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災いの招き猫、『元』掃除屋に拾われる~不運をすべて引き受けると笑った死神は、今日も私のために料理する~  作者: サハラ


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13:トラップ発動と呪いのアイテム

 カシムの傷跡を発見した一件から数日後、リビングには午後の穏やかな空気とが漂っていた。

 私はといえば、先日いきなり掃除を始めたカシムに触発されて、俄然やる気になっていた。手には、あのボロボロになった元の世界のスカート。今はもう、ただの「高級な雑巾」だ。バイ菌撲滅!清潔第一!!


(……よし。これでこの家の隅々までピカピカにしてやるんだから!)


 しかし、私の決意が世界に届いた瞬間、不運の歯車がガチリと回りだす。

 棚の上の埃を拭こうと背伸びをした瞬間、足元のラグが、まるで意志を持った生き物みたいに私の足を掬った。


「わっ……!? ちょ、ちょっとおぉ!」


 おっとっと、と数歩よろめいた私の肘が、棚の置時計を小突く。

 時計はスローモーションのように落下――。普通なら床に落ちて壊れるだけだが、私の場合はそんなに甘くない。落ちた時計の角が、カシムが置いていったトレイをシーソーみたいに跳ね上げた。宙を舞う淹れたてのハーブティー。そして時計は、壁の飾り棚にぶつかって角度を変え、なぜか私の頭上へと弾き飛ばされる。


「ひゃっ!? ちょっ、嘘でしょ!?」


 降り注ぐ熱々の液体と、物理的な質量を持って迫りくる時計。

 反射的に目を瞑り、衝撃に身を硬くした。……が、いつまで経っても痛みも熱さもやってこない。


「……おっと。随分とアクロバティックな掃除だね、お嬢さん」


 耳元で、聞き慣れたヘラヘラした笑いをこらえるような声。

 恐る恐る目を開けると、目の前にはカシムの広い背中があった。

 右手には置時計、左手には一滴もこぼれていないティーカップ。トレイはなぜか彼のつま先の上でピタリと静止している。……大道芸人を目指したらいいのに。絶対、似合わないけどさ。


「……人間業じゃないわね、相変わらず」


「これくらいできないと、君の『()()()()』に巻き込まれて、この家が一日で灰になっちゃうからね」


 カシムは軽やかに道具を戻すと、手元の置時計を見て眉を寄せた。


「あー……。時計、もうダメだね。歯車が完全にいっちゃってる」


 時計の針はあらぬ方向を向き、内部からは虚しい金属音が響いている。私が掃除しようとして、逆に壊しちゃった。罪悪感で肩を落とす私に、カシムはさらに追い打ちをかけて笑う。


「掃除して家を壊すなんて、流石はミオ。ほんと、君って生きてるだけで奇跡だよね」


「うるさいわね! ちょっと張り切っただけよ……ぁっ!?」


 言い返す勢いのまま、私はカシムに向かって一歩踏み出した。

 ――その瞬間、視界の端で何かがキラリと光り、足裏が不自然な角度で滑った。


「え!? ちょッッ!?」


 ガシャン! と派手な音を立ててバケツが転がる。

 視界がぐにゃりと歪み、扇状に広がった水しぶきが綺麗に宙を舞った。

 いつもなら、カシムはこれを涼しい顔で避けるはずだ。実際、彼は最短距離で回避しようと一歩引いた――はずだった。


「おっと――ぶはっ!?」


 けれど、カシムの足元でも「ガチッ」という硬質な音が響き、彼の身体がこれまでに見たことがないほど無様に揺らいだ。

 回避がコンマ数秒遅れたカシムの顔面に、大量の水が逃げ場なく直撃する。

 もちろん、その跳ね返りは私にも降り注ぎ、スカートを無情に濡らしていった。


 静まり返るリビング。

 滴る水の音だけが、虚しく響く。


(……完璧だ。あまりにも完璧すぎる自爆のピタゴラスイッチ。自分の()()が怖い。……ほんとにごめんなさい)


 私は、前髪からポタポタと水を滴らせているカシムを前に、ただただ天を仰ぎたくなった。


「…………。……ねえ、お嬢さん。君、これ狙ってやったなら、暗殺者の才能あるよ? 俺の予測をこれだけ綺麗に裏切ってくれたのは、ミオが初めてだ」


完全に「水も滴る(物理)」状態になったカシムが、前髪からポタポタと水を滴らせながら、感心したように目を細めて私を眺めた。


「……ごめん。本当にごめん……でも、避けてよ。カシムなら出来るでしょ……」


「無茶言わないでよ。……まさか、弾け飛んだ時計の破片で滑らされるなんて思わないだろ。あはは、君の不運、たまに神懸かりすぎてて笑えてくるよ」


 カシムは滴る水を拭いもせず、濡れ鼠の私を見て、あろうことか心底おかしそうに肩を揺らした。


「……ねえ、何笑ってるのよ。自分だってびしょ濡れのくせに」


「いやぁ、あまりに綺麗な連鎖だったからさ。これ、芸術点高いよ。お嬢さん」


 彼は濡れたシャツを指先でつまんでパタパタさせると、ニヤリと口角を上げて私を自室へと促した。


「さあ、さっさと着替えておいで。そんな無様な姿、俺以外に見られたら一生の恥だよ。……俺は、この面白い惨状を片付けながら待ってるからさ」


 カシムにからかわれながら背中を押され、私は逃げるように自分の部屋へと駆け込み、バタンと扉を閉めた。

 水浸しの髪とスカート。気まずさと、彼に笑われた悔しさで、どっと疲れが押し寄せる。


「……着替えなきゃ」


 予備の服を探してクローゼットを漁っていると、指先に硬い感触が当たった。

 奥に押し込んでいた、あの日からずっと開けていなかった鞄。


(……これ、そういえばここに入れたままだっけ)


 手早く着替えた後引きずり出した鞄は、元の世界の気配を纏っているようで、妙に重たく感じた。

 日本にいた頃の記憶が、濁流のように脳内に流れ込んでくる。満員電車の匂い、学校のチャイム、深夜のコンビニの灯り。たった数ヶ月前のことなのに、まるで何年も前のことみたいに遠く感じる。

 鞄の中を探ると、奥からボロボロになった銀色のリボンがついた小さなボックスが転がり出た。川に流され、泥にまみれ、今では見る影もない。


「……思い出すだけでムカムカする。ほんっと、史上最低のクリスマスだったわね」


 中には、あの似似非王子のために選んだメンズ用のブレスレット。

 未練なんて、一ミリも残っていない。

 あるのは、クズ男への怒りと、あんなヘドロみたいな笑顔に騙されていた自分への呆れだけだ。…………いや、やっぱり一発殴っておけばよかった。それだけは、今でも心残りで仕方ない。


 正直、もう見るのも嫌。けれど、これを捨ててしまうのは、あの時必死だった自分の気持ちまでゴミ箱に放り込むようで、どうしても踏ん切りがつかなかった。


 それに。

 これを捨ててしまったら、私が日本にいた証拠まで消えてしまう気がした。

 この世界では「天人」という記号でしか扱われない私が、かつては「天野澪」という一人の人間として、誰かのために一生懸命生きていたことを証明してくれるものだと思うから。


 私はそれを、消えてしまわないように両手でそっと包み込み、胸元で大切に抱きしめた。


「……お、まだそんなゴミ眺めてんの?」


「ひゃっ!?」


 背後から突然降ってきた、低い、苛立ちを含んだ声。心臓が口から飛び出すかと思った。もう! いきなり声掛けないでよ!


 いつの間にか着替えたカシムが、濡れた髪をタオルで拭きながら後ろから覗き込んできた。……全く気付かなかったんですけど、この男。


「……随分と時間がかかってたから、また部屋で自爆してるんじゃないかと思って見に来たんだけど」


 カシムは歩み寄ると、私の手元にあるブレスレットを、獲物を見つけた猛獣みたいに射抜いている。


「へぇ。……それさ、あの『ショウユの王子様』に贈るはずだったやつだろ? そんな呪いのアイテム、さっさと処分しなよ。……それとも何? 未練でもあるわけ?」


 カシムの銀色の瞳が、冷ややかに、けれどどこか私を試すように射抜いた。


「未練なんてないわよ! むしろあの顔面に叩きつけてやりたいくらいよ!」


「あはは、いい根性だね。じゃあ、これ、俺が預かっとくよ」


 カシムは私の手から、ひょいとブレスレットを奪い取った。

 指先で弄び、光に透かして眺めるその目は、言葉とは裏腹に全然笑ってない。むしろ、猛烈に機嫌が悪そうだ。カシムはそれを掌で握り潰すように持つと、そのまま自分のポケットに放り込んでしまった。


「ちょ、ちょっと! 返してよ!」


「君の不運が詰まった物を放置しとくのは危ないからね。それに……」


 一瞬、カシムの声から茶化すような色が消えた。


「俺以外の男のためにこれを選んでた過去があるって思うと、何だかすごく気に入らないんだよね。……代わりにさ、明日、街に行こうよ」


 唐突な誘いに、私は言葉を失った。


「街って……公示が出てたでしょ? 私が見つかったら、あんたの隠居生活も終わりじゃない」


「だから、完璧に変装するんだよ。それに……その格好、流石に地味過ぎて見てるこっちのテンションが下がるんだよね。もう少し『俺のもの』らしい格好をさせないと。壊れた時計も新しいのを買いに行こうか。……君の過去を、俺が上書きしてあげる」


「……結局、自分のためじゃない! この最低男!」


「あはは! なんとでも言いなよ。……ミオの身体も冷えただろうし、しっかり拭きな。それとも俺が拭いてあげようか?」


「結構です! 自分で拭くからあっち行って!」


「はいはい。じゃあ、俺は晩飯の用意してくるよ」


 カシムはひらひらと手を振って、軽やかな足取りで部屋を出て行った。

 一人残された部屋で、私は濡れた髪をタオルで押さえる。


自分勝手に私を振り回すカシムだけど隣でヘラヘラ笑う彼が、私の人生を少しずつ、強引に前へと引っ張り始めている。


 でも、不思議とそんな彼が嫌いじゃないと思う自分もいる。



(……明日、変な服選ばれたら、思いっきり文句言ってやる!)

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