Chapter 4-3 「生きた証」
今日の鍛錬を終え、俺は自室のベッドに寝ころび、スコットを見て声をかける。
「おいスコット、ちょっといいか」
「な、なんですか……? 禁書庫の鍵ならもう、ヴィンセント教官に渡してありますよ」
スコットはヘイムダル家という、禁書庫を代々守ってきた一族。ヘイムダル家はオーデンセ王国の貴族だが、こいつ自身はオーデンセ王国に忠誠があるわけではなく、あくまで禁書庫の管理にしか興味がないらしい。あのとき俺を襲ってきたのも、禁書庫を荒らす輩を始末しろと黒法衣たちから報告を受けてのことだった。
「お前は、俺に借りがある。あの時、俺を殺そうとしたっていうデッケェ借りがな」
「うっ……わ、わかっていますよ。オーデンセ王国の口車に乗せられたのは、ぼくが未熟でした」
……元来、一度裏切った人間ってのは信用しやすい。負い目があるという点を利用すれば、扱いやすく、取引が出来るからだ。
「今からお前だけに、次の終末戦争の作戦を話す。誰かに喋ったら殺す。協力しなくても殺す」
レーヴァテインの柄に手をかけて、殺気と共にスコットを睨む。それに屈したのか、渋々承諾して小さく頷いた。
「全部包み隠さず話してください」
それから、俺が考えたシナリオをスコットに話し、協力を得ることになった。あの迷宮攻略の際、スコットのバッグがパンパンだったのは、お手製のアイテムが詰まっていたからというのを知っていた。作成可能なアイテムを聞いて、必要な品を依頼する。こいつは錬金術に知識があるようで、ポーションや煙幕を発する球、火炎フラスコなどを頼んだ。
「──話はわかりました。ぼくとしてもメリットがあるのは理解しています。だけど……フェイさんはそれでいいんですか?」
「……ああ。俺はこのために勇者になったからな。誰にも邪魔はさせねぇ」
俺とスコットは協力関係になり、秘密裏に準備を進めることにした。
† † † † † † † † † † † † † † † † †
──次の日の朝、ヴァルハラ勇者寄宿学校の教室に集められた第38勇者隊は、長椅子に座りながらバーンリーの言葉を待つ。俺は一番後ろの席から周りを見渡す……何人か減ったな。終末戦争へ向かうのは、20人ってところか。
「……今日は手紙を書いてもらう。知っての通り、終末戦争で生き残る可能性は限りなく低い。お前たちが名誉ある死を遂げた場合、期間を空けてから家族や友人のもとへ届けることになる」
バーンリーが話しながら、机の上に上等な紙を配っていく。勇者たちは故郷や家族に想いを馳せながら、震えた手で文字を綴っていく。……親父もこうやって母さんに手紙を書いたんだな。俺は誰に手紙を書けばいいかがわからず、手が止まる。家族は全員死んだし、故郷は白化して今や忘れさられた場所だ。そうか、第38勇者隊に宛てて書くか。
『──騙してごめん。俺は最初からこうするつもりで、勇者になったんだ』
ああ、そうだ。最初から目的は変わってない。可能な限り、限界まで天使を殺して俺は死ぬ。
『──天使は俺がぶっ殺したぜ。あとは任せた』
できるかわからねぇけど、こうやって書かねぇとな。全部終わったあと、かっこよく退場するのが主人公ってもんだろ。
『──どうか忘れないで。俺が確かに、この時代に生きてたってことを』
……なに弱気になってんだフェイ。こんなもん書いたって、残された奴の重荷になるだけだ。斜線を引いて、黒く塗りつぶして……なかったことにする。手紙に封をして、机の上に置き、天井を見上げる。あと1ヶ月ほどで……俺は終末戦争へ向かい、天使どもを皆殺しにして、ゲートの向こう側へ行く。
(それが唯一の方法なんだろ、ミカエル?)
(……ええ。天界に至るしか方法はありません)
終末戦争が近づいてきたからか、ミカエルとの繋がりを強く感じるようになってきた。俺が手にした神の力、節制は大天使ミカエルの力。ミカエルは天界で幽閉されていて、その封印を解くことを条件に俺はこの力を授かった。天界へ至る唯一の方法は、終末戦争で現れるゲートを通るしか方法がないらしい。
バーンリーが全員分の手紙を回収して、俺たちに向かって敬礼する。それを見て、勇者たちも立ち上がり、左胸に手を当てながら姿勢を正す。
「諸君ら、第38勇者隊の健闘を祈るっ!」
俺は立ち上がり、教室の外へ出ようとすると、シャルに引き止められた。
「フェイさんっ、ちょっとお時間いただいても良いでしょうかっ」
「よう、シャル。ああ、いいぜ」
2人で廊下を歩き始めて、要件を聞くと「ただ話したかったんです」と言われて困惑する。最近鍛錬や終末戦争の準備で忙しく、なかなか行く機会がなかったのもあって、寄宿学校の植物園に来た。ベンチに腰かけて、周りを見ると、夏とは違う種類の花が咲いているようだった。
「花には花言葉というものがあってっ、それぞれ意味が違うんですよっ」
「花言葉? へぇ……じゃあ、あの青紫色の奴は?」
母さんの髪色のような、綺麗な青紫の花だった。シャルが優しく手で触れて、話し始める。
「これは竜胆という花ですねっ。花言葉は正義、勝利、高貴ですっ」
「勝利……か。俺たちにとっては縁起がいい。せっかくだから、1輪もらっていこうぜ」
「あっ、じゃあ選んだ花を交換しましょうっ! 私、フェイさんに渡す花を見繕ってきますねっ」
そういうと可愛らしい走り方で、花を愛でるシャルを眺める。上品にしゃがみながら、金色の髪を耳にかける仕草が美しく、思わず見とれてしまう。ああ、シャルにもう会えなくなるっていうのは、やっぱり辛ぇな。
「はいっ、フェイさんっ! この花……紫陽花という名前の花で、私のお気に入りなんですっ」
そういうと俺は手に持っていた竜胆を渡し、紫陽花という白く可愛らしい花を受け取った。たくさんの小さな花びらが集まった、綺麗な花だった。
「お、おう……ありがとな。紫陽花の花言葉は?」
「色によって違うんですけど、白は……ナイショですっ!」
「なんだそりゃ! まったく……でも、ありがとな。殺風景な男部屋だから、この花を飾ったら多少はマシになるだろ」
「ふふっ。はい、私も竜胆……大事にしますねっ」
少しの沈黙のあと、どこか気まずい雰囲気が流れ、俺はシャルに聞いてみる。
「シャルは、終末戦争が怖くないのか?」
「……怖くないと言えば嘘になります。でも、私は後衛ですし、前衛の皆様のほうがもっと怖いはず。だから、フェイさんのことも精一杯支えますねっ!」
強いな、シャルは。いや、強がってるだけだ。両手を合わせて祈るその手は、小さく震えていた。俺は、反射的にシャルの背中に手を伸ばして、抱き寄せていた。
「フェイ……さんっ……」
「大丈夫。俺が絶対にお前を守る。今度こそ俺の大事な奴を死なせねぇ」
抱き寄せた時の感触や匂い、温度が俺の中に刻まれていく。俺はそれを忘れないように……強く抱きしめる。今思い返しても、勇者を目指すと決めたあの日から、辛いことだらけだった。それでも、ヴァルハラ勇者寄宿学校で過ごした日々は、俺にとって……かけがえのない想い出になっていたんだ──。




