悪霊ストーカー編(7)
翌朝、篝火は香代の仕事場の工房にいた。
工房といっても空き家になったカフェを改造して、工房にしたらしい。こじんまりとした厨房といった感じの場所だった。
手を消毒し、髪もまとめて帽子を被った。キッチン用の白いコートを香代から借りて着込み、最後に手袋をはめた。
篝火の仕事は雑用全般だった。
出来上がったクッキーの質を選別したり、梱包したり、客への宛名を書いたりもした。
一方香代は、クッキーにアイシングを施していた。誕生日やウェディング用のクッキーの依頼が多いらしく、一枚一枚絵やメッセージを書き込んでいた。
最初は見た目は、お嬢様に見えたものだが、仕事中の香代の視線は真剣だった。中身はやっぱりキャリアウーマンかもしれない。
仕事中は、こんな香代に話しかけるのは難しかった。篝火は、とりあえず仕事に集中した。ただ、工房には甘い香りが広がり、見た目にも鮮やかなアイシングクッキーは、食欲を抑えるのに苦労した。花、猫、鳥、犬などの可愛くデコレーションされたアイシングクッキーは、いかにも女性向けだ。
今のところ可能性は低いが、彼女ができたらアイシングクッキーをプレゼントしたら喜ぶのでは無いかと考えた。もっともクリスチャンになってから彼女を作りたいという願望は、あまり無いのだが。
クリスチャンになる前は、禁止事項が多そうで恐れていたが、今はポルノにも自然と興味がなくなってしまった。お金も生活でき、教会に献金できるほど有れば良いとも考えるようにまった。
道で好みの女を見かけると、ちょっと心は揺れりが、今は性欲も落ち着いてしまった。思えば悠一に京香に居候するようになってから、半分老人のような、隠居生活に近いような暮らしだった。
だからこそ、ストーカーからBL漫画が送られてきた時、想像以上に戸惑ってしまった面がある。少し冷静になって考えれば、事件性は今のところない。気持ち悪い事は気持ち悪いが、自分の元ファンだったら、話せば理解してくれる気もしていた。
こんなストーカーのようか事をしてる人間も、神様が愛している子供だ。無闇矢鱈に事を大きくはしたくなかった。
ちなみに悠一は北海道でグルメや修道院巡りを楽しんでおり、篝火については1ミリも心配していなかった。桜も直恵も別荘での休暇を楽しんでいるようで、近くにあり湖までサイクリングをしに行ったという動画が届いていた。
「あぁ、もうお昼ね。しろそろ休憩しましょう」
「いいの? まだ作業は途中だけど」
「ええ。篝火さんのおかげで助かったわ。だいぶ仕事は片付いた」
香代にそう言われ、工房の隣にある事務室でお昼ご飯を食べる事になった。
小さなテーブルを囲んで座る。篝火は家から昨日の夕飯の余り物を弁当に詰めて持ってきたが、香代はカップラーメンだった。
「香代さん、栄養偏るぜ」
「忙しいとどうしてもね」
少し不憫になった篝火は、自分の弁当から塩漬けキャベツを分けてやった。キャベツが安かったので、たくさんスーパーで買い、塩でもんでつけておいた。このメニューは上司の充希から教えてもらった。充希は忙しく栄養偏りがちなので、時々作って弁当に持ってきていると言っていた。充希は一見仕事一筋のキャリアウーマンだったが、中身は意外と女子っぽかった。
「篝火さんは、意外と手先が器用だね」
「一応ギターやピアノもやってたからさ。絵も描くのも嫌いじゃない」
「アイシングは任せられないけど、他のもっと細かい作業も頼んでみようかな」
「いいんかい?」
こうして仕事を真面目のこなし、篝火を褒める香代の姿は、とてもストーカーには見えなかった。何か知っていそうだが、香代がストーカー本人という可能性はだいぶ低そうだった。
「あれ? なにこれ?」
ちょうど昼ごはんを食べ終えた頃、篝火は事務室にあるディスクの上に変なチラシがあるのに気づいた。
綺麗に片付いていたディスクだったが、パソコンのキーボードの上の乱雑にチラシがあってちょっと目立っていた。
「あぁ、これね」
香代はチラシを取り上げると、心底困ったような顔を見せた。
「ちょっと、見せて?」
篝火は気になってしまい、背をかがめて香代と視線を合わせて、チラシをそっと手に入れた。
「何に、これ。嫌がらせじゃん……」
チラシには、香代の作ったウェディング用のアイシングクッキーの画像とともに、悪口が書かれていた。
「今はLGBTの時代だ。男女のウェディングクッキーしか作らないのは、差別って……」
チラシを凝視していた篝火だが、見れば見るほど嫌な気分になってくる。
確かに香代は、男女のデザインされたウェディング用のアイシングクッキーしか作っていないようだが、これは言いがかりではないか。
「嫌がらせじゃん。なにこれ」
珍しく篝火は、プンスカと怒ってしまった。
「わからない。ただウェディング用のクッキーを作っていただけなのに、突然嫌がらせの手紙がくるようになって。ネットで誰かが私のクッキーの悪口言ってるみたい」
「なんだって?」
泣きそうにしている香代は、可哀想だったが、この件は誰にも相談せず、泣き寝入りしていたらしい。その点は、我慢しすぎだと篝火は思った。
「誰か心当たりない?」
「わからない。LGBTのお客様の注文があれば、ちゃんと作るわよ。でも、そういった事もなくて、突然言われるようになって」
「ストーカーじゃん、こんなの」
篝火は男だから、ストーカーも身の危険がそこまで感じない。一人で生きている香代が、こんな被害にあったら、どれほどの恐怖かと思った。
この被害と篝火のストーカーは何か共通点あるのか。篝火は、その点は全くわからなかったが、香代から詳しく話を聞いてみる事にした。
「いつから嫌がらせ始まった?」
「1ヶ月ぐらい前かしら。でも今思うと、SNSで趣味でクッキー作ってる時から、アンチみたいなコメントはよくあったのよね」
「そっか。他に心あたりない?」
「それが……」
香代は言葉に詰まってしまった。なんでもシングルマザーの家庭に育ち、子供の頃からしっかりとしないといけない環境だったらしい。お陰でこういう被害にあっても、一人で抱え込んでしまうと涙目で語っていた。
「いや、これは人の助け求めようぜ。そんなに抱え込んでも解決しないぞ」
「そうだけど」
てっきりお嬢様かと思ったが、香代は意外と苦労人だった。やっぱり人は見かけによらないのだろう。
「とりあえず、ここ最近の嫌がらせのチラシを全部見せてよ」
「わ、わかった」
こんな風に助けを呼べない香代には、具体的にやる事を示すた方が良いと思った。
「うーん。酷いな、これは」
篝火は数々のチラシを見てため息しか出ない。どのチラシもウェディングクッキーへの嫌がらせだった。どれもLGBTを持ち出し、難癖をつけていた。
この問題は、クリスチャンの篝火も他人事ではない。
聖書では同性愛は、神様が嫌うものとして書かれているが、教会によってはLGBTを肯定している所も多いと悠一から聞いた事がある。ゲイの牧師でもOKという動きもあるらしい。教会ではなく、人権団体のようだと悠一は憤っていた。
悪霊が見える悠一や篝火、直恵からしたら、同性愛も生まれつきの障害ではなく、悪霊憑き状態なのだが、こうやって人権団体化をしているのをみると、かえって問題が複雑化しそうなだと危惧していた。
しかし、香代のようのこんな嫌がらせを見てしまうと、世間の圧力を乗り越えるのも、かなり難しい問題のようにも思えた。
「香代さん、大丈夫?」
「正直、辛いわね」
「はぁー。世間って嫌だねぇ」
海外では、LGBTのウェディングケーキの注文を断ったクリスチャンのパティシエが、訴えられたという事件もあったらしい。これから終末に向けて、こんな迫害はますます増えていくだろう。
思わず篝火も頭を抱えそうのなった時だった。
嫌がらせのチラシに、手書きで描かれたイラストが、あのBL漫画とタッチがそっくりだった。というか、全くそのもの。篝火と悠一とされるキャラが「差別だ!」という吹き出しと共に描かれている。
「なんだ、これ」
篝火は、そのイラストをまじまじと見つめる。
という事は、こも嫌がらせの犯人は、篝火のストーカーの人物と同一人物?




