Chapter 3-6 「老兵」
「なっ!? す、すぐに治癒魔法をかけます!」
──救護室の空気が慌ただしくなり、シャルや教官が1人の男を治療している。
「おま……え……気をつけろ……」
貴族風の男は、忠告を俺へ告げたあとに意識を失った。話によると、第1勇者隊序列2位ラース・マクシミリアンと戦ったようで、瀕死の傷を負ったようだ。特に腕の切り傷が酷く、深いところまで届いた刃による攻撃は、骨まで達しているように見えた。
「──フェイ・シュトラール、試合の準備を!」
バーンリーの拡声魔法により呼び出された俺は、次の試合へ向かった。うへぇ……あの傷見たらさすがに俺も警戒せざるを得ないな。アーヴァインとシグルーンの戦いは、シグルーンがスキルを使ったがアーヴァインへ傷1つ付けられず、途中棄権をしたらしい。そのせいもあって、次の試合が早まったということだ。
救護室を出て、赤い絨毯の廊下を歩きながら考える。あの大怪我を負った男は第37勇者隊の生き残り、かなり強いはずだ。そんな男ですら返り討ちにしたラース・マクシミリアン……相当な実力者なのは間違いないだろう。
レーヴァテインを手に取り、のぞき込んでみても、あの時のように声は聞こえなかった。ったく、お前の力が必要になるってのに、なに機嫌損ねてやがるんだよ……。
──聖剣が反応しないことに少し焦りながら、寄宿学校1階の玄関口を出て、訓練場へと向かう。その途中で、同期の勇者たちから声をかけられた。
「フェイッ、さっきの戦い凄かったな!」
「次も期待してるね!」
思っても居なかった応援の声に、少し恥ずかしくなって顔をそらす。
「お……おう」
……誰かに期待されるってのも、悪くねぇ気分だな。誰が相手でも、ただ俺の全力をぶつけるだけ。俺が強くなる理由……戦う理由はもう1つじゃなくなった。いつの間にか思ったより、多くのもん背負っちまったな。
──俺は訓練場の舞台階段を登り、正面の男と対面する。長い口髭を生やした、短髪の男。東方風の麻でつくられた和服を身にまとい、白い髪を手でかき分けながら、俺に声をかける。
「赤髪……か」
「そういうあんたは白髪だな。俺には老人をいたぶる趣味なんかねぇぜ」
「……気づいておらぬのか、光の一族よ」
口髭を触りながら、ラースが首を傾げる。
「なんだそりゃ? 聞いたこともねぇよ。俺はヘスラック村っていう辺境出身、ただの人間だ」
「ふっ……これでは一族が浮かばれぬな」
嘲笑するように笑った初老の男に向かって、吐き捨てる。
「へっ、伊達に長く生きてないってか、爺さん? 光の一族ってのは何だ?」
「……儂に勝てたら、教えてやろう」
ラースは腰に携帯した両手刀の柄に手をかける。東方の侍と呼ばれる戦士が使う武器、アヤメと同じか。すげぇオーラだ……一歩でも間合いに入ったら斬り捨てられる、そんなプレッシャーを放ちながら俺を見ている。
「──第5試合、開始ッ!」
合図と共に、一瞬……ほんの一瞬だけ腕を動かしたのが見えた。俺はわけもわからぬまま、反射的にレーヴァテインを振る!
「……は?」
俺の左腕は切り裂かれ、大きく出血していた。いや、待て……いったい何が起きた!? 刀を抜いた……いつ!?
「……良い反応だ。斬り落とすつもりで振ったのだがな」
ほとんど動いてなかったはずだ……。本で読んだことがある……東方の刀術、居合斬りか!? 凄まじい速度で鞘から刀を抜き、斬りつける技。なるほど、これだけの熟練度……年季が入ってるってわけか。ったく、防御魔法がかかってるって話はどこいったんだよ。余裕で貫通して、流血が止まらねぇ。
近づけばあの刀の餌食になる。かといって、遠距離からは攻撃ができないから懐に入るしかねぇ。頼りの綱であるレーヴァテインも聖剣技を使えねぇ。さて、どうやってこの老兵を攻略する?
「……来ぬのか、青年」
……じりじりと少しずつ間合いを詰めてくる。思い出せ、シイナとの戦いを。俺がなぜ、聖剣技を使えたのかを。レーヴァテインが突然震えだして……。そもそも、なんでこいつは急に振動したんだ? 俺はこいつが震えたのは、熱に耐えきれなくなった刀身が悲鳴を上げているのだと思っていた。いや、逆だ……限界まで熱を帯びるのが聖剣技の発動条件なのか!?
試すしかねぇ。手に持ったレーヴァテインが、少しずつ熱くなっていく。俺の皮膚が燃え出して、嫌な臭いが立ち込める。ラースは警戒したのか、歩みを止めた。
「お主、その手……」
「あんたが強い勇者だってのはわかった。だがな、いつだって前時代に引導を渡す奴は、必要だろ!」
──聖剣が震え、声が聞こえる。前より、はっきりと大きな声が……レーヴァテインを通じて語りかけてくる!
(お前、そうか……そうか……! そうだったんだな! お前は……。シュトラールの子よ、持っていけ……俺の全てを)
「……聖剣技、勝利と栄光の剣ッ!」
スキルの発動と同時に、俺の身体に残っていた白化した天使の体表が剥がれ落ち、聖剣に集まっていく!? 光を受けたレーヴァテインが白銀に煌めき、刀身が伸びる! 一歩前へ踏み込み、縦に聖剣を振ると、白い炎の斬撃がラースを襲う!
「ぐっおぉぉ!」
ラースが歯を食いしばりながら声を上げている……どうなった!? 余りの衝撃に俺の手から聖剣が地面に落ち、全身の力が抜けて尻餅をつく。砂煙が舞い上がり、何も見えねぇ。
──風が吹き、砂煙が晴れる……ラースは……立っている。ほとんどダメージを与えられなかった!?
「……儂の負けだ」
そう宣言する初老の男に疑問を持つと、乾いた音と共にラースの両手刀は……砕け散った。
「聖剣を砕くとは……凄まじい力だった。後は……任せたぞ。次世代の勇者よ」
この爺さんの手……相当使い込まれてやがる。切り傷や痣が至る所に見える。きっとこの人は、長い間戦い続けてきたんだろう。俺は先人の勇者に敬意を表して、一礼をする。顔を上げ、しっかりとラースの目を見ながら答える。
「おう、任された。ゆっくり隠居して休んどけ」
どこか満足気な笑みを浮かべ、ゆっくりとラースが頷いた。それにしてもあのスキルを撃った時の声、いったい……。レーヴァテインは片手剣ほど刀身が伸びていて、熱が冷えていく音を発していた。ただ、前より少し白さが増した気がする。よくわからねぇが、別に短剣だろうが片手剣だろうが、天使さえ殺せればどっちでもいいか。
「──勝者、第38勇者隊序列30位フェイ・シュトラールゥゥ!」
──耳の奥まで響くような、今日一番の歓声が会場に鳴り響く。ざっと見渡しても100人くらいはいるだろうか。勇者だけじゃなく、貴族服を身にまとった諸外国の要人たちも立ち上がり、俺の勝利を祝福しているようだった。
「フェイーッ! すっごい、すっごいねぇ!」
「フェイさんっ! お怪我は大丈夫ですか!?」
「フェイ様、素敵でした……」
イリアとシャルが駆け寄ってきて、興奮した様子で話しかけてきた。セリーヌは……目がとろけながら祈るようなポーズで俺を見ている。
「この通り、ピンピンしてるぜ。レーヴァテインによる火傷は仕方ねぇからな……」
「大丈夫ですよ、私が毎回フェイさんを治しますからっ!」
治癒魔法を受けて、火傷が治っていく。ただ、ここまでの救護で大量のマナを使っているからか、シャルの呼吸が少し荒くなっていた。こりゃあもう大怪我できねぇな。
「……ありがとな。さーて、次が大一番ってことか。さすがに、あいつに勝つのは厳しそうだ」
俺は観客席に目線を移すと、アーヴァインが俺のほうを見て微笑んだ。あのバケモン相手に怪我するなってのは無理な話だ。防護魔法強くしてもらうとかできねぇのかな、これ。
「──決勝は第37勇者隊序列1位アーヴァイン・フォン・オーデンセ対、第38勇者隊序列30位フェイ・シュトラール! 昼食の休憩をお取りいただき、1時間後に会場の皆様は訓練場へお集まりください!」
どうやら決勝まではちょっと間が空くようだ。俺はアーヴァインとの決戦に備えて、軽食を取ることにした。




