儚くも美しい
ハルは、庭に出歩けるまでに回復していた。
喜ばしいことだとは思いながらも、再びこの手を離れてしまうのではないかという不安がこの身を襲う。
細い腕にはわずかながらの肉がつき、風に吹かれれば折れてしまいそうでもあったその身は、しっかりと自らの重みを支えていた。
その足取りも、しっかりしたものへと変わっていた。
「セラ、この花って……手紙で教えてくれた……?」
「ああ、そうだ。この時期にしか咲かない花だ」
「……すごく、綺麗だ」
その目にも変わらぬ光を宿し、確かにハルは生きる力を取り戻していた。
それであるというのに、なぜだか私の心だけが取り残されていくような感覚もあったのだ。
手紙を交わしていた頃よりも、ハルは言葉数少なくどこか物静かでもあるようにも見えていた。
だがふとした瞬間に見せる、控えめな笑み。
その笑みに、なんともいえぬ儚さのようなものを感じてしまい思わずこの胸が苦しくなる。
いつかまた消えてしまうのではないかと、思ってしまうほどに。
弱々しくも美しくハルは笑っていた。
せめてもの抵抗として、私は常に片手を繋いでいた。
もはや理由など、必要なかった。
ただこの手を、離したくはなかった。
私の手がなければ、またどこかへ行ってしまうのではないかと。
そのような身勝手な不安にも、ハルは何も言わず拒むこともなく。
ただ頬を赤く染めて、私の手を受け止めてくれていた。
その反応一つ一つが、たまらなく愛おしくもあり、ひどく苦しい。
今すぐにでも、口付けをしたい。
その唇に、その頬に。
しかしそのようなことをしては、私は嫌われてしまうだろう。
***
時折、ハルは怯えたように目を覚ますことがあった。
祖父の名を口にして、悲しそうに。
そのたびに私はその身を抱きしめて、落ち着くまで背を撫でてやる。
ハルの親族は今や誰もおらず、彼は完全に孤独となってしまったのだ。
ならばせめて、私はその寂しさを埋めてやりたい。
この腕で、この声で。
この、抑えきれぬほどの愛で。
どうかもう二度と、その涙を見せることがないように癒してもやりたい。
しかし現実は、そう甘くはなかった。
私は執務に追われ、屋敷の主としての責務があったのだ。
ハルもまた、食事と診察の時間が定められていた。
時間が、私たちの身を無情にも引き離していたのだ。
「セラ」
胸元に、やわらかな手が触れた。
「ありがとう。……もう、大丈夫だから」
そう静かに押し戻され、私は、名残り惜しくもその身を解放した。
「ハル、何かあれば使用人を通してすぐに知らせてくれ」
「わかったよ。セラも……、お仕事頑張って」
ハルは、微笑んで私を見送った。
今日は、街に降りてとある場所へと向かう都合があったのだ。
あの日ハルを攫おうとした男たちは、近頃この辺りを騒がせている迷惑な男どもでもあったのだ。
すぐさまその身を捕らえ、然るべき場所へと送った後。
私は、噴水のある広場で一人息をついていた。
そしてふと、何やら甘い香りが鼻をかすめる。
香りの先を辿れば、とある小さな焼き菓子の店があったのだ。
ハルが甘いものが好きであったということを思い出し、自然と足が止まってしまう。
ハルへの土産にと思い、気付けばいくつか選んでいた。
渡された大きな籠を手に、年甲斐もなく買いすぎてしまったと呆れた笑みが浮かんでいた。
それでも、構わなかった。
ハルは、どのような顔をするのだろうか。
驚くだろうか、それとも笑ってくれるだろうか。
そのことを想像するだけで、この胸は不思議と温かくなる。
私は足早に、屋敷への帰路を急いだ。
あの手を、再び繋ぐために。




