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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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14:隠す気のない独占欲

 昨日の不幸な()()による水害が綺麗に片付いたリビングは、そんな事実はなかったように整然としていた。

 ……この男、家事スキルを無駄に極めすぎじゃない?料理の腕といい、どこで覚えたんだか。


 けれど、今の私の心の中は、カシムに言われた「俺が上書きしてあげる」という言葉のせいで、未だに乱雑なままだ。


 私は自室で、ワンピースに着替えながらまとまらない思考をあちらこちらに飛ばしていた。

 上書きって何? パソコンのデータじゃないんだから。そもそも、なんであの男はあんなに気にするの? 私の過去がどうとか、別にいいじゃない……。


「……はぁ。ダメだ、全然落ち着かない」


 一度深呼吸をして、気持ちを切り替えるように鏡を確認する。

 鏡の中にいるのは、あの「ミニ・カシム」状態から脱却し、この世界の住人らしい格好に馴染んできた、私だ。……と、思う。

 けれど、やはり不安は拭えない。

 もし、私の振る舞い一つで「こいつ、この世界の人間じゃない」とバレてしまったら?


「……考えすぎ、だと思いたいけど」


 心拍数がじわじわと上がるのを感じながら、私はワンピースの裾をぎゅっと握りしめた。


「準備できた? お嬢さん」


 ノックもなしに扉が開く。そこには、既に「優男モード」を全開にしたカシムが立っていた。

 茶色の髪に、垂れ目のブラウンの瞳。見た目だけはキラキラした男。……街中の女子が行列を作ってもおかしくないレベルの顔面偏差値なのが、本当に腹立たしい。中身はデリカシー皆無の死神なのに。


「……できたわよ。でも、本当にいいの? 街なんて。私の靴、まだ『聖遺物』扱いされてるんでしょ? バレたら私、即・爵位の引き換え券なんだからね!」


「だからこその『光祭』だよ。街中が浮かれて人が溢れかえる。自警団の目も散るし、紛れ込むには絶好のタイミングだ。……それに」


 カシムが歩み寄ってくる。彼は私の襟元を整えるふりをして、指先で首筋を軽くなぞった。


「俺がミオを上書きしてあげないと。あんなゴミの思い出ごとね」


「……っ、さらっとデリカシーないこと言わないでよ!」


 私は真っ赤になって彼の手を振り払う。けれどカシムは「あはは」と愉快そうに笑って、さっさと歩き出した。相変わらず、人を揶揄うのが生き甲斐みたいな男だわ、本当に!


 隠れ家を出て数分。森の道中は、相変わらずの難所(ハードモード)だった。

 初めてここを歩いた時は、いつどこから襲ってくるかわからない魔物や植物にガクブル状態で、カシムの背中を追うだけで寿命が縮まる思いだった。……けど、今は。


(……これ、あの時より距離、近くない?)


「わっ……!?」


 何もない平坦な道で、突如として足元の土がボコッと陥没した。何でいきなり地盤沈下するのよ!?

 悲鳴を上げる暇もなく、私の体は斜め後ろへと傾いた。……が、地面に背中を打ちつける前に、伸ばされた腕が私の腰を支える。


「おっと。……君、本当に懲りないね。それとも、俺に抱きつきたいっていう高等テクニック?悪い女だねぇ」


 カシムはあの時と違って前を歩くのをやめ、私のすぐ隣で、一歩一歩じっとこちらを見つめている。背後を追っていた時とは違う、逃げ場のない視線の圧に、変な汗が出てくる。


「ち、違うわよ! 今のは土が勝手に避けたの! ……っていうか、離してよ!」


「ダーメ。俺の隣だよ……またびしょ濡れにされたら堪らないからね」


 カシムは私の抗議を無視して、腰に回した腕にさらに力を込めた。

 ……ちょっと。これ、ほぼ密着してるじゃない。

 カシムの体温と、微かに漂うリンゴの香りが鼻を突く。

 途端、心臓が恐怖以外のもので跳ねる。

 いやいやいや!緊張よ、生存本能的なやつよ!


 カシムの方はといえば、相変わらず私のことを玩具か何かだと思っているような、緊張感のない笑みを浮かべている。……何でそんなに余裕そうなのよ!この男、ただの「暇つぶし」でここまで私に執着してるなら、本当に重すぎる。


 そんな私の葛藤をよそに、カシムは襲いかかる森の洗礼を淡々と(かつ超人的に)処理していく。

 私の頭上から落下してきた巨大な果実は、彼が石を弾いた衝撃で空中でジュースになり(もちろん私には一滴もかからない)、足元に這い寄る蛇は、彼の視線一つで「ヒッ!」という幻聴が聞こえそうな勢いで逃げ出した。え?爬虫類にも目力って効くの?おかしくない??


 今の密着した状況に耐えきれなくなった私は気を逸らすためにカシムに声を掛けた。


「……ねえ、カシム。また、変な呼び方しないでよ?」


「ん? ……あぁ、『ハニー』のこと?」


 カシムはわざとらしく私の耳元に唇を寄せ、熱い吐息と共に囁いた。


「いいじゃない、新婚さんらしくて。……それとも、もっと情熱的なのがいい? 『俺の愛しいミオ』とか?」


「……っ!! 死んでもやめて!!」


 私が全力で顔を背けると、カシムは声を上げて笑った。

 ほんと人の嫌がることばっかり狙ったようにやる男だ。でも、この男に振り回されている間だけは、自分が「狙われる存在」であることも、今後の不安も、どこか遠い出来事のように思えてしまうのだ。





  色とりどりの旗が揺れる街の門が見えてきた。

 そこは、以前より明らかに人の出入りが多くて、どこのなく空気が浮き足立っている。


「……ねえ、そもそも『光祭』って何のお祭りなの? 異世界のフェス的なやつ?」


「ふぇす……? なにそれ、また新しい呪文?」


 カシムの説明によると、陽の光が弱まる時期に、闇を追い払って光を呼び戻すための儀式が始まりらしい。

 色々想像してたせいで、足元が疎かになった私の腰をカシムがぐいっと引き寄せて、人混みを避けるように歩を進める。


「今はまあ、ただのドンチャン騒ぎの口実だけどさ。街中の広場に巨大な魔石を置いて、みんなで魔力を注ぎ込んで一晩中光らせるんだ。その光が強ければ強いほど、次の年は豊作になるって言われてる」


「へぇー、意外とロマンチック。太陽を呼ぶための光、かぁ……」


 私が少しだけ感心していると、カシムは意地の悪い笑みを浮かべて私の耳元で囁いた。


「ちなみに、その強い光に当てられた男女は『運命の糸で結ばれる』なんていう、おめでたい伝説もあるよ。……だから今日は、そこら中で浮かれた奴らが愛を囁き合ってる。不審者が紛れ込むには最高の目眩しだろ?」


「……最後の一言で台無し! 結局、あんたにとっては『犯罪に便利な日』ってだけでしょ!」


「あはは。まあ、俺にとっては君を()()するには都合がいい日、かな」


「……っ、意味不明なこと言ってないで、早く用事済ませるわよ!」




 私たちがまず向かったのは、街でも目立つ大きな衣料品店だった。


「いい、カシム。言っておくけど、私は動きやすくて、目立たない服がいいからね」


 私は釘を刺すようにカシムを睨んだが、当の本人は「はいはい」と聞き流しながら、棚に並んだ色とりどりの布地を指先でなぞっている。


「『目立たない』っていうのは、地味な格好をすることじゃない。それじゃかえって『何かを隠している不審者』に見える。逆にこれくらい赤くて、これくらい……そう、挑戦的な格好をしていれば、ただの『祭りに熱心なお嬢さん』だ。心理的盲点(カモフラージュ)の基本は、大胆不敵であることだよ、お嬢さん」


「なるほど……?」


「これなんてどう? お嬢さん、君、肌が白いから映えるよ」


 カシムが自信満々に掲げたのは、深いスリットが入った、目に鮮やかな真紅のドレス……というよりは、布の面積が絶望的に足りない何かだった。


「…………」


「…………」


「あんたの趣味、やっぱりエロいのよ!! これ着て出歩けっての!? どこの露出狂よ!」


「失礼だな、これは戦略的露出だよ。……いい? 追っ手は『コソコソ隠れてる天人』を探してる。まさか、歩くたびに太ももが露わになるような格好で、彷徨いてるのが当人だなんて、夢にも思わない。……ほら、俺を信じて。これに着替えれば、君は世界で一番『天人から遠い存在』になれるから」


「……絶対、自分の好みを押し付けてるだけでしょ!却下、大却下よ!」


 私はその布切れを真剣なカシムの顔面に押し戻し、自分で棚を漁り始めた。

 だが、私が手に取るシンプルなチュニックや、実用性重視のズボンは、ことごとくカシムのダメ出しによって棚に戻されていく。


「それはダメ。ダサすぎて逆に目立つ」

「これは生地が硬い。君の白い肌が擦れて赤くなったら、俺が嫌」

「これは色が年寄りくさい。却下」


「……あんた、さっきから変装とか言ってるけど面白がってるだけじゃない!」


「当たり前でしょ。金を出して、護衛までしてあげるんだ。俺の目の保養になる義務くらいあると思わない?」


 カシムはニヤニヤしながら、今度はフリルが多用された、可愛らしいけれどどこか扇情的なデザインの青いワンピースを私の体に当ててきた。


「ほら、これなら文句ないだろ? 可愛いし、君の体のラインが綺麗に出る。……まあ、他の男に見られるのはちょっと癪だけどさ」


 最後の一言だけ、さっきまでのキラキラした優男の演技じゃない、カシム自身の声だった。それは低くて、熱を持ったような声音。

 昨日のブレスレットの件から、カシムの独占欲が見え隠れする。……ほんと、何考えてるのよ。


 私は彼の手からワンピースを奪い取ると、試着室のカーテンを乱暴に引いた。


「わかったわよ! 着ればいいんでしょ、着れば! その代わり、変なところじろじろ見たら、その目潰すからね!」


「あはは、楽しみにしてるよ。お嬢さん」


 カーテンの向こうから聞こえる、楽しげな笑い声。

 私は鏡に映る自分を見つめ、昨日のブレスレットのことを思い出した。

 カシムが無理やり奪っていった、私の世界の欠片。

 代わりに彼が用意しようとしている、新しい服、新しい思い出。


(……癪だけど、悪い気はしないのが、一番厄介なのよね)


 私は溜息をつきながら、カシムが選んだ「彼好み」の服に袖を通し始めた。


 ―――数分後。

 ……マシだと思ったのに。

 私は、カシムが選んだ「フリルたっぷりのワンピース」に身を包んでいた。

 鏡を見ると、ふんだんなフリルが可愛らしく揺れる一方で、胸元は大胆に開き、タイトなウエストから広がるスカートのスリットは、動くたびに太ももがチラリと覗く。どこか踊り子のような、無防備で扇情的なデザインだ。


「……これ、絶対わざとでしょ、アイツ……」


 おずおずと、カーテンを開ける。

 ソファで退屈そうに指先を弄んでいたカシムが、顔を上げた。


 その瞬間。

 いつもヘラヘラと余裕たっぷりのカシムの動きが、ピタリと止まった。

 その瞳が、私の姿を頭の先からつま先まで、凝視している。何この沈黙。すっごい気まずい。


(せめて、何か反応してよ!こっちは恥ずかしいの我慢してるんだから!)


「…………」


「……何よ。変なら変って言いなさいよ。……やっぱり露出多すぎよね、これ。もう着替える!」


 私が気まずさに耐えかねてカーテンを閉めようとした時。

 カシムが音もなく立ち上がり、一歩で距離を詰めて、カーテンを掴んだ。


「いや、似合ってるよ。あまりに似合いすぎてて、他の奴にタダで見せるのが勿体なくなった」


「……わがままか!!」


 私は全力でカシムの胸を小突いた。

 ジャイ〇ンもびっくりの暴論を展開するカシムと、振り回されて息を切らす私。


 結局、私はワンピースの上に、それを完全に台無しにするようなマントを着せられ、カシムに連れられて店を後にしたのだった。

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