くカシムが、いつものヘラヘラした笑みを浮かべ楽しそうな声で問い返してくる。


「だって、見てよ! この急な坂道、前の私なら絶対三回は派手に転んで、ついでに通りがかりの馬車に泥を跳ねられてたはずなんだから」


 私はくるりと振り返り、得意げに胸を張った。

 そうなのだ。風邪から回復してからの日々。あの日を境に、私の人生の殆どを支配していた微妙な(この世界では行き過ぎた)不運が、まるで嘘のように身を潜めていた。


「それがどう? 宿屋を出てから一回も躓いてないし、さっきのお店では置物が一つも壊れなかった。……あの熱と一緒に、私の悪い運気は全部デトックスされたのよ!」


「デトックス……。また妙な呪文を……」


 カシムは呆れたように肩をすくめているけれど、その瞳の奥には、どこか穏やかな色が混ざっている気がした。

 今の私にとって、この幸運は、私のバイタリティが勝ち取った正当な報酬なのだ。


「だからね、カシム。私、決めたの。今日から早速、仕事を探すわ」


「ああ、あれ本気だったんだ、ミオ」


「当たり前でしょ!昨日の夜、言ったじゃない。今度は奢るって。……私、口先だけの荷物になる気はないからね」


 カシムの正体を知っても、彼が私を暇つぶしだと思っていても――それでも、私は彼に依存しっぱなしでいるのは嫌だった。

 対等でいたい、なんて大層なことは言えないけれど。せめて彼と一緒に食べるご飯くらい、自分の力で稼いだお金で「美味しいね」って笑い合いたいのだ。

 そんな私の決意を、神様が見ていたのかもしれない。

 新居に置く家具を探そうと市場へ向かう途中の賑わっている食堂の前を通りかかった時、私の目に一枚の紙が飛び込んできた。


『急募:給仕・厨房手伝い。やる気のある若者歓迎!』


「……これだわ!」


 私はカシムと繋いだ手をぶんぶんと振って、看板を指差した。


「ちょ、お嬢さん、落ち着きなよ。看板が……」


 何か言いかけたカシムには構わず、彼の手をぐいぐいと引いて逸る気持ちのまま宣言する。今の私はやる気に満ちてるのよ!


「カシム、私、接客なら自信があるの! 日本でも、ファミレスとかコンビニとかやってきたんだから!」


「へぇ……その仕事先で、君が何をしでかしてきたか、詳しく聞かせてもらってもいいかな?」


「な、何よ。……別に普通だっけど?」


 カシムの目が、笑ってない。

 私は思わず目を泳がせた。うっ……ま、まあ?確かに輝かしい経歴とは言い難い。


「大したことないのよ?ほんとに……洗い場では、なぜかお皿が滑って、フリスビーみたいに飛んでいったわね。……あ、でも当たったのは店長だけで、お客さんは無事だったんだから」


「最悪だね」


「洗い場出禁になった後は、配膳にまわされて激辛カレーが常連さんの頭に直撃。……でもね?そのおかげでその人の鼻詰まりが治ったって感謝されたんだから!」


「奇跡的なフォローだね。で、ミオ。その惨劇を、この食堂でもやろうとしてる?……恨みでもあるの?」


「だから! 今の私は違うって言ってるでしょ! デトックス完了なの!」


 私は彼を見つめ一歩も引かなかった。

 カシムは深々と溜息をつくと、観念したように私の肩に手を置いた。


「はいはい、わかったよ。まったく……その代わり、一つ条件がある」


「条件?」


「俺も一緒に働くよ。……いいかい、これは譲らない。愛しい妻を、不慣れな場所に一人で放り込めるわけないだろ?」


 カシムがふっと目を細め、人当たりのいい優男の顔を作る。

 ……また始まった。この、過剰な演技。けれど、どこか頼もしく感じてしまうのも事実だった。


「……っ、演技だってわかってるけど、それ、恥ずかしいからやめてってば」


「演技? ――はは、どうだろうね」


 カシムは私の頬を指先で軽くつつくと、迷いのない足取りで『潮風の亭』の扉をくぐった。


「ごめんください! 表の求人を見たんだけど、店主さんはいるかな?」


 その声は、賑わう店内でも不思議と聞き取りやすい爽やかな声だった。

 私は慌てて彼の背中を追った。

 忙しそうな厨房の奥から出てきたのは、大柄で、腕組みをした頑固そうな店主。


「 悪いが、見ての通りうちは今、人手不足なんだ。やる気があるのは結構だが、一から手取り足取り教えてやってる暇はねえぞ。……動けるんだろうな?」


 店主の鋭い視線が、私とカシムを値踏みするように走る。

 私は緊張で背筋を伸ばしたが、カシムは動じず私の肩を抱き寄せ、これ以上ないほど誠実そうな笑みを浮かべた。普段を知ってる私でも騙されそうなほどの笑顔。強面の店主相手には心強いけれど、どうしても普段と比べて違和感がある……。


「ええ、分かっています。実は僕たち、事情があって遠方から駆け落ちしてきたばかりでして。世間知らずな妻が、どうしても働きたいと言って聞かないんです。……放っておくと危なっかしくて見ていられないので、俺も力仕事や皿洗い、何でもやります。二人セットで雇っていただけませんか?」


「駆け落ち……? だと?」


 店主の眉間の皺が、少しだけ緩んだ。

 周りにいた客たちからも、「おいおい、熱いねぇ」「若いうちは苦労するもんだ」なんて茶化すような声が上がる。

 私は顔が火が出るほど熱くなるのを感じながら、必死にカシムの脇腹を突っついた。……設定が細すぎるのよ!


「……お願いします! 私、力はないですけど、笑顔とやる気だけは誰にも負けません! 前の職場でも、ガッツだけは認められてたんです!」


(……お皿を割るたびに「お前のガッツは認めるから大人しくしてろ」って言われてたけど、それは伏せておこう)


 店主はしばらくの間、私たちをじっと見つめていたが、やがて「ふん」と鼻を鳴らした。


「……いいだろう。そっちの嬢ちゃんも、やる気はあるようだ。明日朝から来い。……一週間使ってみて、使い物にならなきゃ即クビだ、分かったな!」


「ありがとうございます!」


 私は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 隣ではカシムが店主さんと明日からの予定など色々と話している。(給料とか時間とか私には分からないからカシムがいてくれて助かった)

話し終わったカシムが「ありがとうございます、ご主人。……ほら、ミオ、行くよ」と、私の手を引いて店を出た。

 賑やかなの街並み。

 頭上の太陽はまだ高く、港町の白壁の家々を眩しく照らし出している。

 活気に満ちた昼下がりの大通りを歩きながら、私は何度もガッツポーズを作った。


「やったわ、カシム! 私、一般人の第一歩を踏み出したのよ!」


「はいはい、おめでとう。……明日、お店の皿が全滅してないことを祈ってるよ」


「失礼ね! 見てなさい、私は明日から完璧なウェイトレスになってみせるんだから。カシム、あんたは厨房でしっかり私の実力を見ててよね!」


「……ああ、そうだね。全力で()()()()させてもらうよ」


 カシムは微笑みながら、何故か空いた方の手の指先で、パチンと小さな火花を弾いていた。


「さて、仕事も決まったことだし……本来の目的を果たしに行こうか、ミオ」


 カシムが繋いだままの手を軽く引いて、私を誘導するように歩き出す。……本来の目的?……あっ。


「思い出した?あの空っぽの家を、人が住めるようにしなきゃ。今日は俺が大盤振る舞いで家具を揃えてあげる……まずは、一番大事なものから見ていこうか」


「 ……一番大事なもの?椅子とかテーブルってこと?」


 カシムの言葉に首を傾げたけれど意味深に笑うばかりで答えは貰えない。

 私は嫌な予感がしつつも活気溢れる家具市場へと向かって歩き出した。

フライングディスク競技【ガッツ】相手に向かって豪速球のディスクを投げる。相手に取られなければ得点。



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