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異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました  作者: 陽花紫


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愛を感じる

 久々に、夢を見たような気がする。

 誰もが皆、俺のことを通り過ぎて行く夢を。

 亡くなった祖父に、向こうの世界での父と母。そしてハンスと、セラまでもが。

 長い金の髪に向けて、必死に叫んでいた。


「どこにもいかないで」

 と、そう伝えていたような気がする。

 一人は、嫌だ。

 この世界で一人ぼっちだなんて、生きていけない。


 ふっと、世界が変わった。

 まぶたの裏がほんのりと明るくなって。

 目を開けるとそこには見知らぬ天井があったんだ。

 けれど、決して嫌な感じはしなかった。

 そして片手に、あたたかな感覚があった。

 重い頭を動かして、そちらのほうへと目を向けると大きな手に包まれていた。


 それは、セラの手だった。

 離そうとしても、抜け出すことができなかった。

 ベッドの側で、ずっとこうして手を握ってくれていたのだろうか。

「セラ……」

 静かに声をかければ、セラはゆっくりと顔を上げた。

 眠っていたのか、それともただ目を閉じていただけなのか。

「……ハル……!」

 その声は少しだけ掠れていた。

「起きたのか」

「はい……。その、手を……」

 思わず目で促せば、セラは目を細めていた。

 その柔らかな微笑みに、俺の胸は熱くなる。

「ハルが言ったんだ、どこにも行くなと……」

 低く落ち着いた声で、セラが言った。

「……すみません、いろいろと……」

 そう謝罪の言葉を口にすれば、セラはにこやかに笑って俺の額に唇を寄せていた。


「私はどこにもいかない。だからハル、安心して……その身を休めるといい」

 するりとその手が離されて、セラは俺の髪を撫でた。

「すまないが、医師を呼んでくる。大丈夫だ、すぐに戻るから」

 そして扉の向こうに、セラは消えていった。


 扉が閉まってからも、額に残る熱とこの手に残る熱はまだ消えはしなかった。



 診察を終えて、俺は絶対安静だと言われていた。

 とにかく栄養のあるものを食べて、体力を回復させないことには何もできないと。

「何も気にせず、休むこと。それがハルの仕事だ」

 セラはそう言っていたけれど、俺はどこか落ち着かなかった。


***


 なぜなら、俺が寝起きする寝台の側で、セラが仕事をしていたのだから。


 大きな机に、積まれた書類。

 ペンを走らせる軽やかな音に、静かな息遣い。


 本来なら、俺のような者が同じ空間にいることですら許されないはずであるというのに。

 それなのに、セラはさも当然であるかのように俺とともに過ごしていた。


 最初のうちは疲労もあって、俺はただひたすらに眠っていた。

 食事を摂り、眠り、目を覚ましては診察を受ける。

 その繰り返しでもあったんだ。


 けれど次第に元気を取り戻していった俺は、少しずつ退屈を感じるようにもなっていた。

 そして何より、向けられるセラの視線が熱かった。

 紙の束をめくっていても、ふと顔を上げては俺のことをじっと見つめる。

 ペンで何かを書き終えたあとも、無意識であるかのように俺の目を見る。

 そして目が合えば、決まってセラは美しく微笑む。


 そこまで気を遣われて嬉しい気持ちもあるものの、俺はどこかむず痒いような気持ちも感じていた。


 それにセラは、スキンシップも多かった。

 通りすがりに、俺の髪を撫でていく。

 寝台に近づいては、静かに額に手を当てる。

 その指先がとても優しく感じられて、思わず俺は目を閉じてしまう。

「今日も、ハルがこうして生きてくれている……。それだけでいい」

 そう言って、穏やかに笑う。

 すべてを肯定するかのようなその言葉に、目元に寄せられた唇。

 そのようなことをされて、落ちない人間がいるのだろうか。


 挙句の果てには、セラはまるで挨拶であるかのように。

 何度もこう言っていた。


「ハル、愛している」

 最初は、幻覚かと思っていた。

 疲労のせいで聞き間違えているのだと。

 けれどその目は真剣で、その声も何の揺らぎもなかったんだ。


 俺たちはこれまで一度も顔を合わせたこともなければ、この声さえも聞いたこともなかったはずだ。


 それでも、目には見えない互いの心を知っていた。

 嬉しいことも、楽しいことも、わずかな不安も、些細な日々も。

 文字だけで、確かに繋がっていたんだ。

 俺もまた、セラのことは好きだ。きっともう、俺もセラのことを愛しているんだと思う。


 それでも、目に見えてわかるほどの年齢の差と身分の差が俺の想いに歯止めをかけていた。


 セラは、俺なんかが愛していいような人ではない。

 数多の使用人を従えて、この大きな屋敷の主として振る舞っていたから。

 そして俺なんかよりはるかに、その地位も名誉も品格も、全てを兼ね備えた人でもあるのだから。


 そのような人に対して、俺も同じように気軽に愛しているとは言えなかった。


 だけどせめてもの意思表示として、俺もまた静かに頷き同じようにセラの光る金色の髪をぎこちなく撫でていた。

 この想いが伝わるようにとその目を見上げれば、セラはわずかに目を細めていた。

 優しくて、それでいてどこか切なそうな顔。

 その顔が、たまらなく好きだった。


 それに今の俺の仕事は、この身と心を休めること。

 与えられた食事は、残さず食べるように頑張っていた。

 温かなスープに、柔らかなパン、そして甘い果物を。


 少しずつ、力が戻ってくるのがよくわかった。

 やがて体力がついてくるようになれば、寝台から出ることも許されていた。


 セラと隣り合って窓辺に座って、一緒に外の世界を眺める。

 この世界に、俺はまだ生きている。

 そして俺の手の上に、セラの大きな手が重ねられた。

「ハル、あそこに鳥がいる……。見えるか?」

「あっ、……ほんとだ……」

 そして、独りじゃない。

 そう思えるようになったのは、間違いなく、セラがここにいるからなんだ。


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