Chapter 2-8 「理解者」
「母さんっ! リリィ!」
俺は家のドアを乱雑に開けて、2人に呼びかけても反応がない。左手のキッチンには作りかけの料理が放置されていて、右手のリリィの部屋にも姿が見えない。
「──来ないでぇっ!」
──正面、階段の上からリリィの叫び声が聞こえる!? 俺は2段飛ばしで階段を駆け上がり、声がした母さんの部屋へ向かって走る!
「な……なんだよ……お前!?」
不気味な光を帯びた、白い石像のような人間が立っていた。手に巨大な剣を持ち、その先から……赤い血が垂れていた。
「か……母……さん……?」
ベッドの上に横たわる母さんの顔は青白く、ぴくりとも動かない。いつもの白いシーツは真っ赤に染まり、斬り刻まれている。母さんの身体から、大量の血が床に流れて……赤い水溜まりになっていた。
「ぶっ……おえええぇ……」
──胃の中の物を全て吐き出す。そのまま視界がぐらつき、床に倒れて……動けなくなった。どうして母さんが……こ、殺された……なんで?
「ひっ……たすけ……て。助けて……フェイッ!!」
──リリィの叫び声で意識を取り戻す。動け……動けよ俺の身体っ! 頼む、リリィは……大事な友達なんだ! 震えた足を立てて、身体を起こそうとしても……俺の身体は言うことを聞かず、床に倒れ込む。何とか必死に、必死に手を伸ばして……腕の力だけで床を這って、白い異形の足を掴む。
「──ぎゃああああっ!?」
なに……が……俺の背中……斬られ……たのか? あまりの痛みから、全身がガクガクと震えだす。息を吸おうにも酸素が入ってこず、何とか必死に息を吸おうと、荒く、浅い呼吸で身体を震わせる。
「フェ……イ…………」
──俺は……リリィが首を掴まれ、もう片方の腕で身体を貫かれ、命の灯が消えようとしているその瞬間を……見ていることしかできなかった。痛い……寒い……段々と何も感じなくなる──。
──なぁ、神様。 俺が、俺たちが何をしたって言うんだよ。死ぬ……俺は、誰も守れずに……。母さんを、リリィを救えなかったのは……俺に力が無かったからだ。
力があれば……2人を救えた。力があれば……俺はここで死なずに済んだ。
────力があれば、こいつを殺せた。
「ならば力を、授けましょう。神の力……神秘が1柱、節制を司る者。さぁ、紡いで──私の真名を────」
頭の中で声が響き、脳内に浮かんだ名前を……俺はわけもわからないまま……叫ぶ。
「力を……力を貸せぇっ! ミカエルッ!!」
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
「……神秘と呼ばれる、神々の力に目覚めた俺は、そこからは無我夢中で目の前の天使を殺した。母は殺され、幼馴染のリリィは……身体が白化して、天使に変えられた。その幼馴染に、せめて人のまま死にたいと頼まれて、俺はこの手で……息の根を止めたんだ」
「そんなっ……そんなのって……」
「……このクソったれた世界では、よくある話だろ。死ぬ間際、俺はリリィに約束したんだ。これ以上お前みたいな悲しい思いをする奴を生まないように、俺は戦うってな」
──俺の話を聞き終えたシャルに、そっと抱き寄せられて、俺はシャルの胸に顔をうずめる。優しく頭を撫でられて、心地よさから、目を閉じてしまった。
「……違う、違いますよフェイさんっ! 一番つらかったのは、悲しい思いをしたのは……あなたじゃないですかっ!」
「──っ!?」
「辛かったら、悲しかったら……そう言っていいんですっ。あなたがリリィさんの為に戦うなら……私があなたを支えますからっ!」
──涙が止まらなかった。そんな風に誰かに言われたのは初めてで、俺は子供みたいに泣きじゃくった。辛かった、苦しかった……それを隠すように1人でずっと今日まで戦ってきて、自分の心が壊れないように人前では強がって……。でも、シャルの体温を感じると、誰にも理解されなくとも、今日まで頑張ってきて良かったって……思えたんだ。
──年甲斐もなく、しばらく泣いたあと……冷静になるとこの状況が恥ずかしくなって、思わず顔が熱くなる。俺が泣いている間、ずっとシャルの優しい手は俺を撫で続けていたことに気付いたからだ。
「──っ!? わ、悪ぃ……」
「ふふっ……気にしないでください。2人だけの秘密にしておきますからっ」
口元に人差し指を当てて、可愛らしく笑う。こうしてみると、シャルの薄緑色をした瞳は……とても綺麗だ。まるで、俺がヴァルハラ勇者寄宿学校へ来る際に通った、生き生きとした緑と金色に光る稲穂が広がる、イダヴォル草原のようだ。あれはすげぇ景色だった……。ここに来るまで2ヶ月はかかったが、その間に見た景色の中でも一番だ。あの時の感動を思い出すような暖かさを、シャルから感じた。
「……ったく、誰かの前で泣くなんて10年ぶりとかだぜ」
「また……泣きたくなったら私のところへ来てくださいねっ」
「今は別の意味で泣きてぇよ。あーっ、勉強なんかやりたくねぇ!」
「それは……見過ごせませんっ! 甘えるのはいいですが、甘やかすつもりはありませんからっ!」
「……こりゃ、手厳しいな」
──夜の植物園に、2人の笑い声が響く。誰かと笑い合うなんて、何年ぶりだろうか。ああ、この幸せな時間が一生続けばいいのに……そう願っても、現実が俺を引き戻す。今のままじゃ、終末戦争で天使たちに勝つのは不可能だ。俺はともかく、第38勇者隊で最強の勇者、アルベールですら精々数体の天使を倒すのが関の山、ってところだろう。どんなに長くても、年末の12月には……俺たち第38勇者隊は全滅する。その事実が変わったわけじゃねぇ。
──そうか、なら俺の力の使い方を考えればいいんだ。この作戦なら……皆を、シャルの笑顔も守れる。俺は今まで、自分の力を、母さんとリリィのために振るっていた。2人のためって言っても、実際には復讐……いや、あの時守れなかった俺の力不足を嘆いて、憂さ晴らしをするのに近い動機だった。そんな気持ちで戦っても、いずれ立ち行かなくなることは目に見えていた。
でも、シャルのためなら……まだもう少し、もう少しだけ頑張れる気がしたんだ。
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
「では、期末試験の結果を返す!」
あれから数週間、シャルに毎日勉強を教えてもらい、文字を読むと眩暈がする身体になった。意外とスパルタで、厳しい先生だったが、孤児院で子供の扱いには慣れているからか、教え方は上手かった。
バーンリーが期末試験の答案用紙を俺たちに配り、俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。頼む、赤点だけは回避していてくれ! そう強く願いながら、裏返しで机に置かれた答案用紙をじっと見つめる。
勇者隊で勉強する科目は主に3科目。勇者や天使、聖剣など勇者隊に関わる知識を学ぶ勇者学。これは俺が勇者として強くなるために必要だと思ったから、結構真面目に勉強をした、一番自信がある科目だ。
次に、このミズガルズという世界の歴史について学ぶ世界学。……マジで興味がわかねぇ。そもそも、外出を禁じられている勇者が他の国に関して学んで、いったい何の役に立つって言うんだ? 意義がわからず、勉強をしても目が滑り、ほとんど頭に入ってこなかった。
最後が、属性やマナ、聖剣技や魔法を学ぶ魔法学。そもそも、俺は魔法を一切使えない、勇者として異例の存在。魔法の基礎知識なんか一切無いし、聖剣技は魔法適性の無い俺には使えないのか、未だにレーヴァテインを持っても聖剣技が出ねぇ。シャルは癒しの術による光魔法の使い手で、魔法の知識もあるということで重点的にこの科目を教えてくれた。
──まず勇者学。恐る恐る答案用紙を表に返す……点数は64/100点。よし、30点以上取れてる! 赤点回避どころか、俺にしては結構いい点数じゃねぇか?
──シャルに教えてもらった魔法学は……32/100点。あっ……ぶねぇぇ! 何とかギリギリ耐えた……。
「良かったですねっ、フェイさんっ!」
「あ、ああ! シャルのおかげだ、ありがとな!」
銀髪エルフのイリアが近づいてきて、机の上に魔法学の答案用紙をバンッ、と置く。
「ふっふーんっ! ボクはルーン魔法学院首席卒業の天才魔法使いなのだっ!」
点数は……なんと満点。さすがは名門魔法学院出身、首席卒業ってのも嘘じゃないらしい。
「……なんだぁ? 自慢かガキンチョ?」
「ガ、ガキンチョォ!? フェイはきっと赤点だろうなーと思って見に来たのに、意外と点数取れててがっかりだよぉ!」
「まぁ、俺にはシャルロッテ大先生がついてるからな!」
「ふふっ。よく頑張りましたね、フェイさんっ!」
──最後は……世界学。点数は……。
「ぶふっ! あははは! フェイ、この点数は逆に凄くないっ!?」
「うるせぇなクソガキ……」
そこに表記されていた点数は……2/100点。補習が確定した俺をあざ笑うイリアを、殺意と共に睨みつける。コツ、コツ……とゆっくり俺に近づく足音が聞こえ、俺は答案用紙を外套の中に隠す! まずい、あいつにバレるのだけは絶対に……!
「みてみて、アルベールッ! フェイ、世界学で2点だったんだって!」
「お、おいイリア! なに勝手に見せてんだ!」
答案用紙を奪い取られ、アルベールの手の中におさめられた。眼鏡のふちを握り、俺の答案用紙をまじまじと見た後に、こいつが言う。
「フェイ、貴方は……本当に馬鹿なんですね」
「予想通りの反応してんじゃねぇぞクソ眼鏡!?」
今度はアルベールから奪い取り、それをドゴンに見せてイリアが言う。
「ねぇねぇドゴン、フェイ赤点だったんだって!」
──屈強な戦士、ドゴンの目から……一粒の涙が伝う。
「──戦士は、過去を振り返らない」
……恐る恐るドゴンの答案用紙に目を落とす。勇者学、世界学、そして魔法学すべての答案用紙に書かれていたのは……0/100という数字だった。
「お前、俺よりバカだったんだな……」
──この後、無言で俯くドゴンと一緒に補習を受けることになり、散々バーンリーから説教されることになったのは、言うまでもない……。
ここまでで物語の半分、起承転結の承まで完結しました。
ここからは第38勇者隊の命運を決める戦いが始まっていきます。ぜひ最後まで見届けてくれると嬉しいです。よろしければ★の評価/ブクマ/感想/レビューを頂けると、大変励みになりますので、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします!




