Chapter 3-5 「覚醒」
──シイナが紐を掴み、ぐるぐると回しながら苦無を投げた! 鋭い軌道で真っすぐに俺の首元目がけて飛ばされた苦無を、首をそらして躱す。だが、もう1本の苦無による攻撃は避けられず、受けようとした右腕に切り傷を作る。
俺はすぐさま苦無の紐を掴み、思いっきりシイナを引き寄せる! これだけ頑丈な糸なら、そう簡単には切れねぇだろ!
「くっ!?」
「……悪いが、女だからって手加減しねぇぞ」
俺の振り上げた拳はシイナの顔面を捉えて、乾いた音と共に後ろへ吹っ飛んでいく。シイナは上手く受け身を取りながら着地したと同時に、今度はもう1本の苦無を引き寄せるようにして俺の足を切り裂いた! へぇ、やるなこいつ。これだけ上手く苦無を使われたら、攻撃が読みづれぇ。
「構わん。我も手加減するつもりはない」
「……やるねぇ、先輩。玩具みてぇに武器振り回しやがって、めんどくせぇな」
レーヴァテインを抜き、構える。まずはあの紐を切らないと始まらねぇ。俺が聖剣を抜いたことを警戒したのか、シイナが聖剣技を使う!
「聖剣技、彼岸の華ッ!」
2本の苦無を地面に突き刺すと、赤い花が咲き誇り、俺へ向かって伸びてくる! 細く赤い花弁が俺の足を切り裂き、両足から出血する!
「……すげぇ聖剣技だ。花弁それぞれが独立した武器、ってことか」
「なぜ……聖剣技を使わない?」
「使わないんじゃねぇ、使えないんだよ。俺には魔法適性がないからな」
俺の言葉に苛立ちを覚えたのか、シイナが眉間にしわを寄せながら吐き捨てる。
「こんな、こんな奴を守るために……アヤメは死んだというのか!?」
「アヤメ……あの徘徊天使に殺された勇者のことか」
「……共に戦場を駆けた、同郷の友だ」
……なるほど、こいつが俺を恨んでいるのは、友が俺みたいな落ちこぼれを守り、死んでいったと思われてるからか。実際、アヤメが特質型を引き受けてくれなければ、俺もアルベールも死んでいただろう。アヤメは、俺なんかよりよっぽど優秀な勇者だったはずだ。こいつの無念も、理解はできる。
「……そうか。悪かったな」
「謝るくらいなら、貴様が死ねば……」
俺はシイナの言葉を遮るようにレーヴァテインを振り、炎が彼岸花を燃やしていく。聖剣を握った俺の右手から、焼け焦げた匂いが立ち込める。段々と熱さを感じなくなってきた。既に手のひらは焼けただれて、感覚が無くなっている。だが、そんなことは関係ねぇ。レーヴァテインを突き出し、シイナに向けながら言い放つ。
「今はまだ死ねねぇ。アヤメに生かされたんだったら、俺はアイツの分まで戦わなきゃならねぇんだ」
「聖剣技も使えない落ちこぼれが綺麗ごとを吐くなっ!」
「否定はしねぇ。だけどな──俺は勝つぜ。お前にも、天使にもな!」
全力で地面を蹴ってレーヴァテインを振る! シイナは両方の苦無を正面に構え、俺の斬りつけを受ける。光の粒子が飛び散り、お互いの制服を燃やしていく! 器用に苦無を使いながら、レーヴァテインの攻撃を受ける。
──友達なんて、どうせ死ぬ俺には必要がないと思っていた。別れがあると知っていれば、戦うのが辛くなるからだ。
──世界の使命だなんて、そんなデケぇもん背負う気になれなかった。母さんやリリィの復讐を理由にするしか、戦い続けられなかったからだ。
──勇者だなんて、どうでも良かった。俺はただ天使を殺せれば、それで満足だと思っていたからだ。
「くっ……貴様、いったい!? さっきより速くなった!?」
「だあああぁっ!!」
──ちげぇだろ、フェイ。お前は今まで逃げていただけだ。自分の弱い心を守るために、友からも、世界からも勇者からも逃げていた。そんなんじゃ、天使は殺せねぇぞ!
……限界まで発熱したレーヴァテインが震えだし、頭の中に声が響く。ミカエルとは違う、男の声だ。
(──いい覚悟だ。それでこそ勇者)
「聖剣技……勝利と栄光の剣ッッ!!」
レーヴァテインが強く輝き、光の炎が腕ごと包み込む! 白い炎は渦を巻きながら、シイナに向かって襲いかかった! 苦無で炎を斬りつけるも無意味なようで、そのまま飲み込んで……爆ぜた!? 眩い輝きを放ちながら、シイナの周囲を燃やし尽くしていく!
「くっ……あああぁ!」
俺が……聖剣技を使えた……!? スキルを放った後、レーヴァテインは力を失ったかのように静まり、熱が引いていた。白き炎を受けたシイナは、力なく崩れ落ち、俺を見る。
「使えた……じゃな……いか」
そのまま倒れて、シイナの両手から苦無が零れ落ちる。
「……ありがとよ、先輩。あんたのおかげだ」
一瞬の静寂のあと、勝者の名前をバーンリーが読み上げる。
「──勝者、第38勇者隊序列30位フェイ・シュトラールッ!」
──ウォォォォ!! 歓声が上がり、俺は会場を見る。第38勇者隊の奴らが固まっている席に向けて、レーヴァテインを掲げると、皆の声が聞こえてきた。ドゴンの肩に乗るイリアが、両手で手を振っているのが見える。
ってか……いってぇぇぇ!? 戦いの最中はアドレナリンが出ていて気づかなかったが、俺の右手、掌の皮膚が焼け落ちて骨まで見えてやがる……。あんまり見ないようにしよう……結構グロい見た目で血の気が引く。シャルに治してもらわねぇとな……。俺は歓声を受けながら、歩いて救護室へ向かった。
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
「はいっ、これでもう大丈夫ですよっ!」
「助かったぜシャル……」
椅子に座りながら、俺は救護室でシャルの治癒魔法を受けると、みるみるうちに傷が塞がり、感触を確かめるように動かしてみた。よし、これならいけるな。それにしても……どうしたんだ、こいつら? 俺が振り返ると、ベッドの上で生気を失った2人の男が寝ている。アルベールと、ガイルだ。
「お、おいアルベール……」
「いいんだ」
「い、いいって何がだよ?」
「……いいんだ、僕……弱いから」
消え入りそうなほど小さな声で呟いている……ボコボコにされて、精神がまたイカれたのかコイツ? アーヴァインとの戦闘で粉々に砕けちった眼鏡は、フレームだけ残っているようで、それを両手で握りしめながら遠い目をしている。
「ガ、ガイル……」
「オレ様が……パンチで……女に負けた」
「ま、まぁ……あんまり気にすんなよ。シグルーンは強いからな……なぁ、シャル?」
「そ、そうですよっ! 姉様は私と違って、昔から筋力には自信があったはずなのでっ!」
シャルから慰めを受けると、ガイルはシーツを頭から被って……しくしくと泣き始めた。ダメだこりゃ……。勇者祭後半戦の初戦を終えて、俺たち第38勇者隊の序列1位と2位は完膚なきまで打ちのめされて、浜に打ち上げられた魚のように、干からびたのであった……。




