第三話:練馬壊滅、あるいは守護の咆哮
「……これが、クラスⅤか」
藤田勝は、瓦礫の山と化した練馬区の中心部で、その巨体を見上げていた。
かつての住宅街を蹂躙しているのは、全高30メートルを超える巨大ミネルヴァ。無数の触手からは高濃度の琥珀色エネルギーが溢れ、周囲の空間そのものを歪ませている。
「勝さん! 重粒子砲、チャージ完了まであと120秒かかります! 持ちません!」
山本の悲鳴に近い通信が飛ぶ。
勝の背負った振動剣も、先ほどの一撃で刃が欠けていた。
「田中、予備のブレードは!」
『無茶言わないで! 今、輸送ドローンを飛ばしたけど、敵の電磁干渉で近づけないのよ!』
絶体絶命。勝は奥歯を噛み締めた。
その時、戦場には不似合いな「ノイズ」が通信機に混じる。
『……勝さん……。……逃げて……ください……』
「山名!? なぜ通信回線に割り込んでいる! シェルターにいるんじゃないのか!」
だが、返事はない。
代わりに、戦場の空気が一変した。
突如として、巨大ミネルヴァの足元から「漆黒の鎖」のような光の束が噴き出し、怪物の動きを完全に封じ込めたのだ。
「なんだ……!? 支援砲撃か?」
驚く勝の視界の端。崩れたビルの屋上に、一人の女性が立っていた。
山名貞子だ。
彼女の瞳は、普段の慈愛に満ちたものとは対極の、冷酷なまでに輝く琥珀色。
その背後には、ミネルヴァ特有の幾何学模様が浮かび上がっている。
「(ダメ……意識が持っていかれる。でも、勝さんを殺させない……!)」
貞子が虚空を掴む動作をすると、クラスⅤの巨体が、まるで見えない巨人に握りつぶされるように歪み始めた。
ミネルヴァが断末魔の咆哮を上げる。
「勝さん、今です!!」
聞き慣れたはずの、しかしどこか人間離れした響きを持つ貞子の声。
勝は直感した。これが罠か、あるいは奇跡かは分からない。だが、このチャンスを逃すほど、彼は甘い指揮官ではなかった。
「……山本! 総員、最大出力で核を撃ち抜け!」
勝は欠けた剣を逆手に持ち、ジェットスラスターを全開にして怪物の胸部へと肉薄した。
漆黒の鎖に拘束されたミネルヴァは、なす術もなく、勝の一撃によってその核を粉砕された。
大爆発。
琥珀色の光が練馬の空を焼き尽くし、やがて静寂が訪れる。
「……勝さん……よかっ、た……」
崩れ落ちる貞子の体を、間一髪で勝が受け止めた。
彼女の指先は、まだ薄っすらとミネルヴァと同じ燐光を放っている。
「山名。お前、今の力は……」
勝の問いかけに、貞子は意識を失う直前、弱々しく微笑んだ。
「……えへへ。……秘密のアイス、食べたから……かな……」
「そんなわけがあるか」
勝は低く呟いたが、彼女を抱き上げる腕には、今まで以上の力がこもっていた。
その様子を、遠方のモニターで見ていた田中幸恵が、冷や汗を流しながら呟く。
「……冗談じゃないわよ。今の波形、人類の味方にしていいレベルじゃないわ……」
物語は、平穏な日常から少しずつ、正体不明の影へと踏み込んでいく。




