Chapter 4-9 「ただ友のために」
──その日は薄暗く、降る雨が窓を叩き、雷が鳴り響く嵐の夜だった。
「もう、アルベール。あなたはいつまで経っても子供なのね」
「は、母上っ……そんなこと言っても、怖いものは怖いのですよ……」
雷の轟音に怯えた僕は、ベッドの中で母に抱きかかえられながら両耳を塞いでいた。早く嵐よ去ってくれと、強く思いながら震えている。王城の外れ、各離塔と呼ばれる小さな建物で、僕と母上は暮らしていた。オーデンセ王国の第六王子で、末弟ということもあり、立場は弱く他の兄姉と比べても扱いは悪かった。
部屋の扉がゆっくりと開き、鉄音が石床に響く。
「ははは、それでは母上を守れないぞ、泣き虫アルベール?」
「ア、アーヴァイン兄さん……」
アーヴァイン兄さんは兄姉の中で唯一、血が繋がっている、尊敬する兄だ。僕みたいな弱虫と違って優秀な騎士で、もうすぐ勇者隊へ入隊が決まっている。そんな兄のようになりたいと、魔法の適性が低く、才能が無い僕はひたすら努力を重ねて剣技だけは磨いてきた。僕が強くなれば、民の支持を得られれば、母上がこんな狭い場所で生きなくても済む。だからこそ政も学んでいるし、城下町で民の声に耳を傾けて父上に提言もしている。
(綺麗ごとだけでは民草の支持を得られても、国は守れない。だからお前は弱いのだ、アルベール)
父上から言われた言葉が今も頭を巡っていた。
「アーヴァイン兄さん、強さとは……いったい何でしょうか」
「ふむ、随分と抽象的な問いだね。そうだな……」
ベッドの横、アーヴァイン兄さんが椅子に座りながら僕の目をはっきりと見て、優しい声色で話し始める。
「強くなりたいのであれば、守る者を想え、アルベール。お前が守りたい者は誰だ?」
「そ、そんなの決まっております! 母上を守るために、僕は戦っているのですから」
「あら、嬉しいことを言うのねアルベール」
母上から頭を撫でられて恥ずかしくなり、頬が赤くなる。兄さんが続きを話す。
「ははは、それでは母上のために政治をするということになる。いいか、アルベール。お前は優秀だ。だが、視野が狭い。そうだな……まずは友を作れ」
「友ですか……に、兄さんが必要とおっしゃるのなら……」
僕の返答に納得していなかったのか、少し困った様子で苦笑いをしている。
「……母上。黒法衣どもの動きが本格化してきました。これから調査に参りますが、充分にお気をつけて」
「……ええ、ありがとうアーヴァイン」
——それからアーヴァイン兄さんが離れ、嵐が強くなっていった深夜。母上と同じベッドで寝ていた僕は、地面が揺れたことを感じて母上に話しかける。
「は、母上……?」
手を伸ばした先には、小さく消え入るような声で「逃げて」とつぶやく母上が居た。指先に温かい感触を覚えて、驚いて手を引くと指先は真っ赤に染まっていた。
「チッ……お前もいたのか」
「ひっ!?」
誰かの気配を感じて、驚いた僕はベッドから転げ落ちる。あ、足が震えて立てないっ……なんとか手の力だけで身体を動かし、背中に硬い何かが触れる。机に背中をぶつけ、花瓶が落ちて割れる。ゆっくりと黒ずくめの男が近づいてきて、首を掴まれる。そのまま胸に冷たさを感じて、目線を落とすと短剣が……胸に突き刺さっていた。
「あああああっ!?」
「騒ぐな。大人しくしていればすぐ終わらせてやる」
な、なんで。なんで僕がこ、殺される? ベッドの上で力なく寝そべる母上は……もう動かない。僕が弱かったから……僕に力が無かったから。権力者や為政者に搾取されるだけの、子供だから。
「な、なんだガキ!?」
「ぐううぅぅぅ!」
胸に突き刺さった短剣を掴み、全ての力を込めて握りしめ、身体をひねると、短剣が折れて少し欠けた。胸からどろどろと吹き出す血をおさえながら、目の前の男を睨みつけると、頭の中で何かが浮かんでくる。暗い部屋の中で光が漏れて、全力で男に拳を振りかざす。
「……復讐者ァッ!」
「なっ、聖剣技だと……!? ぐああああっ!」
† † † † † † † † † † † † † † † † †
──それから摂政に連れられて、母の葬儀も行うことができず、僕はオーデンセ王国を逃げるように去った。いつか必ず、母の命を奪った奴らに相応の報いを受けさせる。それだけを胸に、僕はアーヴァイン兄さんを追って……勇者になった。第38勇者隊の初日、赤い髪をした荒々しい男から模擬戦を持ち掛けられた。
「……お前じゃない巻き髪女、そこの金髪眼鏡に言ってんだ」
「なっ!? 貴方も変な呼び名をお使いになられるなんて、屈辱ですわ! これでもわたくしは序列第四位、セリーヌ・フェル・アドミラルという名があって……」
先ほどの魔法適性試験で、何の適性も出なかった無適性の平民だった。才能が無い人間は……この世界では奪われ続けるだけだ。どこか悲しい目をしたこの男を見ると、弱かった……何も守れなかった僕を思い出す。ならばせめて現実を教えて、諦めさせるほうが彼のためになるのだろう。努力だけじゃ、何も救えないということを。
「……いいよ、相手をしよう」
────────ああ、馬鹿だ。
──────フェイは、大馬鹿者だ。
────だけど、一番馬鹿だったのは……僕だ。
──スコットからフェイの力、そして目的について聞いた僕の感情は……陰鬱だった。
「そ、そんなのって……フェイ死んじゃうの!?」
「1人で死にに行くなんて、そんなこと許していいのかよアルベールッ!?」
悲しい目をするイリアをよそに、ガイルから両腕を掴まれて身体を揺さぶられた。
「僕たちは……僕は……彼を友だと思っていた。だけど、何も理解していなかった」
いったいどれだけ、どれほどの困難がフェイを襲ったのだろうか。何度も死に、それでも立ち上がり、世界のために……いや、第38勇者隊の友のために天使と戦い、彼は死ぬ。不老不死という望まぬ枷を背負った彼は、その最後の力を使って天界へ至る。自分自身の最期を迎えるために。……僕は母を失った時、耐えがたい喪失感に襲われた。そんな悲しみを、死ねない彼はこれから先もずっと抱えて生きていくことになる。そんなフェイに対して、何の努力もしていなかった才能がない人間だと勘違いしていた僕は、自分を恥じた。彼のことを想うと、僕の瞳には涙が浮かんでいた。
「これはっ……聖戦でも、世界を守るための戦いでもない。ただ1人の、友を救うための戦いだ」
聖剣を抜き、号令をかける。ああ、これは彼が望んだことじゃないかもしれない。彼は僕たちを巻き込みたくなかったからだ。でも、ここで行かねば後悔をする。だって彼は……僕にできた初めての友だから。
「──これより第38勇者隊は、フェイ・シュトラールの救援に向かうっ! いいか、彼のためにも、これは絶対に死ねない戦いだ! 1人も欠けることなく、あの馬鹿を連れて帰るぞ!」
雪が降る寒空の下、僕の声が響いていた──。




