Chapter 2-7 「勉強会」
俺とシャルは、夕食のあと、中庭にあるテーブルで勉強会をすることになった。辛気臭い部屋の中で勉強なんかしたら、息が詰まって俺は脱走するだろうし、外の空気を吸いながら勉強したほうが100倍マシだ。
「……ここ、どういう意味だ?」
「えーっと、ここは……」
教科書に顔を近づけ、長く美しい金色の髪を耳に掛ける仕草を横目で見る。髪が揺れるたびに花のような甘い、良い香りがして、思わず見とれてしまう。……ダメだ、ぜんっぜん集中できねぇ。
「──聞いてますか、フェイさんっ!?」
「あ、ああ……聞いてる。全部聞いてる」
「……もうっ! 本当に勉強が嫌いなんですね、フェイさんっ」
頬っぺたを膨らませて、まるで小さい子供を叱りつけるような声で話すシャルに、思わず苦笑いをする。……おいバカ野郎、ちゃんと集中しろ! 赤点で補習だけは絶対にダメだ。ただでさえ勉強が嫌いなのに、補習なんてさせられたら精神が壊れる……加えて、そんなことがアルベールにバレたら絶対煽られる。イケ好かねぇ顔しながら眼鏡を触り「……本当に馬鹿なんですね」と呆れた口調で見下されるのは目に見えていた。
「……なぁ、シャルはなんで勇者になったんだ?」
勉強をいったん休憩したいと思った俺は、別の話題を切り出してみる。ペンを口元に当てて、シャルが空を見上げながら話し始める。
「孤児院に居た孤児たちは、白化の影響で家族を亡くした子がほとんどで……ずっと、私に何か出来ることはないかって探していたんですっ。話を聞いてあげたり、身の回りのお世話をしたり、怪我をしたら治してあげたり……あんまり力にはなれなかったかもしれないけど、少しでも助けられたらなって……。そんな風に過ごしていたら、自分の中で、『もうこれ以上悲しむ子を増やしたくない』って強く思うようになって、気がついたらヴァルハラ勇者寄宿学校の試験を受けていましたっ」
──本当にシャルは、優しい人なんだな。 女神が実在するんなら、シャルは正真正銘の女神だ。 誰かのために自分の力を使える、シャルみたいな奴のことを勇者って言うんだろう。
「シスターってのは……いや、シャルは立派だな。きっと、シャルのおかげで救われた奴はたくさん居るだろう。その孤児たちに、いい報告が出来るように、強くならなきゃいけねぇな」
「……はいっ! 正直、戦うのは苦手ですが、今この瞬間も世界で苦しんでいる人たちが居るって思うと……頑張れる気がするんですっ」
──俺の頬を、水滴が伝って落ちる。あれ……俺、なんで泣いて……。
「ど、どうしましたかフェイさんっ!? べ、勉強が嫌になったのですかっ!?」
「あ……ああ、いや……何でもねぇよ」
「何でもなくありませんっ! もし辛いことがあるなら、私でよければ……お話を聞くくらいしかできませんが、どうぞ話してくださいっ」
ああ、そうか……最初は、俺もシャルと同じだったんだ。過去を思い出したくないから、俺は自分の心に蓋をしてた。その悲しみを天使への怒りに変えて、何とか今日まで戦ってこられた。
「……つまらねぇ話だぞ」
「──聞かせてくださいっ」
シャルになら……話してもいいかって思えた。あの地獄だった……ヘスラック村のことを。
† † † † † † † † † † † † † † † † † †
「母さん、身体は大丈夫!? つらくない!?」
「ごほっ……え、ええ……いつもありがとう、フェイ」
……勇者として旅立っていった父さんが戦死して、その話を聞いた母さんは身体を壊してしまった。今もこうやって寝たきりで、ベッドの上から動けずに苦しそうだ。
「お、おれが母さんを守るから安心してよ! 今日なんかイノシシ狩ってきたんだぜ!」
「……すごいわね、フェイッ! あんまり、危ないことはしないようにね……ごほっ……」
俺と母さんが住んでいるヘスラック村は、高い山に囲まれた、辺境の小さな村だ。住んでいるのは俺と母さん、そして幼馴染のリリィだけ。他の村人は村長だった父さんがいなくなったこともあって、出ていってしまったからだ。料理はリリィがしてくれるから、俺は素材を取ってくる役割。野草や果物、あとは動物なんかを狩って自給自足で暮らしている。
「フェイーッ! 猪肉の臭みを消すハーブ取ってきてっ!」
「おっしゃ任せろ! とびっきり良いハーブ取ってきてやるよっ!」
「ふ……普通のでいいよ……」
呆れた顔をしてそう言いながら、リリィは猪肉の下準備を始めているようだった。リリィは母さんの兄であるディランさんの娘で、俺にとっては従姉妹にあたる。 ディランさんも父と同じ第20勇者隊の勇者で……共に戦死した。父を亡くした子供同士、今はこうやって支え合いながら生きている。
──俺は裏山の森へ入り、薄暗い森の中を注意深く探して歩き回る。ハーブはギザギザした細い葉っぱが目印で、水源の近くによく生えている。
「あった、これだ! よし、これで美味しいイノシシ肉料理が食べられるっ!」
5年前、父の死を知らせる手紙が届いてから、年々体調が悪くなっている気がする。まだ子供だった俺は、母さんを心配することしかできなかった。でも、今は10歳になった。母さんとリリィを守れるのは……俺しか居ないんだ。
そうだ! 裏山の先、崖の近くで、夏にしか咲かない赤い花が咲く。母さんは花が好きだし、ついでに採っていこう。面倒くさいけど、リリィの分もとってきてあげるか。
──しばらく歩き、高い崖に生えた赤い花を2本取って、鞄に入れようとしたところ、異変が起きる。
「うわっ!?」
……突如、地面が揺れ、俺は思わずその場で倒れる。危ない……お、落ちるところだった。地震なんて珍しいな。ここらへんで地震が起きたことなんて、今まで無かったのに。不思議に思っていると、異変に気づき、思わず目を疑った。
「……っ!?」
崖の下、森を越えた先がヘスラック村……そこから黒い煙が立ち込めている!?
俺は、すぐに立ち上がり森を全力で走った。息を切らしながら、ただひたすらに足を動かす。
「はぁ……はぁ、母さんっ……リリィ! 今行くっ!」
——目の前の光景に、衝撃を受けて俺は膝から崩れ落ちた。ヘスラック村……いや、ヘスラック村だった『もの』は……白に染まっていた。家は硬い白い石のようになっていて、眩しく不気味な光を発していた。
「なんだよ……これ。そ、そうだ……母さんとリリィは!?」
俺は疲れ果てた身体のまま、2人が待つ家へと走った──。




