第九話:琥珀の再生、鉄の指先
「……ガハッ……ふざけるな、山名……!」
崩壊するベースの最深部。藤田勝は、右腕の装甲が弾け飛び、血に染まりながらも一歩を踏み出した。
目の前では、巨大な肉塊『アリアドネ』が貞子をその核へと飲み込み、琥珀色の繭を形成している。
「准尉! もう限界です! 崩落が始まります!」
通信越しに山本の叫びが聞こえるが、勝の耳には届かない。
『勝……! その剣を使って!』
田中の鋭い声が響く。
『山名さんのエネルギーを吸い込んだその振動剣なら、アリアドネの位相境界を中和できる! でも、チャンスは一回きりよ。……あんたの命、預けるわよ!』
「……言われるまでもない」
勝は折れた剣を正眼に構えた。
かつては「効率的な殺戮」のために振るってきたその鉄塊が、今は一人の女を救うための「鍵」へと変わっている。
「おおおおおおおおお!!」
勝は、全壊しそうな脚部のブースターを無理やり点火させた。
爆音と共に、彼は琥珀色の嵐の中へと突っ込む。
無数の触手が彼の体を打ち据え、脇腹を貫くが、勝は止まらない。
「山名……! 帰ってきて、肉じゃがを作れと言っただろう!!」
虹色に輝く剣先が、アリアドネの核……貞子が眠る繭へと突き立てられた。
瞬間、世界が白く染まる。
「……あ、れ……勝、さん……?」
意識の混濁する中、貞子は温かい「熱」を感じた。
ミネルヴァの冷たいエネルギーではない。ゴツゴツとしていて、硬くて、けれど誰よりも優しい、人間の手の熱だ。
「……捕まえたぞ、山名」
繭を素手で引き裂き、勝が手を伸ばした。
彼の指先が、貞子の頬に触れる。
その瞬間、アリアドネを構成していた不気味な肉塊が、目も眩むような美しい琥珀色の光の粒へと分解され、積層都市の空へと舞い上がった。
「勝……さん……っ!」
貞子は、血塗れの勝の胸に飛び込んだ。
「ばか……バカです、勝さん! どうして、こんな無茶……!」
「……命令だと言ったはずだ。……それに」
勝は、彼女の頭をそっと抱き寄せ、耳元で低く囁いた。
「……俺も、お前がいないと……腹が減って、戦えん」
空からは、雪のような琥珀色の粒子が降り注いでいた。
それは街を破壊するものではなく、傷ついた人々やベースを癒やす、柔らかな光の雨。
「……ったく、最高に格好悪いわよ、二人とも」
瓦礫の中から這い出してきた田中が、涙を拭いながら笑った。
「准尉! 山名さん! 無事なんですね!!」
山本も、泥だらけの顔で駆け寄ってくる。
組織の命令を無視し、兵器を破壊した。
本来なら極刑ものの大罪。
だが、空を埋め尽くす琥珀色の「奇跡」を見た市民たちは、彼らを反逆者ではなく、真の英雄として讃え始めていた。
「……帰りましょう、勝さん。……今日のご飯、豪華にしますから!」
「ああ。……楽しみにしている」
二人の手が、今度はしっかりと、離れないように結ばれた。




