Chapter 1-1 「死刑宣告」
──今日俺は、親父と同じ道を辿って、勇者隊へ正式に配属となる。父であるアイン・シュトラールは、18年前に故郷のヘスラック村を旅立ち、勇者になって……死んだ。とはいえ、実際に父とは会ったことがねぇし、戦死を知らせる手紙でその事実を知った俺にとっては、悲しむ気持ちも、誇らしいと思う気持ちもなかった。
俺は勇者になったとはいえ、見習いとして下っ端ではあるし、事前試験では入学ギリギリの結果だった。実技試験はそこそこいい結果を残せたものの、学問はてんでダメ。そもそも長い時間文字を読んでいると眠くなってくるし、仕方ないだろ?
「──お前たち、オレが勇者隊銀級勇者、教官のバーンリーだ! 今日からお前たちを一流の戦士に育て上げる! そしてこちらが勇者隊総隊長、金剛級ゼロ・ストラトス様だ!」
あれが……黒い死神、勇者隊を率いるゼロ……。その実力は神に等しく、1人で大量の天使を屠ってきた、正に英雄って噂だ。勇者見習いたちもあいつを見て、背筋を正しているようだった。だが、俺はあいつに問いたださなきゃいけないことが山ほどある。
「……ゼロ・ストラトスだ。まず、勇者には守秘義務がある。そして一度勇者隊へ配属になったからには、逃走は許されない。……敷地外へ出ると、お前たちの首につけられた天使の輪が反応し、拘束される。いいかお前ら、命を捨てろ。お前たちは所詮捨て駒で、俺はお前たちに何1つ期待しちゃあいない。だが俺たちは去年の生き残り……栄勇の世代と呼ばれる、優秀な勇者たちを抱えている。天使どもに叛逆する、最大のチャンスだ。精々、あいつらの弾避けにはなって欲しいものだな」
「ゼ、ゼロ隊長……勇者見習いたちが皆ビビってますって」
ゼロ隊長が黒いマントをたなびかせ、教室の黒板に文字を書いていく。黒板の中央に、2という数字が姿を現した。
「……これが何の数字かわかるか、クソ雑魚ども?」
──教室が静まり返り、全員が沈黙する。その沈黙を破ったのが、俺の隣に座っていた、いかにも貴族で優等生といった出で立ちの女だった。周りを見ても、貴族っぽい高貴で傲慢そうな奴らが多い。明らかに場違いで浮いてるな、俺。
「──セリーヌ・フェル・アドミラルです。発言をお許しください」
「……許す、巻き髪クソ女」
ピクッ、とセリーヌと名乗った女の眉が動く。それにしてもこのゼロとかいう男、とんでもなく口が悪ぃ……俺も育ては良くないが、勇者といえば聡明で勇猛、世界を救う英雄というイメージを持っていた。世間一般のイメージとかけ離れたゼロの態度には違和感が残った。
「ご、ごほん。2という数字ですが、天使の平均討伐数でしょうか? 戦士たち10人が束になっても倒せないと言われている天使を、優秀な勇者であれば討伐できるはず」
「……面白い冗談だ。おい、この頭が花畑の巻き髪女はいったい誰なんだ、バーンリー?」
「……旧サンクレール領の領主である、アドミラル家のご息女です。筆記試験で優秀な成績をおさめたと報告を受けております」
「典型的な勉強だけできるクソ虫か? おい、巻き髪女。世間知らずのお前に教えてやる──」
ドンッ、と強く黒板を拳で叩き、ゼロが宣言する。
「……2%だ。これは終末戦争で勇者が生き残る確率。つまり、お前たち第38勇者隊30人が、次のラグナロクで生き残れる数は……1人いればいいほうだな。大半は1年後に死ぬ。これが勇者と呼ばれる、ミズガルズの命運を押し付けられたクソみたいな世界の現実だ」
「そ……そんな……」
……勇者見習いたちの反応は様々だった。泣き崩れる者、激しく貧乏ゆすりを繰り返して苛立ちを表す者……大半の反応は恐怖や怒り、悲しみといった物だった。まぁ、そりゃあそうなる。ここに来た奴らの殆どが、正義感に駆られて勇者になったはずだ。そんな奴らにこの現実を突きつけるのは、酷ってもんだろ。
──だが、俺は違う。大半の勇者たちが終末戦争で無残に死に、生き残れないことなんて……とうの昔に知っている。
「おい、そこの赤髪クソ野郎。なぜ俺を……睨んでやがる?」
鋭い眼光の先、その目に映るのは俺だった。俺は立ち上がり、睨み返して宣言する。
「……御託はいい、さっさと俺たちを鍛えてくれよ」
「……なに?」
両手を机につき、前のめりになって……両の目はしっかりとゼロの姿を捉える。
「どんな方法でもいい。できるだけ苦しませながら……」
ああ、俺は他の奴らとは違う。仲良しごっこなんて御免だし、ここにいる誰が死のうと関係ない。
「1匹でも多く……天使どもをぶっ殺してやりてぇ」
「……はははは! お前、面白いな。名前は?」
「ヘスラック村、最後の生き残り。フェイ・シュトラール」
「……そうか」
そう言い残して、ゼロは教室を退室した。……ああ、やってやる。1匹でも多く蹴散らしてやる……この命に代えても。決意と共に、右手のペンを強く握りしめると、ミシミシと軋む音が響いた。この音は俺の覚悟の証だ。
「……それでは、授業を始める。ようこそ、生存率2%の勇者隊へ! 短い期間になるだろうが、よろしく頼む!」
──第38勇者隊が死ぬまでの物語は、この日から始まる。今年の第38勇者隊には30人の勇者見習いが入隊になった。ミズガルズ全土の老若男女が筆記試験と実技試験を受け、ここにいる俺たちが優秀な成績を収めた上位30人ということだ。そして勇者には等級と序列が存在する。等級は下から銅、銀、金、魔鉱、金剛の5段階あり、その年の勇者隊の中で何番目に優秀なのか、ということを示すための序列と呼ばれる番号が与えられる。
そう、俺は第38勇者隊……序列第30位銅級勇者、文字通りこの場にいる全員の中で最底辺だ。それを示すように、俺の首に巻きつけられた首輪は薄茶色の縦線が入っていて、真ん中には第38勇者隊序列30/30位という数字が刻まれている。
俺が落ちこぼれだなんて、そんなことは予めわかっていたことだ。なぜなら、ここにいるほとんどの奴らは幼いころから勇者に憧れ、高等教育を受け、武芸に関しては師匠と呼べる存在が居たはずだからだ。だが俺は白化したヘスラック村でただ一人生き残り、まともな教育を受けたことすらなく、剣に関しては完全に我流。変わりもんの教官の目に留まり、温情がなければ勇者隊に所属することすらできなかっただろう。
だけど今日、ようやく……待ちに待ったこの日がやってきた。天使どもを蹴散らして、ぐちゃぐちゃにするチャンスがやってきたんだ。俺は何がなんでもこの訓練を乗り越えて、終末戦争に行く。俺の……目的のために。
「……まずは教科書の2ページ、君に読んでもらってもいいか?」
「はい、読ませていただきます」
落ち着いた声で、眼鏡をかけた金髪の男が読み上げる。
──終末戦争。一年に一度、年が変わるその日、世界樹の麓……皆既月食と共に、天界とミズガルズを繋ぐゲートが現れる。そのゲートから侵攻する白き異形を天使と呼称し、奴らを人類の敵として……我ら勇者隊が挑むこの戦争を……ラグナロクと呼ぶ。
「……ありがとう、アルベール。これは公表されていない事実だが、君たちには事前に伝えておくことにする。雑な希望を、持たないようにな」
バーンリー教官が教卓の上に両肘をつき、真剣な表情で続きを話す。
「……今日まで、我ら勇者隊は37回の終末戦争を乗り越えてきた。それは即ち、天使たちに37回勝利したということではない。今日までの37年間、我ら勇者隊は──」
ごくっ、と喉の鳴る音が両隣から聞こえた。
「──1度たりとも、終末戦争に勝てていない。勇者隊が勝ったから、白化現象が少しの領域で留まっていると世間には公表されているが、それは事実と異なる。勇者隊が1度も勝利していないから……大地の白化現象が広がっている。もちろん、死んでいった彼らの犠牲があったからこそ、まだ全世界の浸食というミズガルズにとっての最悪のシナリオは避けられているがな。我々勇者の仕事は……勝てる見込みのない戦へ赴き、その命を散らし……少しでも白化を防ぐ。それが……我ら勇者隊の責務だ」
……突然の死刑宣告に、この場が静まり返る。俺にとっては────望んでいた未来だ。




