↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『全能』  作者: 朝霧なぎ
1章 リジェクト
6/28

『全能』1章6話 名前を知らない村(6)

『全能』第6話

 

 焼け跡に足を踏み入れると、灰が舞い上がった。


 裸足の足の裏に、まだ熱が残っている。踏みしめるたびに、薄く固まった地面がぱりぱりと音を立てて割れた。


 風が吹くたびに、細かな灰が顔に当たる。焦げたにおいの奥に、嗅いだことのない、甘ったるいにおいが混じっていた。何のにおいなのか、考えたくなかった。


「……誰か」


 声がかすれた。


「誰か、いませんか。マルタンさん。ベルナールさん。ニナ……ミレイユ……」


 返事はなかった。


 健司は、焼け跡の中を歩き回った。ここが門だったはずだ。ここに柵があった。この先に、湧き水があった。けれど、目印になるものは何ひとつ残っていない。湧き水があったはずの窪みは、乾いてひび割れていた。


 門のあったあたりで、黒い塊を見つけた。


 いびつに固まった、金属の塊だった。細長い棒のようなものが、途中で溶けて垂れ下がり、そのまま地面にくっついている。


 ティボーの槍の穂先だと、しばらくしてから気づいた。


 鉄が、溶けたのだ。


 足元に、白いものが転がっていた。


 拾い上げようとして、指先が触れた瞬間。


 それは、ほろりと崩れた。


 形を保っていたのは、ほんの一瞬だけだった。白い欠片は、健司の指の間からさらさらとこぼれ落ち、灰の中に混じって、見分けがつかなくなった。


 健司は、自分の手を見つめた。


 指先に、白い粉がついていた。


 骨だった。


 研究者の頭が、また勝手に答えを出す。高温で焼かれた骨は、水分も有機物も抜けて、もろくなる。触れただけで崩れるほどに。


 頭は止まらなかった。ゆうべの説明の、どこが間違っていたのか。マナの値は、どれだけ足りなかったのか。自動調整で、火力は何倍に跳ね上がったのか。この地面を溶かすには、何度必要だったのか。


「……やめろ」


 健司は、その考えを振り払うように首を振った。


 計算して、何になる。答えが出たところで、誰も帰ってこない。


 膝から力が抜け、灰の上にへたり込んだ。


 ----------------


 どれくらい、そうしていたのかわからない。


 日が高くなりはじめたころ、健司はのろのろと立ち上がった。


 せめて、みんなを弔いたかった。それが、生き残った自分にできる、たったひとつのことだと思った。


 村の真ん中だったあたりを歩いていると、四角く並んだ石が目に入った。ひびだらけで、黒く煤けている。


 かまどの石だった。


 アネットが、指先の火で薪に火をつけていた、あのかまど。ここが、村長の家だったのだ。


 かまどのすぐそばで、灰の中の何かが光った。


 膝をつき、手で灰をかき分ける。


 虹色の光沢をおびた、小さなペンダントだった。


 すぐそばに、同じものがもうふたつ。三つとも、手を伸ばせば届くほど近くに、寄り添うように落ちていた。


 最後の瞬間、三人はかまどの前で、身を寄せ合っていたのだろうか。窓から外を見ていたニナとミレイユを、マルタンが抱きかかえて。


 マルタンと、ミレイユと、ニナの。


 三つとも、形を保っていた。焦げてもいない。溶けてもいない。朝の光を受けて、昨日と同じように、きらきらと七色に輝いている。


「ぜーったい、燃えないし……溶けないんだって……」


 ニナの声を真似ようとして、声にならなかった。


 燃えなかったのは、これだけだった。


 これを身につけていた人たちは、どこにもいない。


 健司は、三つのペンダントを両手で包みこみ、胸に押し当てた。金属は、ひどく冷たかった。


 ----------------


 ここに、墓を作ろう。


 村の真ん中、あの大木があったあたり。ニナが登って、落ちて、自分が受け止めた場所。


 健司は、焼けた地面に手をついた。


 土をどかすくらいなら、『全能』でできる。きちんと説明すれば、通るはずだ。土を少し動かすだけなら、もしかしたら説明すらいらないかもしれない。


 わかっている。


 健司は、地面に向かって右手をかざした。


 それだけで、指先が震えだした。息が浅くなる。心臓が、耳の奥で暴れはじめる。頭の中に、あの白い光がよみがえった。感情のない、機械的な声。確定事象、極限熱エネルギーの発生。


 もし、また失敗したら。また、何か取り返しのつかないことが起きたら。周りは荒野だ。何が起こるかわからない。


 健司は、右手を下ろした。


 使えなかった。


『全能』どころか、体のリミッターを外すことすら、怖くてできなかった。


 喉が、ひりつくように乾いていた。ゆうべ村でもらった水の革袋は、どこかへ消えていた。荒野で水を作ったときのことを思い出す。あれと同じことをすれば、喉の渇きはすぐに癒える。


 それすら、できなかった。


 健司は、素手で地面を掘りはじめた。


 表面は、溶けた砂が固まって、薄いガラスの膜のようになっていた。拳で叩き割ると、ぎざぎざの破片が手のひらに食い込んだ。その下の土は、熱で焼き締められて、石のように硬い。


 爪を立てて、かき出す。


 ひと握り。また、ひと握り。


 すぐに、爪が割れた。指先から血がにじみ、土と灰に混じって、黒く固まっていく。それでも、健司は手を止めなかった。


 痛かった。


 痛くて、よかった。


 これくらいの痛みで、許されるはずがないとわかっていたから。


 日差しが、容赦なく背中を焼く。汗が目に入り、視界がにじむ。何度も手が止まりかけ、そのたびに、地面に額をつけて息を整えた。


 掘り進めるうちに、焼けた層の下から、色の違う土が顔を出した。しっとりと湿った、焦げ茶色の土。


 昨日まで、この村の人たちが踏みしめていた土の色だった。


 日が真上に来て、また傾きはじめたころ。ようやく、ひと一人が横たわれるほどの穴ができた。


 健司は、焼け跡を何度も往復して、灰と、崩れかけた白い欠片を、両手ですくっては穴の底へ運んだ。誰のものかは、もうわからない。わからないまま、ひとつ残らず運ぼうとした。


 最後に、三つのペンダントをそっと置いた。


 土をかぶせる。両手で、少しずつ。


 小さな塚ができあがると、健司は近くに転がっていた石を、その上にのせた。


 何か、刻むものがあればよかった。そう思ってから、気づいた。


 この村の名前すら、自分は聞いていなかった。


 ----------------


 塚の前に座り込んで、健司はぼんやりとそれを眺めていた。


 ニナが、びゅーんって来たと笑っていた。


 ミレイユが、小枝の線をにらんでから、ほんとだ、と目をまるくしていた。


 マルタンが、立てるかと手を差し出してくれた。


 アネットのスープは、塩気がきいていて、うまかった。


 フェルナンは、賢者の話をするとき、少しだけ寂しそうに笑っていた。


 ベルナールに叩かれた背中が、まだ痛い気がする。ティボーは、火を絶やすなよと笑っていた。


 たった一日だった。


 たった一日で、この村の人たちは、健司に居場所をくれた。


 泊まっていけ、とマルタンは言ってくれた。断ったのは、自分だ。人に迷惑をかけるのが、怖かったからだ。


 その怖さのおかげで、自分ひとりだけが、村の外にいた。


 いつか、ちゃんと恩を返そう。ゆうべ焚き火の前で、そう決めたばかりだった。


 その全部を、自分の手で焼いた。


 涙が、灰で汚れた頬を伝って、ぽたぽたと塚の土に落ちた。


「ごめんなさい」


 誰にも届かない声だった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 そのとき、地面が小さく震えた。


 顔を上げる。


 荒野の向こうから、土煙が近づいてくる。規則正しい足音。金属の触れ合う音。馬のいななき。


 槍や杖を携えた兵士の列だった。先頭には、旗がひるがえっている。


 あっという間に、百人ほどの兵士が焼け跡を取り囲んだ。槍の穂先が、いっせいに健司へ向けられる。杖の先には、小さな炎や光がともっていた。


 兵士たちの間から、ささやき声が漏れる。


「生き残りか」


「村ごと消えてるぞ……」


「あいつ、ひとりだけ無事なのか」


 いくつもの視線が、健司に突き刺さった。


 馬上から、赤い外套をまとった貴族らしい身なりの男が、焼け跡を見渡した。ガラスのように固まった地面。溶けて垂れ下がった鉄の塊。どこまでも続く灰。そして、その真ん中で、血まみれの手をして座り込んでいる、ぼろぼろの男。


 男は馬を降り、ガラスの地面を靴の先で叩いた。かつん、と硬い音がした。


「砂が溶けている……。火の魔法でも、ここまではならんぞ」


 男の目が、すっと細められた。


 その視線が、健司の前の小さな塚に落ちる。それから、土と血で真っ黒になった健司の両手に。


「墓、か」


 男は、鼻で笑った。


「殊勝なことだ。ここで何が起きたのかを、知っている者でなければ、できないことだがな」


 後ろから、兵士が一人、馬を寄せてくる。


「フランベル様。隊長殿には、まだご報告を――」


「放っておけ。あの小娘が来る前に、片をつける」


 男は、健司を見下ろした。


「テルトロワ王国軍、第一中隊長、ガスパール・ド・フランベルだ。ゆうべ、この方角に火柱が上がったのを見た。この村で、何があった」


 健司は、口を開いた。


 何も、言葉が出てこなかった。


 魔物の群れが来た。火で追い払おうとした。マナの値を間違えた。どれも本当のことだった。けれど、どれひとつとして、この男に伝わる言葉にはならない気がした。


「答えろ」


 ガスパールの声が、冷たく響いた。


「この村を焼いたのは、貴様か」


焼け跡にペンダント3つ。


墓を掘るのに『全能』は使えませんでした。


ブックマークしてもらえると嬉しいです。


2章以降は19時30分ごろ毎日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。