第五話:琥珀の雨、鉄の傘の下で
練馬区での激戦から数日。
損傷したベースの修繕のため、特殊防衛隊には珍しく「完全非番」が言い渡された。
「……雨か」
勝は私服のトレンチコートの襟を立て、ベースのゲートを見上げた。30XX年の東京に降る雨は、大気中のエネルギー粒子の影響で、どこか淡い琥珀色に霞んで見える。
「勝さーん! お待たせしましたっ!」
背後から駆けてきたのは、これまた珍しい私服姿の貞子だ。白いワンピースに、薄手のカーディガン。その姿は、戦場の硝煙を微塵も感じさせないほど可憐だった。
「……遅いぞ、山名。5分前行動が基本だ」
「すみません! どのお洋服がいいか、田中さんに相談してたら長引いちゃって……」
貞子は少し頬を赤らめて、勝の顔を伺う。
「あの……変じゃ、ないですか?」
「……任務に支障はない。行くぞ」
勝は視線を逸らして歩き出した。だが、その耳たぶがわずかに赤くなっているのを、貞子は見逃さなかった。
二人が向かったのは、積層都市の上層階にある展望植物園。かつての東京を再現した、数少ない安らぎの場所だ。
「わあ……綺麗。勝さん、見てください! 昔の桜が咲いてますよ!」
「ああ。……人工光合成による擬似的なものだがな」
相変わらずの素っ気ない返事。だが、勝は貞子が転ばないよう、人混みの中ではさりげなく彼女の肩に近い位置を歩いていた。
「勝さん。……私、ずっと怖かったんです」
ふと、立ち止まった貞子がポツリと漏らした。
「練馬の時……私、自分が自分じゃなくなるみたいで。でも、勝さんが呼んでくれたから、戻ってこれました」
勝は立ち止まり、彼女を見つめた。
その瞳の奥にある「正体」への疑念。それを、今の彼は無理やり心の奥底へと押し込んだ。
「……お前が誰であろうと、俺の隣にいる間は俺が守る。それは、上官としての命令であり……一人の男としての、約束だ」
不器用極まりない言葉。
だが、貞子にとっては、どんな愛の言葉よりも熱く響いた。
「! ……はいっ、勝さん!」
その時、雨が激しさを増した。勝は一本しか持っていなかった大きな軍用傘を広げ、貞子を引き寄せる。
「……狭い。密着するぞ」
「い、いいいいい、いいですよ! 全然、平気です!!」
肩と肩が触れ合う。
勝の体温。鉄のような硬さと、確かな鼓動。
貞子の中のミネルヴァ細胞が、かつてないほど「幸福」で満たされていく。それは破壊の衝動ではなく、ただ純粋に、この時間を永遠に止めたいという祈りに似た願いだった。
遠くのカフェで、変装して二人をつけていた田中幸恵がニヤリと笑う。
「……やればできるじゃない、勝。……でも、その幸せが長く続くといいんだけどね」
彼女の手元の端末には、貞子のバイタルデータから弾き出された、不穏な「警告」が点滅していた。




