Chapter 1-5 「勇者碑」
──夕食後、俺は演習場の奥、丘のように盛り上がった場所へ歩いていく。季節は春、夜風が少し冷たく吹いていた。
目的は勇者碑と呼ばれる、死んでいった勇者たちの名前が刻まれている石板だ。俺の父、アイン・シュトラールは第20勇者隊の勇者だった。といっても、俺は父と会ったことがないし、どんな顔なのかもわからない。唯一知っているのは、母が俺の赤い髪色は父譲りのものだ、と言っていたことくらいだ。
父が殉職したあと、5年の月日が経ってから俺たち家族にその死が知らされた。父の帰りを待ちわびていた母は、その訃報を受けてふさぎ込み、最後は死んでしまった。俺がここまで来たのは、父のことを知りたかったという理由もある。
「……あった」
第20勇者隊序列2位金級勇者アイン・シュトラールの名前が、そこには刻まれていた。母のフィリアは父が勇者隊へ出発する前夜に、今生の別れになるかもしれないと身体を重ね、父が旅立ったその数か月後に俺を身ごもったことが判明した。
「なに勝手に死んでんだよ親父……俺はあんたの顔すら知らねぇんだぞ」
俺は勇者碑に供えられた色とりどりの花を見る。この勇者碑の下に、散っていった勇者たちが埋められているというのなら、きっと第38勇者隊も1年後……ここに運ばれるのだろうか。
「あ、あの……」
「ん? お前は……」
「あ、スコットです……えっと、教官からフェイさんと同じ部屋だって聞いて……フェイさんと一緒に部屋へ行こうと思ってたら、夕食のあと訓練場に向かったのを見たのでついてきちゃいました」
ついてきちゃいました、ってストーカーじゃねぇんだから……。気色の悪さを覚えて、思わず悪態をつく。
「……お前さ、そのオドオドした喋り方何とかならねぇわけ? 別に上下関係なんかねぇし、何なら俺より序列は上じゃねぇか」
「そ……そうだよね、変……だよね。ごめん」
「いや謝らなくていいって……」
なんか調子狂うなコイツ……。まぁコイツと同室なら、俺の睡眠を妨げはしないだろう。それに関しては、良かったと思える。
「も、もしかしてフェイさんの家族は勇者だったんですか?」
「……ああ、親父が勇者だった」
「す、すごいね……きっとフェイさんも、立派な勇者になるんだろうな」
「お前、それは嫌味か?」
俺より序列が高い奴からそんな言葉をかけられれば、誰だって不快な気分になるだろう。こいつに悪気がないことは……わかってるが。
「ち、違うよ! ぼくは実技も魔法も中途半端で……教官から勇者隊の現実を聞いて、怖くなってしまったんです。で、でもフェイさんは恐れることなんかなくて、アルベールさんにも勇敢に挑んでいた。自分より強い者に立ち向かう姿を……そ、その……尊敬しています!」
「はぁ? わけわかんねぇな、お前。……もう夜だ、ここは冷え込む。俺は方向音痴だからよ、部屋まで案内してくれ」
「……う、うん!」
なぜか俺を見て目を輝かせてるこいつは、俺より遥かに身長が低く、華奢で力も無さそうだ。いったいなんでこいつが勇者隊に入れたのかすら疑問だが、それは俺も同じことだし問いただすのはやめておこう。
──俺はこのあと、部屋に着くまでの間、スコットから散々質問責めにされた。俺のここまでの旅路とか、幼少期にヘスラック村でどう生きていたのか、それはもう根掘り葉掘り聞かれた。
「おっと……ここが俺たちの部屋か」
木製の扉を開けると、上等な白いシーツのベッドが2つ、部屋の左右に置かれていた。 その間にはテーブルが2つあり、ここで読み書きなどができるようだった。俺はほとんど荷物を持たずにここまで来たが、スコットは大きな鞄を引きずっていて、その荷ほどきを始めたようだ。
俺は左側のベッドに寝っ転がり、白い天井を見上げてみる。今日から一年間……俺たち勇者見習いは鍛錬をする。天使どもを……ぶっ殺すために。
──今日は模擬戦もあったし、初日ということもあって身体は随分疲れているようだ。明日からの鍛錬に備えて、早めに寝るか。勇者見習いの制服である、剣と盾の校章が刻まれた黒いマントと、青白いシャツを適当に脱ぎ捨てる。
「フェ、フェイさん!? は、裸ですよ!?」
「寝るときはいつも裸だからな」
「それに、その身体……白化が……!?」
スコットが異物を見るような目で俺を見る。あー、やべぇ。しばらく1人で生きてきたから、誰かに見られる可能性をすっかり忘れてた。
「さっきもお前に話しただろ? ヘスラック村は白化が進んでいて、そこで生きてきた俺は身体が白化してるんだよ。まぁ、動きづれぇだけで特に問題ない」
「そ、そういうものですか……!?」
「そういうもんだ」
適当にさらっと説明したら、スコットが困惑した顔を見せるものの、納得したようだ。まぁバレても気味悪がられるだけで、別にいいけどな。
——目を閉じると、意識はすぐになくなっていった。意識が完全に無くなる寸前、誰かが俺の名前を呼ぶ声を聞いたような……気がする。まぁ……よく……あることだ。 特に気にせず、そのまま眠りについた。
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
──目覚めは最悪だった。拡声魔法と呼ばれる、自身の声を一定範囲に届ける魔法によって、耳元でバーンリー教官の声が響いていた。
「──諸君、緊急事態だ! 徘徊天使がヴァルハラ勇者寄宿学校の付近で観測された! 勇者見習いたちは戸締りをして自室で待機、勇者隊で動ける者は裏門へ集合しろっ!」
……カーテンを開けて、外を見るとまだ暗い。こんな深夜に起こされるだなんて、全くツイてねぇ。
「徘徊天使……!? ど、どうしようフェイさん!?」
「…………」
徘徊天使っていうのは、終末戦争で勇者隊が倒し切れなかった天使たちのことだ。あいつらが白化の原因で、肥沃な大地を求めてこの世界を浸食する世界の敵。全く……何やってんだ栄勇の世代とやらは。去年の勇者隊は歴代最高で、優秀だって話じゃなかったのか?
「どうもこうも、バーンリーの言う通りだろ。勇者隊に任せて俺たちは二度寝するだけだ」
「そ、そうだよね! だ、大丈夫だよね!?」
「栄勇の世代とかいう奴らが徘徊天使くらいさくっと倒してくれるだろ。わかったらさっさと寝ろ」
「う、うん……おやすみ、フェイさん」
──スコットがシーツを頭まで被ってしばらくした後、寝息が聞こえてきたことを確認してから……マントとシャツを羽織り、俺はそっと部屋の扉を開けて、廊下に出る。
「……裏門ってどっちだ?」
周囲をぐるぐると見渡しても、全て同じ道にしか見えない。どんだけ広いんだよこの学校は……。呆れながらその場に立ち尽くしていると、誰かに肩を掴まれる。
「……ここで何をしているのですか、フェイ」
「あぁん? エリート様こそ何してやがんだよ」
気だるそうに返事をすると、眼鏡の位置を直しながらアルベールが話す。
「僕は……始末書を書いていたのでね。まだ就寝前だ」
「ははは! 随分とご苦労なこった」
俺は手を払いのけ、裏門へ向かおうとする。誰かに討伐される前に、クソ天使をぶっ殺さなきゃならねぇ。
「待て、どこへ行く!?」
アルベールから引き留められ、俺は当たり前のように言う。
「どこって、徘徊天使をぶっ殺しにいくんだよ」
「な、何を言っているんだ君は!? 大体、武器はどうする……僕たちはまだ聖剣すら持っていないんですよ!」
……確かに、それもそうだ。武器が無くて天使を倒せるか、と言われれば……まぁ、不可能じゃないが今は俺の手の内を見せるわけにもいかない。
「おい、アルベール。訓練場の倉庫まで案内しろ」
「な、なぜ僕が君の案内をしなければならないんです!?」
「なぜって、ここで徘徊天使をぶっ殺せれば一気に昇格できるだろ? 下剋上のチャンスってわけだ」
「……君には無理です! いくら普通の天使より力が落ちると言っても、相手は異形ですよ!」
「んなこと、やってみなきゃわかんねぇだろうが。優秀だって言ってたお前の兄貴だったら、自分の部屋に閉じこもってるのか? この状況を見てどう動く?」
「…………」
しばらく黙り込んで、アルベールが背を向ける。
「……兄なら、徘徊天使を倒しに行きます。ええ、間違いなく。……ついてこい、フェイ。倉庫まで案内する」
「よっしゃ来たぁ! 規則違反なら、今回は一緒に怒られてやるよ!」
わかりやすく、扱いやすいやつで助かるぜ。俺とアルベールは、駆け足で訓練場横の倉庫へ向かった──。




