Chapter 4-5 「出発当日」
「──第38勇者隊、集合しましたっ!」
アルベールの号令で、俺たちはヴァルハラ勇者寄宿学校の正門で整列する。俺たちを出迎えたのは、ゼロとバーンリー。ボサボサの黒髪をかき分けながら、ゼロが最後の言葉をかける。
「……いい面構えになった。いいか、お前ら。力が無い奴は死ぬ。運が無い奴も死ぬ。それがこのクソッタレた世界だ」
一歩前に出て、全員を眺める。最後に……俺と目が合った。
「だがな、このクソッタレた世界に生きてるのは俺たちだ。理不尽を壊せ、恐怖に抗え。前を向いた奴にしか、明日は来ねぇぞ。以上だ」
続けて、無精ひげの教官が涙を流し、鼻をすすりながら話し始める。
「第38勇者隊全20人の勇者たち……今日まで、辛い鍛錬や勉学をよく乗り越えてくれた! 俺は、お前たちの教官であることを誇りに思うっ! 俺からの最期の命令は、1つだ。死ぬな! 生きて帰ってこい!」
「──オオオオォォ!!」
バーンリーの熱い演説に心を打たれた勇者たちが、聖剣を掲げて雄たけびを上げる。アルベールが一礼をして、第38勇者隊に向けて指令を下す。
「これより、我ら第38勇者隊は死地へ向かうっ! 人類の未来のために、前進せよっ!」
第38勇者隊は馬車に乗り込み、出立の準備を始める。4台ある馬車のうち、一番前の馬車へ乗り込む。同乗するのはアルベール、シャル、ヴィンセント、スコットだ。事前にこのメンバーを同じ馬車にしてくれとアルベールへ頼み、割り当てを決めてもらった。
スコットは言わずもがな、俺の協力者だ。何かあった場合はこいつに助けてもらう必要がある。アルベールとシャルは俺が単純に居心地が良いってだけだ。ヴィンセントはおまけ。まぁ、こいつにはいくつか聞きたいこともある。
馬車の荷台はテントのようになっていて、いくらかは寒さを凌げるようだった。ヴィンセントがランタンに火を灯し、天井から吊るす。両脇につけられた長椅子へ腰かけて待機していると、ゆっくりと馬車が動き始めた。意外と乗り心地は悪くないが、少し揺れてその度に身体をぶつける。
「へぇ、これが馬車か。初めて乗ったぜ」
「フェイさん、初めてなんですかっ!? ヘスラック村は辺境だと聞きましたが、ここまではどうやってっ……?」
「どうやっても何も、そこのクソ教官に聞いてみろよ」
そう言いながら俺はヴィンセントを睨む。白い長髪を揺らしながら、少し気まずそうに当時のことを話す。
「いやぁ、特質型の徘徊天使が出現した報告を受けて、私がヘスラック村へ調査に行ったんだ。そこで、ボロボロになりながら殺気を放ったフェイくんを見つけてね。そこで私が彼を推薦して、今に至るってわけさ」
「……信じられるか? こいつは俺に『成人したら勇者に推薦してやるから、ヴァルハラまで来い』って言うだけ言って放置しやがった。おかげで何日歩いたかわからねぇよ」
「それは大変でしたねっ……」
あの時のことを思い出して、腹が立ってきた。こいつはヴァルハラまでの大まかな地図と、大量の本だけ渡して「じゃ、あとは頑張ってねーっ!」と消えて行った。
「いざヴァルハラに着いて、こいつに会った時の第一声が『君、本当に来たんだ』だぜ? 腹立つだろ、このクソ教官」
「ははは、あれは君のことを試してただけじゃないかぁ! いや、来るとは思ってたよ? フェイくんは負けず嫌いな性格だったし」
「嘘つけ、ペテン師め。こいつは放任主義に見えて、自分が責任を負いたくないだけのチキン野郎だ」
「あながち間違っていないから否定はしないけど、ヒドくないですかフェイくん?」
口元は笑いながら目は一切笑ってねぇ。本当に底が見えない、気色悪ぃ奴だな、こいつ。
「到底人間が歩ける距離だとは思えませんね……。やはり規格外ですね、君は」
「こいつに会ってぶん殴る。ついでに天使をぶっ殺す。それだけを考えて必死に足を動かしてただけだ」
ヴィンセントは手を振りながら「顔だけはやめてくださいね」などと冗談めいて言う。冥土の土産に……1回マジでぶん殴ってやろうかな。
──無駄話もそこそこに、馬車の揺れが激しくなってきた。ヴァルハラ勇者寄宿学校から世界樹までの道のりは、一本道ではあるものの森を抜けていかなければならず、街道が使えない。舗装されていない道なき道を進んでいることもあって、馬は走りづらそうにしている。かといって人間ではこの雪の中を歩くのは至難の業だろう。
荷台の隙間から外を眺めてみる。少しずつ、あの巨大な樹へ近づいている気がする。ヴァルハラ勇者寄宿学校から見える世界樹と比べて、大きく見える。あそこが……最終決戦の地ユグドラシル。俺たちはこの森を抜ける直前に野営をして、夜が明けたら再び世界樹を目指す。
──しばらく沈黙が流れたあと、シャルが歌い始めた。綺麗で透き通るような声が、俺の心に染み渡っていくのがわかる。古代語の歌なのか、意味はわからなかった。それでも、心が落ち着く声に癒されて、俺は眠ってしまっていたようだ。
馬車の動きが止まり、俺は目を開ける。外は夜になっていて、視界が悪い。足元に気を付けながら降りて、野営の準備をする。もうすぐこの森を抜けるはず。ここで馬を休めつつ、一夜を明かして、明日の夜に終末戦争を迎える。
周囲の枯れ葉と枝を集め、火をつけて暖を取る。それを囲みながら、干し肉などの携帯食料を口にする。勇者たちは集中力が高まっているのか、口数は少なかった。俺は立ち上がり、スコットに耳打ちをする。
「……やるぞスコット」
「はい」
馬車の荷台へ乗り、スコットの大きな鞄から依頼していた品を受け取る。革製のホルダーを外套の下に装着して、ポーションやフラスコを収納する。馬車を降りると、スコットが馬にまたがり、前方へ進み出す。
異変に気づいた勇者の1人が「馬車が動きだしたぞーっ!?」と叫び出し、周囲を警戒している。ああ、頃合いだ。火炎フラスコを木に投げつけると、発火して赤く燃え始める! 火を警戒して、残った3台の馬車を引く馬たちが暴れはじめた! 俺は上手く誘導するように、馬の近くの木から燃やし始める。炎に驚いたのか、馬たちが一斉に逃げ出していく。
「フェイッ!? 君はいったい何を……」
「……悪いなアルベール、ここからは俺のシナリオなんだ」
明らかな緊急事態に、困惑した顔でアルベールが俺を見る。勇者たちが俺を取り囲むように集まってきた。
「フェイくん、これは明確な違反行為ですよ!」
いつになく真面目な顔で俺をヴィンセントが叱る。だが、そんなことは関係ねぇ。
「はっ、俺の目的のためなら違反だろうが知ったこっちゃねぇよ」
焚火の炎を背に、第38勇者隊に向かって宣言する。
「馬が無いなら、終末戦争には間に合わねぇな? この雪の中、行軍するってのは自殺行為だ」
「み、見損なったぞフェイッ! てめぇ、いったい何のつもりだぁぁ!?」
ガイルが雪をかき分けて俺に向かって殴りかかってくる。それを手で払いのけて、みぞおちに向かって拳を突き出す。
「がっ……!?」
腹部をおさえながらガイルが倒れ、この場に緊張が走る。
「いいか、てめぇら! 終末戦争へは俺1人で行く。安心しろ、天使どもは1匹残らずぶっ殺してやるよ」
「何を言ってるんです!? そもそも現状の戦力ですら勝てる保証が無いと言うのに……」
レーヴァテインを抜き、アルベールの首筋へ当てる。
「足手まといだ、って言ってんだよ。俺は本気だ。止めにくるなら、死ぬ気で来い」
俺の殺気に怖気づいたのか、少しずつ勇者たちが下がっていく。敵意が無いことを確認した俺は、煙幕を発する球を地面に投げつけて森の外に向かって走り出す。
「フェイさんっ!」
──いつもの華憐で綺麗な声がする。息を切らしながら、俺の後をシャルが追ってきたようだ。
「フェイッ……はぁ、はぁ……さんっ!」
「シャル……。悪ぃな、こんなことになっちまって」
「どうして、どうしてこんなことを……」
掴まれた腕を振りほどくように払いのけて、言い捨てる。
「俺はもう……うんざりなんだよ。俺のために誰かが……大切な奴らが死んでいくのを見るのはもうたくさんだ。全部俺が終わらせてやる。だから、安心しろ」
「かっ……はっ……」
首筋に手刀を入れて、シャルの意識が途絶えた。彼女の身体を受け止めて、外套を下に敷き、寝かせる。
「……今までありがとう、シャル」
シャルから貰った白い紫陽花はもう枯れているが、胸のポケットにしまってある。それを取り出して、意識を失ったシャルの横にそっと置く。
──スコットが待つ馬車へと俺は走った。俺の大切なもの全てを、ここに置いて。




