私はここにいる
ハルが、私の腕の中で意識を失った。
すぐさま医師を呼び寄せ、応急の処置を施させた。
診察はあまりにも早く終わり、その身はひどい栄養失調の状態であると告げられた。
「長期間、まともな食事を取っていなかったのでしょう。この状態では気を失うのも無理はありません」
私は、何も言うことができずにいた。
なぜ早く、見つけることができなかったのか。
なぜこのような状態になるまで、ハルは一人で過ごしていたのか。
誰も彼のことを助けるような人間は、いなかったのか。
その全てを悔やんでも、もう遅い。
静かに息を吐けば、医師はなおもこう告げた。
「しばらくは、安静と療養が必要です」
私は静かに頷き、ハルの身を抱き上げた。
***
私室へと向かい、寝台へとその身を静かに横たわらせた。
この場所であれば、書類に向き合いながらも常にハルの様子を見ることができる。
それに何より、私の目の届く場所に置いておきたかった。
未だ意識は回復しないものの、胸元はかすかに上下していた。
確かに、生きている。
それだけで、この胸が熱くなるようでもあった。
私の部屋に、ハルがいる。
その事実に思わず胸が強く脈を打つ。
折れてしまいそうなほどに細い腕、羽のように軽やかなその身。柔らかな黒髪を撫でたその瞬間に、私は自らのこの想いを悟った。
ハルのことを、好きになってしまっていたのだと。
それは友人として、などという生易しいものなどではない。
ただ一人の人として、彼のことを敬い、慈しみ、愛しているのだ。
そして同じように、私のことも愛してほしい。
目を覚ましたら、何度でもこの想いを伝えよう。
今度は、ゆっくりと。
ハルが驚いてしまわぬように。
「どうか、戻ってきてはくれないか」
祈りを込めて、その手を両手で包み込む。
しばらくそうしてから、私は机へと向かっていた。
しかし書類に目を落としても、文字が頭に入らない。
意識は常に、寝台のほうへと向いていた。
どれほどの時が過ぎたのだろうか。
かすかな布擦れの音に、息を呑む。
「……ハル!」
思わず私は、寝台へと駆け寄っていた。
夜の闇を閉じ込めたかのような黒い瞳が、わずかに開いていた。
しかしその焦点は、まだ定まってはいない。
「……セラ……、」
その声は弱々しくもあったが、それでも確かに私の名を呼んでいた。
ハルは震える手を伸ばして、こう呟いた
「……どこにも、いかないで……」
その言葉に、私の胸はいとも容易く射抜かれてしまう。
「どこにもいかない。私はここにいる、ハル」
静かに手を取り,その甲へと唇を寄せた。
そして、強く握りしめていた。
ハルは穏やかな笑みを浮かべて、再び眠りについてしまう。
私のこの手を、決して離さぬままに。




