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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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25/37

25:手(足)癖の悪さなら負ける気がしない

 リマングスタ。大陸有数の交易拠点。

 この街を選んだのは、彼女の言う活気があるからっていう能天気な理由からではない。大規模な港町は、余所者という「異物」を紛れ込ませるには最適な場所だ。定住者と旅人の境界が曖昧なこの場所なら、俺たちのような「訳あり」が紛れ込むにはこれ以上ない下地がある。


 ここなら、万が一追っ手が来たとしても、船に乗ってしまえば他国へ行くのも容易い。

 そして何より、世間知らずな彼女を囲っておくなら、多種多様な人種と喧騒が絶えない場所の方が都合がいい。この街の騒がしさは、彼女という異質な存在を隠し通すための、格好の遮蔽物になるからだ。



 停車した馬車から降り立ち他の客たちの流れに沿って俺と彼女は街の中へと進んでいく。


 隣には、彼女の弾むような声。期待に瞳を輝かせ、あちこちに気を取られているその姿は、見ていて飽きることがない。彼女はこの街が気に入ったようだ。はしゃぐ声を聞きながら、段差に躓く前に俺は彼女の手を引いて歩き出した。


「ミオ、いい時間だしお腹空いたでしょ。何か食べたいものある?」


 繋いだ手から伝わる、彼女の微かな高揚。俺は歩調を緩め、隣を歩く彼女を覗き込んだ。視線が合うと、彼女は一瞬だけ呆気に取られたように俺を見上げ、それから頬を染めて慌てて顔を背けた。

 指先に伝わる彼女の体温が、ほんの少しだけ上がる。その初心な反応の一つひとつが、俺の独占欲を満たす。


「カシム、あ、あれ。あっちの、赤いソースがかかったやつ!」


 誤魔化すようにミオが指差したのは、威勢のいい声が聞こえる屋台だった。俺は「はいはい、わかったから」と苦笑混じりに答えながら、彼女に手を引かれ着いて行った。


 店主に「奥さん」と呼ばれ、真っ赤になって狼狽える彼女の横で、支払いを済ませる。受け取ったばかりの熱々の串焼き。

 俺はそれを自分の口へ運ぶ代わりに、軽く息を吹きかけて熱を逃がし、彼女の口元へ差し出した。


(自分で食べると言いたそうだね)


 案の定、不満げな視線が飛んでくるが、俺はそれを気付かぬフリをして受け流した。彼女に渡すと高確率で落とすか、さもなければ派手に火傷すると、もはや予知に近い予感がする。

 結局、彼女は文句を飲み込んで抗うことなくエビを頬張った。


 弾けるような笑顔で喜ぶ彼女を見ているとつられて口元が緩む。俺は、彼女が絶賛する味など、正直どうでもよかった。見たいのは、幸せそうに動く彼女の口元であり、満足げに細められた瞳だ。


 だが、その至福の時間の中でも、邪魔者は現れる。


 ミオがおまけで貰ったエビに夢中になり、周囲への意識が散漫になったその瞬間。

 人混みの向こうから、一人の子供がこちらへ向かって一直線に駆けてくるのが見えた。

 その後方、路地の影には獲物がかかるのを待つ()()()()たちの卑しい気配。


(……まったく。教育がなってないな)


 俺は「ミオ、危ないよ」と、彼女の肩を引き寄せた。

 彼女が驚いて声を上げるよりも速く、自分の身体を彼女と子供の間に滑り込ませ、死角を作る。

 子供の指先がミオの鞄の金具に触れる直前。

 俺は逆の手で、子供の懐へ素早く指を滑り込ませた。


「えっ……!? ちょっと――」


 ミオが振り返るよりも先に、屈み込んで子供と目線を合わせる。驚いて立ち尽くす子供の頭に、俺は撫でるように右手を置き、そのままゆっくりと指先に力を込めていく。

 子供の体が、目に見えて硬直する。


「おっと。……落とし物だよ、坊や」


 俺はあくまで人の良さそうな笑みを浮かべ、子供の手に、今しがた懐から抜き取った小汚い皮の財布を戻してやる。これもどうせ誰かから盗んだものだろう。


「…………っ」


 子供の耳元に顔を寄せ、周囲の喧騒に埋もれるように低く小さな声で囁いた。


「次はない。…分かったか?」


 俺が手を離した瞬間、子供は弾かれたように路地へと走り去った。その後を追うように、影に潜んでいた大人たちの気配も一気に霧散していく。


「あの子、どうしたの?」


 ようやく状況に追いついたミオが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 俺は立ち上がり、何事もなかったように彼女の髪を指先で整えた。


「少しぶつかりそうになっただけだよ。……それより、ほら。冷める前に食べちゃいな」


 彼女は首を傾げながらも大人しく食事を再開する。

 ふたりで分け合って食べているうちに手を繋ぐことにも慣れたのかミオは俺の手を引いて、次々と屋台をハシゴし始めた。


 各屋台から呼び込みの声が飛び交い、多種多様な匂いが鼻を擽る。俺は彼女の「あ! あれも気になる!」とはしゃぐ声に、「仕方ないなあ」と肩をすくめて応じながらも彼女のリクエストに付き合った。


 白身魚の包み焼き、甘い蜜がたっぷりかかった揚げ菓子。

 俺は彼女が足を止めるたびに、色んなものを買い与える。熱ければ吹き冷まし、食べにくければ細かく分け、彼女が躓かないよう常に注意を払う。ミオに出会う前には考えられなかった行動に自分でも驚く。


(……俺がこんなことを進んでするようになるとはね)


 だが、この賑やかな夕暮れの街には、酒の匂いと共に不快な下心が紛れ込む。


(どうやって今ままで無事に生きてきたんだか)


 彼女の居た世界は想像以上に生易しかったらしい。

 ミオが色鮮やかなタルトが並ぶ屋台に目を奪われていた時、俺たちから少し離れた場所で、酒瓶を片手にした男たちが、値踏みするような視線をミオの肌へと這わせていた。


(……本当に、目障りな虫が多い)


 ミオがタルトに完全に意識を向けている背後で、俺は「どれにする?」と優しい微笑みを作って、彼女の肩を抱き寄せた。

 そして、ミオが「うーん」と真剣に悩んでいるその隙に足元に転がっていた手頃な小石を、靴のつま先で弾いた。


 石は人混みの足元の隙間を抜け、寸分の狂いもなく、もっとも不快な目をしていた男の脛を撃つ。


「……っが!?」


 男は短い悲鳴を上げ、自分の足に何が起こったのか理解できぬまま、無様に前のめりに転倒する。その際、手からすっぽ抜けた酒瓶が割れ、男は地面に零した酒に頭から突っ込んでいった。


「おいおい、大丈夫かよ!」


「あはは、飲みすぎだよおっさん!」


 周囲の人間たちがどっと沸き、嘲笑の声が上がる。

 男たちは顔を赤くして、倒れた仲間を連れそそくさとその場から足早に去っていくのを俺は、冷めた目で眺めていた。不快な視線すら、彼女には触れさせない。


「……えっ、今の音なに?」


「さあ? 酔っ払いが派手に転んだみたいね。……それより、このタルト。青い果物のやつでいいの?」


 俺は彼女の意識を速やかに甘い菓子へと戻した。

 背後で唸る男たちも、自分がどんな目で見られていたかも、彼女は知らなくていい。




「ふぅ……。もう、お腹いっぱい……」


 日が傾き街が徐々に群青色に染まり始めた頃、ようやく彼女の足が止まった。

 振り返った彼女が、繋いだ手を少しだけ引く。その拍子に伝わってくる彼女の熱が、夜の冷気の中でやけに鮮明だった。


「私ばっかり選んでたけど……」と申し訳なさそうに眉を下げて俺を見上げる瞳。

 その健気な罪悪感に、俺の心が甘く疼いた。


「俺? 俺はもう、十分すぎるくらい堪能したよ。ミオがあれだけ美味しそうに食べるんだから、隣にいるだけで満足だよ」


 これは嘘ではない。

 彼女が俺の庇護下で、俺が与えたもので満たされていく。それはどんな高級な酒よりも俺を酔わせる。


「大丈夫だよ。俺が一番食べたいものは、また今度ゆっくり味わうから」


 俺は、彼女の唇の端をそっと指先でなぞった。柔らかい感触。指先から伝わる彼女の微かな動揺。

 俺が欲しいのは、彼女自身だ。


「もちろん、その時はミオにもしっかり付き合ってもらうからね?……約束だよ?」


「……? ええ、もちろん。約束よ。その時は私が奢ってあげるわよ。……だから、遠慮なく言いなさいよね」


 彼女はそう言って胸を張って決意したように言い切った。


「……っ、ふ……。あはは!」


 彼女のその幼い純真さに思わず声を上げて笑った。

 彼女は自分が今、何を約束したかまるで理解していない。それでも約束は約束。しっかり果たしてもらわないとね。

 いつか俺の求めるものを理解したミオがその白い肌をどんな色に染めて、どんな風に慌てふためくのか、想像するだけで楽しくなる。


(あーあ。こんな俺に簡単に約束なんてしちゃって……)


 彼女は不満そうに俺を見ているが、そんな表情さえ愛おしく思える。


「そっか、奢ってくれるんだ。それは楽しみだね」


「今度は」――その言葉の裏には、当然のように次があり、俺と過ごす未来が前提として存在している。

 俺の正体を分かっているはずなのに、彼女は自ら、この先もずっと俺の隣に居続けることを当たり前のように受け入れているのだ。

 これほど甘く、魅力的な誘惑が他にあるだろうか。


 あぁ、彼女といると本当に退屈しない。()()が果たされる日がこんなにも待ち遠しい。


「さて。お腹も膨れたことだし、今夜の宿へ行こうか。……明日は新しい俺たちの家も探さないとね」


 俺は、俺だけの愛しい天人を連れて、宿屋へと足を向けた。


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