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『全能』  作者: 朝霧なぎ
1章 リジェクト
22/28

『全能』1章22話 村の名前(22)

『全能』第22話

 

 我が国のために、役立てる気はないか。


 健司は、聖王の言葉を、すぐには飲みこめなかった。


 罰を受けるつもりでいた。火をもって贖う。そのつもりで、ゆうべは目を閉じたのだ。


「……役立てる、というのは」


「各地で起きている、魔法では解けぬ揉め事がある」


 聖王は、組んだ指をほどかなかった。


「消えた村。理由の知れぬ病。砂にも審問官にも見抜けぬ火。魔法使いどもが首をひねるばかりのことが、この国にはいくらでもある」


 聖王は、静かに続けた。


「魔力によらぬ力なら、魔法使いには見えぬものが見えよう。それを片づけよ。余の命じるところへ行き、余の命じることを調べよ」


 健司は、膝の上で拳を握った。


 焼け跡の灰の匂いがよみがえった。素手で掘って築いた、小さな塚。灰の中から拾い上げた、燃えも溶けもしないペンダント。マルタンと、ミレイユと、ニナの。


「それで、あの村の人たちへの償いになりますか」


「償いになるかどうかは、汝が決めよ。余の知ったことではない」


 冷たい答えだった。けれど、嘘のない答えだとも思った。


 健司は、顔を上げた。


「燃やしたものは、戻りません。許してもらえるとも、思っていません」


 声は、震えなかった。


「だから、これからは、燃やさずに済むほうに、この力を使いたいです。……やります」


 聖王は、わずかにうなずいた。それから、扉のほうへ目をやった。


「ルル隊を、ここへ」


 重い扉が開き、ルルと五人の中隊長が引き立てられてきた。


 ルルは、健司の隣に膝をついた。帽子はなく、葡萄酒色の髪は、きのうのまま少し乱れていた。健司のほうを、ちらりとも見なかった。


「ルル隊は、世を騒がせた。隊は、本日をもって解く」


 聖王の声が、淡々と続いた。


「中隊長どもは、火柱を見て夜明けまで動かず、余の前でそれを偽った。それぞれ辺境の守りにつけ。追って沙汰する」


 ガスパールの肩が、ぴくりと動いた。それでも、顔を伏せたまま何も言わなかった。ソランジュは、唇をかんでいた。


「七色の賢者、ルル」


「はい」


「汝は隊長の任を解く。かわりに、この男とふたりで各地を回れ。この男が見たものを、余に伝えよ」


 一拍おいて、ルルは深く頭を下げた。


「謹んで、お受けいたします」


 いつもの、人前のルルの声だった。


「では、第一の指令を与える」


 聖王が、玉座の上から二人を見下ろした。


「アーベントシュタイン領。魔物が、領地の半分を滅ぼした。辺境伯の息子が、その魔物を引き入れたと申す者もおる。かの地で何が起きたのか、その目で見て、調べてまいれ」


「陛下。ひとつだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 健司は、自分でも驚くほど、すんなりと口を開いていた。


「申せ」


「あの村の、名前を」


 聖王は、わずかに眉を上げた。


「東の辺境の村の名など、余は知らぬ」


 平らな声だった。それきり、玉座の間が静まった。


「……シェーヌです」


 隣で、小さな声がした。ルルは、前を向いたまま、健司のほうを見なかった。


「巡回の記録に、そう書いてありました」


 シェーヌ。


 健司は、その名前を、口の中で一度だけくり返した。


 中隊長たちが、兵士に促されて玉座の間を出ていく。


 すれ違いざま、ガスパールが、健司の横で足を止めた。


「……借りは、返す」


 低い声だった。それが礼なのか、それとも別の意味なのか、健司にはわからなかった。ガスパールは、それきり振り返らずに扉の向こうへ消えた。


 そのうしろで、ソランジュが、扉の脇の衛兵に白い手を差し出していた。


「わたくしの扇、返していただけますこと?」


 最後に扉をくぐった大男が、一度だけ振り返った。ルルに向かって、小さく頭を下げたように見えた。


 ----------------


 玉座の間を出て、長い回廊を歩いた。


 兵士たちが離れていく足音が、遠ざかる。ふたりきりになったとたん、隣で、ルルが大きく息を吐いた。


「……ばか」


「すみません」


「すみません、じゃなくて」


 ルルが、立ち止まって健司をにらんだ。金色の瞳のふちが、うっすらと赤くなっていた。


「罰を受けます、って何? なんでわざわざ自分から言うの。せっかく助かったのに」


「本当のことなので」


「知ってる!」


 ルルは、ぷいと顔をそむけた。


「だいたい、来ないでって思ってたのに。見つかったら、ケンジさんまで縛られるって」


「来ないで、なんて言ってましたっけ」


「言ってない! 思ってただけ!」


 言ってから、ルルは自分の口を両手で押さえた。耳の先まで、みるみる赤くなっていく。


 健司は、笑いをこらえるのに苦労した。


 かわりに、懐から、きちんとたたんだハンカチを取り出した。


「これ、ありがとうございました。パンも」


 ルルは、ハンカチを受け取りかけて、ぴたりと止まった。


「……あの子、何か言ってた?」


「隊長は、お腹いっぱいだからって、おっしゃってましたって」


「それだけ?」


「そのあと、お腹が鳴ってたって」


「あの子ったら……!」


 ルルは、ハンカチをひったくるように受け取って、真っ赤な顔で健司をにらんだ。


「鳴ってないからね。聞かなかったことにして」


「はい」


 健司がうなずくと、ルルはますます赤くなった。


 しばらく、ふたりとも黙って歩いた。高い窓から差しこむ光が、石の床に白い四角を並べている。


「……隊長じゃ、なくなっちゃった」


 ぽつりと、ルルが言った。


「各地を回れって、要するに、体のいい厄介払いよね。スラム上がりの七色の賢者なんて、王都の偉い人たちには目ざわりなんだと思う」


「すみません。僕のせいで」


「ちがうよ」


 ルルは、首を振った。


「わたしが、自分で決めたことだから。……それに、各地を回るなら、その土地の本がたくさん読めるかもしれないし」


 そう言って、ルルは少しだけ笑った。


 それから、ふいに足を止めて、健司のほうに向き直った。


「ケンジさん」


「はい」


「……来てくれて、ありがとう」


 小さな声だった。健司が何か言うより先に、ルルはくるりと背を向けて、すたすたと歩きだした。


「ほら、行くよ。シスターたちが待ってる」


 ----------------


 孤児院の扉を開けたとたん、小さな体が四つ、いっせいに飛びついてきた。


「ルル姉ちゃん!」


 ノエが、ルルの腰にしがみついて、わんわん泣いた。トマとリュカが、両腕にぶら下がる。ジャノは、少し離れたところで腕を組んでいたが、その目も赤かった。コレットは、ルルの服の裾をつかんだまま、何も言えずにいた。


 ルルは、膝をついて、ジャノまで引き寄せて、五人をまとめて抱きしめた。


「ただいま。……心配かけて、ごめんね」


 かまどの前で、シスターが立ち上がった。


「おかえりなさい」


 それだけだった。ルルは、子供たちを抱いたまま、うん、とうなずいた。


 健司は、扉の脇で、旅の支度にと城で渡された袋を下ろした。中から、黒パンをひとつ取り出す。


「ジャノ」


「なんだよ」


「十二口。返すよ」


 健司はパンをちぎって、ひと口ずつ、子供たちの手にのせていった。いち、に、とノエが泣きながら数える。十二口目は、ジャノの手の上に置いた。


 ジャノは、手の中のパンを見下ろした。


「……利子がついてねえぞ」


「次に会うときに、払うよ」


 ジャノは、ふん、と鼻を鳴らした。それから、パンを口に放りこんで、そっぽを向いた。


「約束じゃ、ねえからな。おっさん、できない約束はしねえもんな」


「うん。だから、約束じゃない」


 健司は、笑った。


 その横で、ルルが、健司の懐をじっと見ていた。


「それ」


 健司が鏡を取り出すと、ルルの目がまん丸になった。


「シスターの鏡……わたしが小さいころ、にらんでたやつ」


 ルルは、シスターを振り返った。


「ケンジさんに、あげたの?」


「旅には、判断に困ることがたくさんありますからね」


 シスターは、穏やかに言った。ルルは、少しだけ口をとがらせた。


「……わたしには、くれなかったのに」


 子供たちが、どっと笑った。


 その笑い声の中で、コレットが、そっと健司の袖を引いた。


「おっさん。ほんとのこと、言ってきた?」


 健司は、コレットの目をまっすぐに見て、うなずいた。


「言ってきたよ。全部」


 コレットは、満足そうに笑った。ルルの笑い方に、少し似ていた。


 帰りぎわ、シスターが、扉のところで健司を呼び止めた。


「最後まで、話しましたね」


「……はい」


 シスターは、それ以上は何も言わなかった。ただ、健司の手を、しわの刻まれた両手で、そっと包んだ。


 ----------------


 翌朝、ふたりは王都の門の前に立っていた。


 空は、よく晴れていた。門の向こうに、土の道がまっすぐ延びている。


「お二人とも」


 声がして、振り返った。


 若い兵士が、門の脇に立っていた。隊が解かれても、まだ兵士の格好をしている。新しい持ち場に向かう途中なのだと言った。


 兵士は、背筋を伸ばして、ふたりに敬礼をした。


「見送りに来ました」


 それから、少し照れたように笑った。


「今日は、ちゃんと見ています」


 ルルが、くすりと笑った。健司も、笑って頭を下げた。


 門をくぐり、しばらく歩いたところで、ルルが健司の右手首を指さした。


「それ、いつ返してくれるの」


 色のあせた、赤いリボンだった。


「ちゃんと洗ってから、と思ってたんですけど」


「……ばか」


 ルルは、そっぽを向いた。けれど、返せとは言わなかった。


 道は、遠くまで続いていた。


 健司は、懐の鏡に手を触れた。


 ちゃぶ台の上で胸を張っていた、あの調子のいい女神は、今ごろどこで何をしているのだろう。あの花火を、どこかで見ていただろうか。


 わからないことは、まだたくさんある。マナが何なのか。『真理』とは何なのか。なんでもできるはずのこの力が、本当は何なのか。


 それでも、わかっていることと、わからないことの境目は、少しずつ見えてきた。


 わかったことも、ひとつある。


 シェーヌ。


 あの村の名前だ。いつか、あの塚の石に刻みに戻る。誰とも、約束はしていない。自分で、そう決めた。


「ねえ、ケンジさん」


 隣で、ルルが前を向いたまま言った。


「魔物が、領地の半分を滅ぼすなんて。わたし、聞いたことない」


「そうなんですか」


「領主の騎士団だって、いたはずなのに」


 健司は、玉座の間で聞いた声を思い出した。


 辺境伯の息子が、その魔物を引き入れたと申す者もおる。


 聖王は、たしかにそう言った。迷いのない、平らな声で。


 アーベントシュタイン領。そこで、何が起きたのか。


 健司は、ルルと並んで、まっすぐな道を歩きだした。


名の知らぬ村に名前を付けました。


贖罪になればいいな。


ブックマークしてもらえると嬉しいです。


2章以降は19時30分ごろ毎日更新予定です。

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