最終話:鉄の誓い、琥珀の未来
アリアドネの崩壊から一ヶ月。
東京の空は、かつての濁った琥珀色ではなく、透き通るような青さを取り戻しつつあった。
「……准尉、いえ、藤田隊長! 本部からの通達です。今回の事案は『未知のミネルヴァ変異体による暴走を、現場の機転で阻止した』として処理されました!」
新設された第03防衛支部の執務室。山本富樫が、以前よりも心なしか自信に満ちた顔で敬礼した。
上層部の腐敗は、田中幸恵がばら撒いた「動かぬ証拠」と、市民からの圧倒的な支持によって一掃されたのだ。
「……そうか。山本、お前も一等伝令兵に昇進だ。慢心するなよ」
「はいっ! ありがとうございます!!」
山本が元気よく去っていく。勝は、新調された隊長服の襟を正し、窓の外を見つめた。
そこには、以前と変わらず、けれど少しだけ誇らしげに歩く一人の女性の姿があった。
「勝さーん! お昼ですよー!」
バタバタと音を立ててドアが開く。山名貞子だ。
彼女は今、正式に「特殊防衛隊・共生管理官」という肩書きを得ていた。半分ミネルヴァである彼女の存在は、今や人類とミネルヴァが共存するための「希望の架け橋」として公認されている。
「山名。……ノックをしろと言っただろう」
「もう、堅いこと言わないでください! 今日は勝さんの大好物、全部詰め込んできたんですから!」
貞子が広げた重箱には、山盛りの肉じゃが、出し巻き卵、そして……。
「……これは、なんだ。この、琥珀色のゼリーは」
「ふふ、練馬のエネルギー結晶を食用に加工した特製デザートです! 私の『力』をちょっとだけ混ぜて、勝さんが疲れないように魔法をかけました」
貞子は悪戯っぽく微笑み、勝の隣に座り込む。
勝は少し困ったように眉を寄せたが、迷うことなくそのゼリーを口に運んだ。
「……甘いな」
「愛の味ですから!」
二人の距離は、もう「上官と部下」という言葉では縛れないほどに近い。
勝はふと、彼女の手を握った。戦場での冷たい鉄のような手ではなく、今は温かな、血の通った一人の女性の手だ。
「……山名。いや、貞子」
「! ……はい、勝さん」
「これからは、戦場だけじゃない。……俺のこれからの人生、すべてをお前に預ける。……隣で、笑っていてくれ」
勝の真っ直ぐすぎる告白に、貞子の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
その涙はもう結晶にはならない。ただの、幸せな人間の女の子の涙だ。
「……はい! 喜んで、一生お側にいます! ……あ、でも、浮気したらミネルヴァの力でちょっとだけ懲らしめちゃうかもしれませんよ?」
「……善処する」
勝の不器用な微笑みが、貞子の笑顔と重なる。
鉄の男と琥珀の少女。
二人が紡ぐ物語は、破壊の歴史を終え、新しい「共生」の1ページを刻み始めた。
「……ごちそうさまでした」
空には、希望の光が満ち溢れていた。




