Chapter 2-2 「聞き込み」
小鳥たちのさえずりを聞きながら、ベッドから身体を起こす。今日は休息日なので、1日中自由に動ける。休息日ってのは1週間に1度しかない貴重な日で、いつもなら敷地内の山を走り回って自主鍛錬をしているが、今日からはこの時間を有効活用して……勇者という仕様の闇を、暴いてやる。
──問題は2つ。
1つは、あまり目立ちすぎる行動ができないということ。このヴァルハラ勇者寄宿学校、絶対に何か裏がある。しかも、俺が相手にするのは、勇者見習いが何人死のうが何とも思わないという、悪意だ。当然、不審に思われたら俺はこの寄宿学校に居られなくなるし、脱走禁止のためのチョーカーをつけるような奴らだ……最悪の場合消されることだって想定できる。
しかも、俺はヴィンセントから釘を刺されてる。俺とあいつの間には、契約があるからだ。俺が10歳のころ、山で徘徊天使や魔物を狩っていたところを遠征中のヴィンセントに見つかり、俺はこう告げられた。
「──君の才能、存分に発揮するには勇者になるといい。大丈夫、私が君にこの世界で生きる術を与えるし、ヴァルハラ勇者寄宿学校の入学を推薦してあげてもいい。その代わり……君の力を、私に貸してくれないか?」
「……どういう意味だよ?」
「これは契約だ。君は天使を殺したい。私はこの世界の理を暴きたい。どちらにも、メリットがある話だと思わないかい? ……勇者アインの息子、フェイ・シュトラール──」
──というわけで、俺はヴィンセントの目的とやらに手を貸さなきゃならず、奴の目的に反する行動をすれば止められる。勉学やこの世界の常識を教えてくれたのもヴィンセントだし、いけ好かねぇ奴だが俺の父親がわりみたいなもんだ。そこは感謝をしている。
だが、いくら他人に興味が無いって言っても、気分は悪ぃ。別に、死んでいった奴らに同情してるわけじゃない。ここにいる勇者見習いも、アヤメも……親父だって、世界を救おうと命を賭けたはずだ。そいつらの尊厳や、栄光が踏みにじられるってのは気持ちのいい話じゃねぇ。それがもし、天使どもじゃなく、この寄宿学校の誰かによって引き起こされてるなら、なおさらだ。
もう1つが、俺1人の力だけじゃどうしようもないということ。つまり……協力者が必要だ。かといって、信頼できる奴なんか限られてる。正義感が強そうなアルベールと、慕っていると言っていたセリーヌ、あとはどうやら俺を気に入ってくれてるらしいシグルーンくらいか。
──俺は寄宿学校内を歩き周り、しばらく探したところ、豪勢な扉を見つける。
「……序列が上がるとこうも待遇が違ぇのか?」
鉄のプレートで出来た表札には「第38勇者隊序列第1位銀級勇者アルベール・フォン・オーデンセ」と書かれていた。徘徊天使と称号付きの件で、俺の序列を上げることを検討しているとヴィンセントから連絡が入ったが、お互いのために目立つような真似は避けたほうがいいと断った。序列が上がると部屋のランクも上がるし、給金も出るという。断らないほうがよかったか、これ。まぁ、死んだらあの世に金は持ってけねぇし、別に今のままで困ってねぇからいいか。
「おい、アルベール。居るか?」
「フェイか? 何の用だ」
怪訝そうな顔をしながら、問う。俺は手短に済まそうと、要求を伝えた。
「内密な相談がある。時間をくれ」
「……入れ」
許可を貰い、俺は扉を開くと警戒した様子のアルベールがソファに腰かけていた。ええ……? 個室だしソファもあるし、全然俺の部屋と違うんだが!?
若干イラっとしながらも、対面のソファに腰を下ろす。上等な動物の革が使われているのか、高級感のある座り心地だ。
「君が僕に相談だなんて珍しいこともあるものだね」
「単刀直入に聞くぜ。お前はこの勇者のシステムに関して、どう思ってる?」
「どう、とは?」
「……勇者たちは過去に一度も終末戦争に勝てていない。なのに終末戦争を生き残ったお前の兄貴やアヤメ、シグルーンのような勇者がいる理由だ」
アルベールは何かに気づいたのか、眼鏡越しに俺の目を真っすぐと見る。
「──不自然、だと?」
「ああ。お前も徘徊天使を見てるからわかると思うが、天使と遭遇したら到底逃げられるようなもんじゃねぇ。しかも、終末戦争で呼び出される天使どもは、徘徊天使とは比べ物にならない力を持ち、その数も膨大だって話じゃねぇか」
「……確かに。続きを話してくれ」
──アルベールが前のめりになり、俺の話を真剣な表情で聞き始める。それを見て俺は続きを説明する。
「結界魔法が張られてるこのヴァルハラ勇者寄宿学校の敷地内に、徘徊天使が出現するってのはあり得ねぇ。それを裏付けるように、ゼロやバーンリーもこの件について調査をしているようだった。つまり、教官たちが言ってた通り、誰かが人為的に結界を解いて、クソ天使を招き入れたとしか考えられねぇんだよ」
「なっ、馬鹿な!? そんなはずが……。いや、君がわざわざ僕に話したということは、その可能性は高いのだろうな」
驚いた表情を見せたものの、すぐに思考を切り替えたように見えた。こいつに相談したのは、貴族らしからぬ柔軟な思考ができるからだ。普通、熟練の戦士や貴族っていうのは、凝り固まった固定観念を持っているため、頭の固い奴が多い。アルベールは違う……プライドに溺れるタイプじゃねぇし、人の話は素直に聞く良い奴だ。
「おっ、どうやら俺を信用してるようで嬉しいぜ」
「……君のことは嫌いだが、信用はしている」
俺の考えを伝えると、アルベールは頷きながら考え込んでいる。そう、あの徘徊天使の件……前年度の生き残り……不自然なピースが散らばりすぎてやがる。
「……これは序列が高い勇者にしか公開されていない情報だが、終末戦争には大きく分けて2つの種別がある。10年に1度、通常の終末戦争より更に大規模な黙示録と呼ばれる大戦争が起きる。序列の高い勇者は、黙示録への徴兵義務はあるが、通常の終末戦争に出兵しないという選択が出来るんだ」
「はぁ? なんだそれ。それこそ死んでいった他の勇者たちに対する冒涜じゃねぇか!」
「僕も同意見だ。兄がその制度を使ったのかはわからないが、生き残りが居るという点に関しては説明がつく。優秀な勇者を温存し、黙示録のために戦力を蓄えるというのが意図だろう」
「へっ、吐き気がするな」
鼻で笑い飛ばし、乱雑にテーブルへ足を乗せ、アルベールの考えを聞く。
「……結界の件は?」
「可能性として考えられるのは、この寄宿学校から脱走をしたい勇者による仕業か、個人的な私怨か……それとも……」
「何か思い当たる節があるのか?」
「……僕はミズガルズ最大の国家、オーデンセ王国の生まれで、第六王子という微妙な立場だ。王位を巡った権力争いに敗れ、逃げるように勇者になった。終末戦争で僕が戦死すれば、喜んで祝杯を挙げる人間はごまんといるだろう」
そう言うとアルベールはシャツのボタンを取り、胸元には大きな刺し傷のような物が見える。
「これは、内乱の際、襲われた時の傷だ。血みどろの王位争いを生き抜くにあたって、僕の理解者でもある摂政はこう助言を与えてくれた。『疑うべくは敵ではなく味方』とね」
長々と講釈を垂れているが、言ってることは正しい気がした。そういう権力争いなんざ俺には理解ができねぇが、他人を疑うことに慣れないと生きていけない世界なんだろう。きっと、こいつは優しすぎる……だから王国から追いやられた、ってとこか。
「バーンリーとゼロが探してた通り……いるってのか? 勇者を殺そうとしているクソ野郎が」
「……そう断定するには、証拠が足りない」
外套を羽織り、アルベールが立ち上がる。腰に下げた幅広の聖剣の柄に手をかけ、俺に背を向けながら話し始める。
「──フェイ、この件……僕も手を貸そう。まともに取り合ってくれるかはわからないが、アーヴァイン兄さんを当たってみる」
「……ここから先、踏み込むのは危険かもしれねぇぜ」
「元より、オーデンセ王国では既に死んだことになっている身でもあるし、勇者になったからには覚悟はできている。それに、想いは君と同じだ。心臓を捧げた過去の勇者たちを愚弄する輩がいるなら……止めなきゃならない」
「お前、意外と熱い部分もあるんだな」
「それは君も同じだろう?」
……ったく、見透かされてやがるな。他人に興味を持たないように、情を入れすぎないようにとヴィンセントから散々言われ、意識はしてた。それでも、死んでいった奴らの想いを踏みにじられるのは……心底気分が悪ぃ。
「ははっ、違いねぇ」
「──夕方に中庭で落ちあおう」
「おう」
さて……行くしかねぇか。あんまり目立つ真似はしたくねぇが、こういう時はてっぺんから崩すほうが一番近道だろ。俺は全勇者隊……総隊長のゼロ・ストラトスのもとへ向かった──。




