Chapter 3-1 「前期休み」
──地獄の補習が終わり、もう二度と勉強なんかしたくないと強く誓いながら、勇者1年目の前期が終了した。勇者になって3ヶ月が経ち、7月の終わり、太陽が眩しく夏を感じるようになった。
「……あちぃ」
俺は植物園のベンチに寝ころび、昼食後の昼寝から目覚めたところだ。向日葵が大きく黄色い花を咲かせていて、伸びた蔦が天然の屋根みたいになっている。その隙間から光が差して、俺の頬を照らす。いくら直射日光は避けられているとはいえ、さすがにこの時期に外で寝ると、少しずつ汗が滲んでくるな。あとでハグに挨拶がてら、鍛冶区に行って湖で水浴びでもするか。
俺たち勇者は1週間の休暇を経て、後期の授業と鍛錬を終えた後──年末に終末戦争へ挑む。そのため、後期の授業は実践的な内容に変わり、特に大きな催事として後期が始まった初週に勇者祭というものがあるらしい。
俺とドゴンは補習を受けていたから、本来1週間あるはずの休暇が3日になっちまった……勉強はやっぱりクソだ。バーンリーのデケぇ声が今も頭に響いてるようで、嫌気がさすぜ。
──勇者祭。聖剣と魔法、何でもありな決闘形式の祭り。今年だけでなく、生き残りの勇者たちも参加するらしく、この結果次第で序列と等級が大きく変わる。アルベールのような序列が高い騎士は給金が得られ、個室の提供や敷地外への外出許可など、好待遇が用意されている。より快適な環境、そして終末戦争への徴兵免除を勝ち取るために、必死になるってわけだ。
生き残りの勇者との決闘か……シグルーンと戦うのだけは勘弁願いたいぜ。あんなバケモンと戦ったら命がいくつあっても足りねぇ。アルベールの兄貴はシグルーンより序列が上だって話じゃねぇか……無理無理、勝てるわけがない。
「……随分と余裕ですね、フェイ」
「なんだよアルベールか。こっちは補習終わりで疲れてんだ……休暇くらいゆっくりさせろ」
勇者祭のことを考えていると、アルベールが中庭にやってきた。汗を大量に垂らしているところをみると、鍛錬終わりってとこか。
「そういや、兄貴に聞きたいことは聞けたのか?」
「……相手にされなかったよ。アーヴァイン兄さんに『王家の人間であれば、欲しい物は実力で手に入れろ』と言われたのもあって、勇者祭は勝ちに行く。もちろん、君と当たったら模擬戦での借りも返すつもりさ」
「勘弁してくれ……何なら俺は序列上げに興味がねぇし、1回戦で負けようと思ってるくらいだぜ」
そういうとアルベールは不機嫌そうな低い声で、不満を表す。
「全く……君ならアーヴァイン兄さんとも渡り合える。情報を得るという意味でも、本気でやってもらいたいんだけどね」
「俺がぁ? そのアーヴァイン兄さんとやらは第37勇者隊序列1位なんだろ? 無理無理、勝てる気がしねぇ却下」
「……今の僕では、兄さんに勝てる可能性は低い。あの口ぶりからすると、王家の事情を知っているはずだし、もしアーヴァイン兄さんと君が勇者祭で当たるとなれば、勝ちにいってくれ」
「へいへい、考えとくよ」
──起き上がり、両手を上げて伸びをする。まぁ、やる気は全然でないが、自分より才能がある勇者に自分の力がどこまで通用するのか、という点で試してみたい気持ちはある。まぁ勝っても負けても終末戦争には行くし、今のところ待遇に不満はないからな。天使どもをぶっ殺せれば何でもいい俺にとって、この勇者祭ってのはあまり乗り気にはなれなかった。
「あっ、フェイさんっ! アルベールさんも!」
「……よう女神様、俺たちになんか用か?」
「もうっ、変な呼び名で呼ばないでくださいっ! せっかくの休暇ですし、イリアさんたちとこのあと流星群を見に行こうっていうお話が出ていて……お二人もご一緒しませんかっ?」
シャルの話によると、夏にしか見られない流星群が観測できるらしく、皆で食事を持ち合って見に行こうということらしい。
「ええ、喜んで」
「流星群に興味は無ぇけど、シャルの手料理が食えるなら行ってもいいぜ」
「本当ですかっ!? 大したものではありませんが、たくさん作ってきたのでっ!」
シャルが持っている革鞄の中にはサンドウィッチみたいなものが大量に詰まっているようだ。うまそう……よだれが出てくるな。シャルが作ったのなら、なおさら美味いはず。期待に胸を膨らませながら、俺とシャル、アルベールの3人はヴァルハラ勇者寄宿学校の裏山、星々が綺麗に見られるという丘へ向かった──。
† † † † † † † † † † † † † † † † †
──太陽が落ち、空が暗くなり、見上げると輝く星々がよく見える。夜になったからか昼間の暑さが嘘のようで、風が吹くと心地よい。視線を落とすと、少し高い丘の先端に、揺らめく赤い火が赤白く照らしていた。
「おっ、きたきたっ! こっちー!」
銀髪ツインテールエルフのイリアが甲高い声で叫んで、手を振りながら俺たちを呼ぶ。生い茂る緑の草を踏みながら、少し歩くと巨大な丸太が数本置かれていて、天然のベンチとして簡単に加工されていた。大柄な男……ドゴンがその丸太に座り、何やら料理の準備をしているようだ。どうせイリアあたりに、いいように使われて色々準備させられたんだろう。
「よう、イリア、ドゴン。ってかお前、料理とかできるんだな」
「……戦士は肉を食べる。肉料理なら任せてくれ」
目の前の焚火には串に刺さった肉が並んでいて、これでドゴンは調理しているようだ。串焼きを細かく裏返しながら、調味料をまぶしている。
「へぇ、いいハーブ使ってんだな」
「ほう、もしかしてフェイも料理をするのか」
「肉の臭みを消すために、よくハーブを取りに行かされてたんでね。大体の野草は見た目で判別できるだけで、料理ができるわけじゃねぇよ」
「……そうか。もうすぐ焼ける。少し、待っていろ」
俺たちは肉が焼けるまでの間、シャルが作ってくれたサンドウィッチをいただくことにした。「お口に合うかわかりませんがっ」と言いながらシャルは全員に配り、俺は紙袋を開けるとサンドウィッチが姿を現した。いや、果たしてこれはサンドウィッチなのか……?
──ごくっ、と喉を鳴らす。野草に関してはかなり詳しいはずの俺も、この野菜は見たことがねぇ。紫色の毒々しい見た目の葉っぱに、何かの肉が挟まっている。野菜だけじゃなく肉のほうもやばそうで、おそるおそる近づいて臭いを嗅ぐと、まるで腐った鳥の卵のような異臭がする。
「ど、どうでしょうかっ……?」
祈るようなポーズでシャルが目を輝かせて、俺たちの感想を待っている。いや待て、本当にこれを食うのか? 懐疑的な目で手に持つ異物を見ながら、俺はアルベールと目を合わせる。
(行け、アルベール……お前が先に食べろ)
(いや、僕はフェイのあとでいただくので、まずは貴方からどうぞ)
シャルに聞こえないよう、小声でそんなやり取りをしていると、イリアは意を決したのか一口でサンドウィッチを頬張った!?
「ンンンッゥゥゥ!? ウウウゥンン!!」
両目からぽろぽろと涙を流して、一気に水と一緒に飲み込んだイリアを見て「そ、そんなに喜んでいただけるなんて嬉しいですっ!」とシャルは感謝を述べているが、絶対に喜んでいないことは俺にもわかる。イリアは何とか胃の中に押し込んだ後、何もしゃべらず遠い目をしている。
それを見た俺とアルベールも覚悟を決めて、一口かじってみる……。
「──っ!?」「へぐあっ!?」
──ああ、これは。思い出すな……グリフォンっていうでけぇ鳥の魔物から、強烈な雷の魔法を食らった時と同じ……いや、あの時以上の電流が全身を駆け巡る! まるで俺の体内信号が全力で「これはやばい早く吐き出せ」と言わんばかりに警報を鳴らしている。
……いや、せっかくシャルが作ってくれたんだ。彼女を悲しませるようなことは、あっちゃならねぇ! 何とか飲み込んで胃に押し込み、精一杯の笑顔でシャルに感想を伝える。
「う、うめぇよシャル。人生で初めて食った味だ」
「ほんとですかっ!? 良かった……孤児院のころは『シャルお姉ちゃんの料理は危険物だから、もう絶対に料理しないで!』って子供たちから言われていて、お口に合うか不安だったんですっ」
それをもっと早く聞きたかった。いや、でも……刺激は凄いが思ったより味は悪くねぇな。見た目は最悪だが、一応食えるレベルではある……気がする。アルベールもイリアと同じで、ぼーっと意識が遠のいたようなアホ面をして固まってやがる。待てよ、俺が食えて、こいつらの様子がおかしいってことは……!?
「……なぁ、シャル。このサンドウィッチの具材って何を使ったんだ?」
「えっと、お野菜はマンドラゴラの葉で、お肉はワーウルフの肩肉ですっ。姉様が迷宮で採ってきてくれたんですよーっ! あ、あと隠し味で洞窟胞子をまぶしてありますっ!」
「洞窟胞子っ!? お前、それって昏睡効果がある毒キノコじゃねぇか!」
前半部分の素材も聞き捨てならなかった……マンドラゴラとワーウルフって魔物じゃねぇか! いや、そんなことはどうでもいい、洞窟胞子っていったら昏睡効果がある毒を持っていて、矢に塗って狩りに使うような代物だ。そんな物を食ったら意識が混濁して、場合によっちゃ人が死ぬぞ!?
「そ、そうだったんですか!? 綺麗だったので使っちゃいました……!! どうしましょう、フェイさんっ!」
「と、とにかく解毒薬だ!」
──それから俺は、全力で寄宿学校の裏山を走り回り、野草を煎じてアルベールとイリアに飲ませた。流星群を楽しむ暇すらなく、応急処置に追われた俺たちは、ぐったりとしながらこの緊急事態を乗り越えたのだった……。




