Chapter 1-10 「迷宮」
──洞窟内は暗く、足元は大小さまざまな石が転がっていて歩きづらい。松明で周囲を照らしながら、俺たち6人は慎重に前へ進む。
万が一のことを考慮して、助けを求めた女生徒はヴァルハラ勇者寄宿学校へ帰した。明日までに俺たちが帰還しなければ、応援を寄越せと伝えてある。
「小鬼が前方に……2……いや、3匹います。フェイ、どうしますか?」
「武器は何を装備してる?」
「全員、こん棒を装備しているように見えます」
「んじゃ平気だ。ゴブリンで注意しなきゃいけねぇのは弓もった奴。あいつの矢には毒があるから真っ先にやらなきゃいけねぇ。俺はお前たちの動きがみたいから、アルベールの指示のもと適当に戦ってみろ」
──俺は少し離れた大きな岩の上に座り、こいつらの動きを見てみる。
アルベールとドゴンで1体ずつ対処し、余った1体は後衛3人で取り囲んでいる。連携は悪くねぇが、経験が足りないってところか。陣形はともかく、的確に短い言葉でアルベールが指示を飛ばしている。長ったらしい指示を戦闘中に聞くのは無理だし、指示がわかりやすく速いのは悪くねぇな。
小鬼は力も弱いし、動きも遅い。ただ、こいつらは……狡猾でずる賢い。逃げた個体が上位個体を呼び寄せるから、本来なら退路を塞ぐように挟み込む形がベストだろう。
……ドゴンが大振りで両手斧を振る。小鬼が小さすぎてまともに当たってねぇな。だけどこいつのパワーは本物だ。突き刺さった両手斧は地面を抉り、深い穴を作ってる。当てられさえすれば小鬼なんか一撃で仕留められるだろう。
アルベール……才能は感じるし、センスもある。だが、こいつは慎重すぎる。いつまでこんな雑魚と睨み合って、間合いを取ってやがるんだ? こいつには……自信が必要だな。徘徊天使の件もあって自信を失ってるからか、動きが固い。面倒くせぇが、あとでフォローしないとな。
後衛3人は悪くないな。スコットは弓を使うらしく、的確に小鬼に当てている。ただ力がないからか、致命傷にはなってない。イリアの魔法は命中率が悪いが、威力は申し分ないだろう。現に小鬼の半身は焼けただれていて、ほとんど瀕死だ。シャルは意外と力があるようで、メイスでの殴打は効果的に見える。一番最初に小鬼の1体へとどめを刺して、他の2人の援護に行った。
──しばらくして、何とか小鬼3体を撃破したパーティメンバーのもとに歩いて近寄る。
「ど、どうでしたかフェイさんっ?」
「ん~、まぁ全員戦うのが下手くそってのはわかった。良い部分もあったけどな。……おいアルベール!」
俺はいつもの力を出せていないアルベールを名指しして、指を差す。
「な、なんです?」
「なぁにビビってんだお前は。こんな雑魚に遅れを取るようじゃ、いつまで経ってもお荷物だぜ?」
歯ぎしりをしながら、アルベールが顔を反らす。
「……わかってます!」
「いいや、わかってねぇ。お前、意外と繊細なタイプなのか? ……お前は何のために勇者を目指した?」
上手くいっていないからか、苛立ちを隠せずアルベールは吐き捨てるように言う。
「兄を……兄を越えるためです……!!」
「じゃあ、その想いを原動力に動け。憧れや怒り、自尊心でも何でもいい。お前たちは全員、勇者を目指した理由があるんだろ? だったら、1戦1戦の経験を大事にして、戦いの中で常に頭をフル回転させて学べ。別に俺はお前たちが死のうと構わねぇが、生半可な想いじゃ終末戦争の前に、今日迷宮で……死ぬぜ」
そう、苦しい時……生死の境を分けるのは、想いの強さだ。俺はそこが……魔物や天使と、人間の違いだと思ってる。負けられねぇ理由があればあるほど、ピンチの時に力が湧いてくるってもんだ。アルベールが目を閉じ、握りこぶしを作って頷く。
「……フェイの言う通りです。皆、気を引き締めていきましょうっ!」
全員が頷き、集中力が高まった。 よし、何とか大丈夫そうだな。
いや……何やってんだ俺は、こいつらに肩入れしすぎるな、フェイ。
今は春、どうせどんなに長くても、あと8ヶ月後にはほとんどが死ぬ。情があれば……別れが辛くなる。もうあんな想いをするのは……嫌だ。
──こいつらを鍛えるのは、この迷宮攻略だけ、期間限定だ。あとはこいつら次第、そこから先は……俺には関係ねぇ。
仄暗い洞窟を進みながら、俺たちは大きな広場に出る。道端に転がる何かに気づき、シャルが駆け寄っていく。
「だ、大丈夫ですかっ!? 治癒魔……法……を……」
「やめろシャル……もう死んでる」
俺たちより先行したパーティの死体が4つ、この広場に横たわっていた。……死んでからまだそこまで時間は経ってねぇな。何かが引きずられた痕が地面に残されていて、血痕がべっとりとこの洞窟の奥へと続いてる。恐らく、称号付きはこの奥にいるはずだ。
魔物に気付かれないように、ゆっくりと俺たちは洞窟の奥へと歩みを進める。足音を立てないように、慎重に進んでいく──。
──嫌な音が響く。バキッ……バキ……と、骨が砕かれる音。スコットが目の前の凄惨な光景を見て、口をおさえる。
「た……だす……け……て」
……あの巻き髪女、序列4位の……確か、セリーヌって言ったか? ガタガタと震えて、洞窟の端っこで今にも失神しそうになりながら、こちらに助けを求めている。
「ああああああっ! ああ────あ……ぁ……」
──巨大な虫の魔物が勇者見習いの1人の手足を……引きちぎって、そのまま捕食した。なんだこいつは……蜘蛛か? 黒と黄色の体表に、胴体部分は体毛が生え、太い8本の脚が伸びる。
冒険者を捕食して満足したのか、今度はセリーヌを標的にしたようだ。素早く動き、発達した2本の前足を高く上げた!
「い、いやぁぁぁ! 死にたく……死にたくありませんっ!!」
「──フェイッ!」
「……お前ら、助けに行くぞ!」
──即座に飛び出して、あの前足にダガーで斬りつける! 緑色の体液が噴き出して、魔物が後退する。
「おい、大丈夫か?」
「わ……わたくしは……」
セリーヌを担ぎ上げて、魔物から距離を取る。丁寧に降ろすと、安心したのか腰が抜けたようで、泣き出した。
「ごめ……ごめんなさいっ……わたくしっ……」
余りの恐怖に、セリーヌは失禁しているようだった。小刻みに震える女を少し気の毒に思い、声をかける。
「……ちゃんと恐怖を感じてるんなら、お前は人間だ。少しここで休んでろ」
俺はとうの昔に……恐怖という感情が無くなった。恐怖を感じるということは、ちゃんと心があって、まだ壊れちゃいないってことだ。セリーヌは一言、小さな声で「ありがとう」と感謝を述べて、意識を失った。
──短剣を逆手に構えて、10mはありそうな巨体に向ける。
「──こいつは俺が殺ってやる。ドゴン、アルベールッ! こいつの正面に立って攻撃を受けろっ! イリア、当たらなくてもいい、炎魔法を撃て!」
「わかったっ! 焼き尽くせッ、初級火魔法ッ!!」
巨大な火の球を形成し、それが蜘蛛に放たれる! さすがはエルフの魔法……部屋全体の温度が一気に上がったかのような火力に、思わず汗をかく。
威力は高かったが、やはりこの魔物には当たらなかった。こいつ、でけぇクセに動きが速ぇ。だが、炎魔法によって地面が燃え、その炎から逃げるように動いている。そう、総じて昆虫系の魔物は火に弱い。当たらなくても、退路を塞いだり、逃げる方向を断定できれば戦いやすくなる。
これは俺の経験則だが、体表に原色が見える魔物は毒を持ってることが多い。蜘蛛型の魔物は致死毒ではないはずだが、麻痺毒を持っている奴はいる。あの足による攻撃を食らったら最後、俺たちはやられた勇者見習いと同じ運命を辿ることになる。攻撃を食らっちゃいけない、ってのは厄介だな。
──突如、蜘蛛の魔物はその場でうずくまり、身体を震わしている。何かの攻撃予兆か……それとも……!?
「──キシャアアァ!」
鳴き声と共に、大量の小さな蜘蛛が産まれた!? 数十体はいるだろうか、蜘蛛の子供たちが奴の臀部から産まれ、一斉に襲いかかってくる!
「皆、固まれっ! 後衛を中心に円陣を組みますっ!」
アルベールが不測の事態に対処するべく、全員に号令をかける。
──大蜘蛛はこの中で俺が一番脅威と感じたからか、一直線に向かってきた!




