Chapter 1-7 「黒き勇者」
──こいつは今までの天使とはワケが違う。強さは数段上、ここで戦ったとしても勝てる確率は0に等しい。それほどまでの威圧感!
「──早く逃げろっ!」
「お前を置いて……に、逃げられるわけないだろ!?」
「いいから早くっ!! 死にてぇのか!?」
「……くっ!」
よし……アルベールはおぼつかないながらも走れるな。……さぁて、どうしたもんか。少しでも時間稼ぎになりゃあいいが。
両腕が鎌みてぇに変化してんな……。その鎌で、死体をぐしゃぐしゃと切り刻みながら──笑ってやがる。まるでおもちゃで遊んでる子供のようだ。気色悪ぃな、化け物がいっちょまえに知性でも持ってるってのか?
「……おい、仮にもアヤメは俺の先輩だ。それ以上冒涜するなら、お前は俺が殺すぜ」
「──アハ? ……アハハハ!!」
別に誰が死のうが、俺には関係ねぇ。この世界では、力が無いやつは死ぬ。生きるためには……強くならなきゃならねぇ。
「──だけどよ、クソ気分が悪ぃな。ああ、こんな感情は久しぶりだ」
「アハァァアァァァッ!!」
──人型の化け物は両腕の鎌を振り回しながら、俺に向かって走ってくる! はっ……速い!? ほとんど攻撃が見えなかった!
空気の流れを読んで、なんとか回避体勢を取ったが、俺の脇腹はえぐれ、どろっと赤い鮮血が噴き出す。白化のおかげで助かった……硬質化していない素肌だったら、俺もアヤメと同じで真っ二つにされてただろう。
バリバリバリッ、という音と共に俺の後ろの木々が倒れ、砂煙が舞う。もうすぐ朝になるのか、空は少し明るく、倒れた木々の間に陽の光が差す。その光から逃げるように後退した人型の天使は、警戒をしているようだ。
……天使は夜行性、日中は動きが鈍る。時間さえ稼げればどんな天使だろうと……殺せる機会はあるはずだ。かといって、こいつの速さから逃げ回るのは至難の業。朝になる前に俺はバラバラにされてるだろう。
「聖剣が無いから殺せそうにねぇ、かといって逃げられねぇ。こりゃ、詰みって奴か?」
「──アハハハッ!」
──来る、次の攻撃が! さっきよりも更に速い!?
……こいつの武器は両腕。目を見開いて、集中しろフェイ! 両腕の動きだけ注視して、ぎりぎりでもいいから躱せっ!
「──ぐっ……ふっ……」
余りの痛みに俺は仰向けで倒れる。右腕と右足に抉られたような深い傷……こりゃあもう、戦えねぇな。力を入れてみても俺の右半身は動かず、次第に視界が暗くなってきた。
ああ……クソが。また俺は天使に負けるってのか……。 段々と……意識が…………遠のく。
「アガアアッ!?」
「──よう、お困りか?」
──目を開くと、巨大な黒い大剣を振るい、あの人型を後退させた勇者が立っていた。黒く、禍々しい鎧を身にまとった金髪ショートヘアーの女に、俺は問う。
「……アンタは?」
「アタシは第37勇者隊、序列第2位魔鉱級勇者……シグルーン・ミネルヴァ。……アヤメは、こいつに殺されたのか」
「……ああ」
シグルーンは大剣を天使に向け、上段で構える。 この重そうな剣を構えながらも、軸が一切ブレてねぇ。普通なら、剣先が揺れたり、身体の軸がブレたりする。こいつは……久々に会ったな。人間で、勝てないかもしれないと思わせる存在に。
「そうか……。まぁ、悲しむ前にこのバケモンをどうにかしなきゃならねぇな」
「気を……付けろ、普通の天使とはレベルが違う……!!」
「……安心しろ、アタシも普通の勇者とはレベルが違うんでね」
──人型天使は間髪入れずに鎌による攻撃を繰り出したが、その攻撃を……大剣で受け切った!?
「アアアッ!?」
「──聖剣技……黒竜刃ッ!!」
聖剣が禍々しい、黒紫の炎を纏う! それを振り下ろし、竜の形に変化した炎が、人型に襲いかかる!
「アアアアアアッ!!」
「──勇者を、舐めるなよ」
特質型は炎に焼かれ、そのまま灰になり……跡形も無く消え去った。これが一流勇者のスキル……たった1撃で、特質型を屠れるほどの威力。 凄まじいな……これが栄勇の世代……。
「すげぇな……アンタ」
「オマエもなかなかやるな! 報告じゃ天使は2体って話だったが、オマエがやったのか?」
「ああ、とはいえ歩行型の雑魚天使だったからな」
「聖剣を使わず、天使を殺せるだなんて聞いたことねぇ! 気に入ったよ、名前は?」
黒い女戦士に握手を求められ、俺はそれに応じる。手を握っただけでわかるが、掌が物凄く硬い。触れただけで、俺との力量差があるということを思い知らされるようだ。いったいどれほど鍛錬をすればこの領域にたどり着けるってんだ……!?
「フェイ・シュトラール」
「フェイ、か。いい男だなオマエ。 ……立てるか?」
「……悪ぃ、無理そうだ」
全く動かなくなった身体をシグルーンに担がれる。シグルーンは……アヤメの死体からチョーカーを拾い上げて、少し悲しそうな顔でつぶやく。
「……いい奴だった」
「……だろうな」
俺たちは……仲間を失ったという重い事実と共に、ヴァルハラ勇者寄宿学校へ帰還した──。
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
──あれから1週間、俺は相変わらず救護室のベッドの上で寝ていた。
「……やってんねぇ、今日も」
窓の外を覗いてみると、訓練場で走っているアルベールの姿が見えた。天使と戦うことすらできなかったことに焦っているのか、あれから毎日早朝に訓練場を走っているようだ。
「おはようございます、フェイさんっ! お身体は大丈夫ですかっ!?」
「よぉ、シャル。あー、全身痛ぇなぁ……」
「そ、そうですよね……早速、今日も治療していきますねっ」
殆ど完治しているが、シャルが毎朝こうやって付きっきりで看病してくれるので、それに甘えて俺は彼女の厚意にあずかっている。元来、身体は丈夫なほうで、シャルの治癒魔法も相まって思ったより早く傷口は塞がった。
「──初級治癒魔法ッ!」
暖かい光に包まれて、癒されるこの時間が俺は好きになっていた。熱心に俺の両手を掴みながら治癒魔法を唱えるシャルは……女神だ。この時間が続くなら、どんだけ痛い思いをしてもお釣りがくる。……自分で言ってて気持ち悪ぃのはわかってるが、他人の厚意を無下にするのは違うだろ?
「いやぁ、シャルの魔法は最高だな!」
「そ、そうですかっ? えへへ……」
そういや、気になったことをシャルに聞いてみる。そう、あの黒づくめの女勇者に関してだ。
「……シグルーン、って言ってたか。あの勇者、シャルと同じ名字を名乗ってたけど、もしかして姉妹か?」
「あっ、はいっ! 姉様は第37勇者隊の勇者で、尊敬する……大好きな姉ですっ。そんな姉を追って、私も勇者の適性試験を受けましたっ」
目を輝かせて、にっこりと笑うシャルは心底姉を尊敬しているようだ。まぁ確かに、とんでもない実力の勇者だったな……。特質型と呼ばれるイレギュラーな異形を、一撃で倒せるだなんて、規格外だろう。俺も聖剣さえ手に入れば、天使どもをもっと効率よく、殺せる。
──乱雑に救護室の扉が開き、そこには……ゼロ隊長とバーンリー教官が立っていた。どうやら目的は俺のようで、ベッドの横に立ちながらゼロが俺を見下している。
「──お前か、天使を殺したっていう勇者見習いは」
「……説教なら聞かねぇぞ。俺が戦わなかったら、もっと被害は深刻だった」
フッ、と一瞬笑い、ゼロが否定する。
「別に貴様を咎める気はない。1つ問おう……どうやって天使を殺した?」
「どうやっても何も、訓練場から武器借りて、戦っただけだ」
「聖剣を持った勇者ですら苦戦する歩行型を……訓練用の剣で殺しただと?」
「……何が言いたいんだよ」
ゼロは淡々と自分の考えを語る。その眼差しは、俺を見定めてるような気持ち悪さを感じた。
「徘徊天使が出現した1週間前、勇者隊は迷宮攻略のために遠征へ向かっていた。ほとんどの戦力が遠征に行き、寄宿学校の警備は手薄だった。そんな時に……徘徊天使が寄宿学校の敷地内で感知された。結界魔法に破られた痕跡はなく、我々が知らない経路で敷地内へ侵入した……まるで、タイミングを見計らったかのようにな」
「……俺を疑ってるってのか?」
「……貴様ではないようだな。おいバーンリー、もっと聞き込みと調査を行い、詳細な報告書を寄越せ!」
「はっ」
2人の教官は俺の答えを聞いて満足したのか、そのまま退室していった。このヴァルハラ勇者寄宿学校で、俺たちの知らない悪意が……蠢いていた。




