悪霊ストーカー編(1)
いよいよ明日からゴールデンウィークが始まる予定だった。
カレンダーを見るだけで、ワクワクする時期である。しかし、篝火はご機嫌ナナメだった。
非正規で働いている篝火は、その分給料が減ってしまうし、先輩の充希ともあの一件以来良好な関係だったので、かえって仕事に行けないのが残念に思うぐらいだった。
そんな篝火にとって、喜びは、やはり音楽だった。
ミュージシャンの仕事はすっかり諦めてしまったが、音楽は趣味で続けていた。
今日も仕業が終わると、教会の礼拝堂に直行しピアノを弾きながら、讃美歌を歌っていた。
「主よ、愛しています〜♪」
次作に讃美歌も何曲かつくっていた。篝火意外誰もいない礼拝室にその讃美歌がだけが響く。
聖書にも書いてあったが、やっぱり人は神様を賛美する為に作られたのだと篝火は、感じていた。
歌っているこの瞬間だけが、心が異様に喜んでいるのを感じた。
だからこそ、サタンが音楽を悪魔的にするのを命かけているのが、理解できる。そもそもサタンは、もともと天界ではルシファーと呼ばれ、賛美隊長だった。ミュージシャン時代は、サタンを讃える歌を作れなどとリクエストされた事もあったが、もうやっぱり音楽業界には戻りたくはなかった。
サタンも堕落するまでは、文化や芸術とも関係が深ったらしい。だからこそ、この地上での音楽や芸術を悪魔的にするのは優先度が高いのだろう。
「あー、讃美歌やっぱり歌ってると嬉しいな!」
篝火は、讃美歌を歌い終えると、笑顔を見せた。
「おぉー、篝火くん。さすが元ミュージシャンだね。上手かったよ」
そこに拍手をしながら、牧師の悠一が入ってきた。
「まあ、讃美歌は技術ではなく、いかに心を込める事だが」
悠一は、信徒席の一番前にすわり、説教台の奥にあるピアノの前に座る篝火に声をかけた。
「しかし、もったいないねぇ。これだけ作詞や作曲もできるのに。ミュージシャンには戻りたくないのかい?」
「うーん」
そう言われれてしまうと、篝火は全く未練が無いとは言い切れない
「でも、レコード会社の上の人にサタンの曲作れとか言われるのは、しんどいよ。クリスチャンとしてあの業界に戻るのは、無理だわ」
「そうか。しかし、アマチュアでも無理か? なんか音楽続けられないか?」
今日の悠一は、しつこかった。
「お前の歌声は悪くない。っていうか、悪霊がかなりびびっているんだよ。篝火くんの歌声でも悪霊祓いができるかもしれん」
「え? マジで? 音楽で悪霊祓いってできるの?」
驚いていた篝火だが、心当たりはあった。かつて自分や桜に悪霊が取り憑いたとき、みんなで讃美歌を歌って悪霊を追い払った事を思い出した。
「まあ、讃美歌でエクソシストはあまり一般的ではないが、悪霊がビビるのは確かだ。
「そっかー。じゃあ、音楽も辞めずに続けようかな」
「一番は神様に捧げる心が大事だがな」
そう思うと、趣味でもいいので続けようかと決心がついた。確かにこの世の中の音楽は、悪魔的なものが多いが、全部が悪いわけではない。
「動画サイトで曲を発表するのもいいんじゃない? 上手くいけば小遣いぐらいは、収益化できるかもよ。まあ、それを目的にするのは、ダメだが」
「そうだな。なんかやってみるよ」
ゴールデンウィークが暇になり、気持ちも萎えかけていたが、新しい目標もできた。とりあえず新しくオリジナルの讃美歌を作り、動画サイトにアップしてみよう。上手くいけば、音楽をきっかけに神様の事に興味を持ってくれる人もいるかもしれない。
そう思うと、ゴールデンウィークでの憂鬱な気持ちも減って来た。それどころかやる気も出てきた。
「ところで、今日の夕飯は?」
「今日は、焼肉」
最近は、食事の支度は全部篝火がやっていた。食費は全部悠一もちという条件だった。おかげで篝火の食費は月3000円ぐらで、薄給の身としてはかなり助かった。夕飯で余ったものは、篝火が昼に食べる弁当に詰めても良い事になっていて、ありがたい。実質篝火の食費は、会社で飲むコーヒーやお茶代ぐらいになっていた。
それに悠一は、あまり料理の出来についても文句を言わない。女と付き合った事もなく、母親は教会の牧師で、忙しい家庭環境だったらしい。ちょっと手抜きしてもバレず、篝火としては、ありがたい存在だった。
今日の焼肉だって、味付けして焼くだけのメニューだが、肉という事もあり、悠一は素直に嬉しそうだった。言い方は悪いが、ちょっとチョロい。
「あ、ちょっと電話きた」
悠一に電話がかかってきて、しばらく電話していた。漏れ聞こえる声からはどうも深刻そうだった。
「悪い、篝火くん。仕事が入った」
「は?」
「これから北海道だよ」
「えー、急じゃね?」
聞くと悠一が以前悪霊追い出しした北海道に住む主婦が、再び悪霊が戻ってきて大変な事になっているという話だった。
悠一は、こうやって頼まれれば無償で、悪霊追い出しをやっていた。
悪霊追い出しは無償で行っている。
北海道まで行って利益があるどころか赤字だが、それでも困っている人は、悠一は放っておけない。
「じゃあな、篝火くん。戸締まりだけは、手を抜くなよ。あと、地域に悪霊撒かれていないか毎日確認しろな」
その後、悠一は慌ただしく荷物をまとめて北海道へ旅立ってしまった。
「わかった〜」
篝火は素直に頷き、悠一を送り出した。
「せっかくスーパーで、いい肉買ってきたんだけどな〜」
一人で焼肉を作り、食卓に並べて食べた。そういえば一人でとる夕飯は久しぶりだった。
なんとなく違和感を持つ。それだけ、悠一との生活に慣れてしまったという事なのだろう。家族というよりは、シェアハウスやっている同居人と言った感じだが。音楽をやっていた頃、下積みの頃はバンドメンバーと同居した事もあったので、篝火としては、同性と同居する事は違和感のない事だった。
「しかし、逆に誰もいないっていうのも解放感あるよなー」
風呂や洗面所の順番が、いつも自分が一番というのは、篝火にとってちょっとワクワクしてきた。意外と悠一は、ルールを作るのが好きで、掃除当番なんかは交代制でキッチリと決めていた。掃除は、悠一が帰ってくる直前にまとめてやればいいだろう。
留守番中の子供みたいにワクワクしていた。
風呂上がり、冷凍庫にあるハーゲンダッツのストロベリー味を食べながら、ひと時の開放感に浸っていた。
「やっぱりゴールデンウィーク楽しみだ!」
篝火の浮かれた声が響いた。




