17話 シュヴォシェ 4
ウィルは先程まで馬の上にいたはずが、地面に顔をつけている。
馬から振り落とされはしたものの、踏み荒らされた柔らかな土と、上手く受け身を取ることが出来たお陰で、少し脚をひねった程度で、どうやら大きな負傷はないようだ。
目の前には首に矢が刺さった状態で横たわる馬がいる。味方の騎士達はルノーたちを取り囲んでいた騎馬との戦闘へと突入していき、ウィルは、クロスボウの攻撃を恐れて陰に身を潜めている。
その肩に触れるものがいた。
ウィルが驚いて振り向くと、泥と血で汚れた顔のユードがいた。
「ユード!」
「ウィル、怪我はないか? 左手の木の下へ走れるか?」
そう問われ、右足が少し痛むが、走れないほどではない。
ウィルはコクリと頷くと、ユードの示した方向へと少し脚を引きずりながらも走る。
木の陰でクロスボウの標的から逃れ、安堵するウィルに、ユードが現状を報告してくれる。
「この影にはもう敵はいない。しかし、いまだ森の影にクロスボウ隊が隠れているはずだ。情報によれば、クロスボウは二十機。すでに十は壊したから、あと十機くらいだろうと思う。」
「なるほど。やはり、クロスボウか。マティ様から精霊を借りてきたのが、役立ちそうだな。」
「マティ様」とニヤッと笑うユードは、すぐに顔を真顔に戻す。
「助かるな。このあたりは潰したから、精霊は南の方向へ頼む。」
――『俺とお前の赤い糸 おーれのおれのマティ』
不意に聞こえる声に、ウィルは首をかしげる。
「え? なんて?」
ウィルの問いに、ユードも首をかしげる。
「なんだ? 北の方向へ頼むと言ったぞ?」
「ん、わりぃ。前と同じだ。なんでもない!」
不思議そうな顔をするユードを横に、ウィルは腰の袋からパチンコを取り出し小さな箱を取り付けると、北の方向へと飛ばした。
箱は放物線を描いて飛んでいくと、地面でパシャンと木の破片を散らして弾ける。
弾けた瞬間、箱の中からまっすぐに天に向かって眩しい何かが上がり、森の木の高さほどの位置で、まるで太陽のように光る。
マティから預かっていたのは、光の精霊だ。
箱に入れられた精霊が、箱から飛び出して数分発光するようマティと契約してあるとのことだ。
精霊の光に照らされ、四方の闇に隠れていたクロスボウ隊は、突然の発光に目眩ましを食らう姿があらわになる。
数えて、八。
「お前はここにいろ。」
「ああ。マティ様のために存分に暴れてこい。」
ユードはニヤリと笑うと、短くしたメイスを両手に、低い体勢で弾丸のように走り始める。
――『シャーいくぞ!』
って、思ってんだろうな。ユードのヤツ。
「マティ様」という言葉に返り血を浴びた顔で微笑むユードの表情は戦場には似つかわしくないけど。
恋を知ったオレたちは、無敵だ。
なぁ、ユード。
ウィルは気を緩めてはいけないとは感じつつも、くくくっと笑う。
そして、再び頭に浮かぶのは、ユードと共鳴して響く恋の口上。
ウィルの見守る中、ユードは一人目の標的に、低い体勢で後ろから音もなく近づいていった。
——銀河に轟く歌声と!
【 ゴッ!】
鈍い音を立て、背後から覆いかぶさり腹にメイスをめり込む。もう一方のメイスのハンドルを首に当て、虎が喉を咥えるように抑え込むと、敵兵は口から泡を吐きながら倒れた。
——地球に花咲くその笑顔!
【 ふわり】
フリルを舞わせ、炎が巻き上がる家屋の影へと移動する。
敵兵をクロスボウごと叩き割り、轟々と燃える炎を背に矢を構える次の敵兵へと飛びかかる。
——お前が好きだと輝き叫ぶ!
【バキィィッ】
重い木のテーブルで作ったのであろうクロスボウ用の防壁もものともせずメイスをめり込ませて粉砕すると、隠れていた敵兵の頭上にメイスを打ち込む。
——行ぜ、全力、どこまでも!
【バツンッ!】
放たれた矢がエプロンの繊維を裂く音に舌打ちし、低い姿勢から砲弾の如く肉薄する。下半身に叩き込まれたメイスが骨を砕き、敵兵はぐにゃりと歪に曲がりながら泥へ沈んだ。
——光の如く駆け巡る!
【ブォンッ!】
踏み込むと飛躍し同時に突進する騎馬兵めがけてメイスを叩きつける。重い鉄塊を顔面に喰らった騎馬兵は、海に沈むかのよう地面に叩き落とされる。
——好じゃねえ、愛してる!
【ウォォォォォッ!】
空気を激しく振動させ血の滾りを叫ぶユードの咆哮に、恐れをなした敵兵達が雪崩を打って敗走していく。
「いや、相変わらず神がかってんな!」
その光景に思わずウィルの口をついて出たのはその言葉だ。
ゆるゆると精霊の光が消えていき、轟々と燃える炎を背にしたユードがくっきりと映し出されるその姿は、まるで神話に出てくる戦士そのものだ。
「ああ。ほんと、それだな。まるでユードは、雷神トールだな。」
その声に驚いて振り返ると、いつの間にかルノーがウィルの側に立っていた。
「あいつ、マジでただの護衛として過ごすのもったいない。ヘンリー王の持ち駒のマティ様にこの先どんな未来があるのかは分からないけど、あいつだけは敵にしたくないな。」
「なんですと? あの侍女の格好をしたメイスの彼はただの護衛なのですか? 道理で独特な格好をしていると……。」
ルノーの言葉に突然割って入ったのは、ボールドウィンだ。
ルノーはニヤリと笑うと、得意げにボールドウィンに答えた。
「レディ・マティの護衛兼、侍女です。」
返事を聞いたボールドウィンは、こちらの期待通りの驚いた顔をした。
「レディ・マティの? あのホワイト・シップの沈没で亡くなったアデリン王子の幼妻の?」
「ええ。彼は僕の従騎士への誘いをずっと断り続けてますから、スカウトしても無駄ですよ、ボールドウィン長官。」
「はっはっは。ルノー様は鋭いな。しかし、ルノー様の初陣と初勝利、おめでとうございます。ヘンリー王もお喜びになりますでしょう。」
「いえ。私はただ慌てふためいていただけで、何も出来ませんでしたよ。ボールドウィン長官が駆けつけてくださったから助かったようなものです。ありがとうございます。」
ルノーは悔しそうにそう言いながら唇に触れる。
「ルノー様! お怪我を?」
ウィルは、ルノーの唇が赤紫に変色しているのを見つけ慌てて彼の顔を覗き込むと、ルノーはムッとした顔でそっぽを向いてしまう。
――ああ。放っておけと言うことかな?
フォレストに着いて早々に馬から落とされて森に駆け込んだウィルは詳しい戦闘内容は分からないが、ルノーはどうやら不甲斐ない思いをしたらしい。
苦笑いをしながら、ウィルはスティーブンの命でここに来たのを思い出し、ルノーとボールドウィンに伝える。
「ウィンザーの門外で、ロバート・ボーモント殿に遭遇しました。スティーブン様の説得に応じたロバート殿は、城外の守備に着いてもらっています。必要ならば出兵も辞さないとおっしゃっていましたが、必要でしたら、すぐに伝えに走ります。」
それに一番に答えたのはボールドウィン長官だ。
「まあ、ロバート・ボーモントは兄ウォルラン・ボーモントに加担しないほうが賢いと判断したんだろうな。俺でもそうする。そうと分かれば安心だ。ロバート殿の動向を気にしてウォルラン傘下の賊の追跡をしなくてすむということだからな。」
そう言うとボールドウィン長官は、外していたヘルムを被ると、連れていた馬に飛び乗った。
「我が管轄をコソコソと徘徊するイタチ共め。すぐに追いついて目にもの見せてやる。ドーセットのウォルランの拠点はすでに潰してある。そして、賊はおそらくコーンウォールを目指し、ノルマンディーへと渡る船に乗りたいとみている。伝令の君、スティーブン殿にそのように状況を伝えてもらえるかな? ボーモント弟ロバートの手を借りるまでもない。このボールドウィンめが必ずや害獣共の駆除をしてみせます、お任せください、とも伝えてくれ。では、頼むよ。」
ボールドウィンは数名の兵を置いていく事を言い残し、颯爽と馬を駆けさせる。
「さすが、頼もしいなボールドウィン長官は。ルノー様、俺たちは帰りましょう。きっとマティ様達が心配して待っていますよ。」
あからさまに落ち込んでいるルノーにウィルは声をかけると、ユードとハリーを探す。
二人は燃える村の家々をボールドウィンの部下達と共に消火する作業をしていた。
「ユード! ハリー! ルノー様の護衛を! ウィンザーに帰るぞ。」
奥歯を噛みしめ、うつむくルノーの背中に手を当て、その背中の小さく震える微動にウィルは安堵の息を吐くと、後ろを振り返る。
赤く燃えるフォレストから上る黒煙は空を汚しながらも、はるか彼方の地平線の空は雲が晴れ、星々が眩しく瞬いていた。
◆◆◆
【Act 1 前編エピローグ】
東の塔はいつものように静寂に包まれ、自分たちの階段を上る足音だけが聞こえている。
冷たく凍えた身体を塔の空気が優しく包み込むと、ふわりと鼻の奥をくすぐるようなハーブの匂いが、強張った気持ちを少しだけほぐしてくれる。
スティーブンに報告に向かったウィルと別れ、ルノー達三人は汚れた身体のまま、マティの待つ東の塔の階段を上っていた。
前を行くユードが時折心配げに振り返るのを知っていてなお、彼に「もう大丈夫だ」と言えないでいたルノーだったが、ハーブの香りで少し緊張がほぐれ、階段の踊り場でユードのエプロンの端をそっと掴むと、その足を止めさせた。
「大丈夫ですか? ルノー様?」
「……うん。マティに、情けない姿は見せられないからな。それに、お前をマティに返す前に、言いたかったんだ。……ありがとう、ユード。お前のおかげで、俺、今、歩けてる。俺はもっと強くなるから。もっと鍛えてくれ。」
珍しく黙っているハリーを振り返ると、彼にも同意を求める。
「なぁ、ハリーもそうだよな?」
さすがのハリーも今回は疲れた様子で、コクリと静かに頷いた。
ユードが少し微笑んで、大きな手をぽんと頭の上に置いた。
大きく温かな手に、再びルノーは涙が出そうになったが、ブンブンと頭を振ってユードの手と共に涙も振り払うと、今度はもう少しマシに笑えた。
「やめろよ。もう子どもじゃないから!」
そう言うと、ハリーの笑い声が少し聞こえる。
氷が溶けるように、少しずつ気持ちが柔らかくなる気がする。
たどり着いた部屋の扉は相変わらず開け放たれ、暖炉に背を向けた赤い髪の小さな少女が起きて待っていてくれた様子で、部屋の中で迎えてくれた。
「ルノー、ご苦労さま。無事で良かった。」
マティの白い手が伸びてきて、冷たい手が頬に触れる。
「煤だらけだな。怪我は? 無いようね。ハリーも、ユードも。無事で良かった。」
安堵して微笑むマティに、ルノーは笑い返した。
「マティ。ユードをありがとう。助かったよ。」
ルノーの言葉に、マティは頷くと、扉の前で控えているユードに声をかける。
「ユード、顔を見せて頂戴?」
その声に、ユードが大きな身体を縮こませながら部屋に入ってくると、明るい光の下で改めて見るユードは、泥と返り血を全身に浴びている。
まるで、血みどろの獣だ。
その獣が、小さなマティの前に跪くと、マティは自分たちにしたように、血で斑になったユードの頬に白く小さな手を当てる。
そして自分の服が汚れることも気にせずに、ユードの頭を抱きしめた。
「おかえり。私の可愛いエルフ。」
A Two-Meter Male Maid Hiding a Mace, Yet the Princess Calls Him an Elf.
(鉄槌を隠した二メートルの侍女(男)を、それでも姫はエルフと呼ぶ)
「ま、マティ様! 汚れます!」
「ああ。ずいぶんと汚れているな。」
そう言うと、マティはニッコリと笑うと、おもむろにユードの服を脱がし始める。
「え? ちょ? マティ様?」
戸惑うユードなど気にもとめないで、サクサクと汚れた衣服が剥ぎ取られていく。
ルノーが慌てるユードを面白がって眺めていると、マティの鋭い声が飛ぶ。
「さあ、ルノーもハリーも、服を脱がないと私が脱がすわよ。」
「え?」
「はい?」
マティはユードから剥ぎ取った服をポイとかごに投げると、腕まくりをし始める。
「少し大きな桶を作らせたから、三人まとめて洗濯して差し上げるよう。メリアンにお湯は用意してもらっているから心配ない! さっさとその汚れた身体を洗ってしまうぞ!」
「「「自分で出来ます!!!」」」
まだまだ夜が明けぬ東の塔から、三人の悲鳴が響き渡ったのだった。
前編 完
名前変更ワレラン→ウォルラン(2026.10.09.)
本文修正(2026.08.24.)




