第八話:琥珀の涙、鉄の誓い
「……止まれ! 止まってください!!」
ベースの地下広場。貞子の悲痛な叫びも虚しく、上層部が起動させた共鳴兵器『アリアドネ』は、周囲のミネルヴァ粒子を強引に吸い込み、異形の肉塊へと変貌していた。
それは、貞子という「完成体」を捕食するために作られた、意志なき殺戮機械だ。
「准尉! 弾幕が効きません! 自己再生能力が異常すぎます!」
山本の重粒子砲が火を噴くが、アリアドネの触手は瞬時に再生し、ベースの支柱を次々とへし折っていく。
「田中、弱点はどこだ!」
勝は振動剣で迫りくる触手を叩き斬りながら、通信機に怒鳴り散らす。
『……ダメよ、勝。あれは山名さんの波形をエサにして動いてる。山名さんがそこにいる限り、無限にエネルギーを供給され続けるわ!』
田中の声には、隠しきれない絶望が混じっていた。
『唯一の停止方法は……山名さんの波形を「完全に遮断」すること。つまり……』
「……私が、あの中に入ればいいんですね」
貞子が、静かに一歩踏み出した。
その背中の光翼は、今やベース全体を覆うほど巨大になり、琥珀色の粒子が雪のように舞い落ちている。
「山名、よせ! 何を言っている!」
「勝さん……私、気づいちゃったんです。私がここにいると、みんなが傷つく。勝さんが、私のせいで『反逆者』になっちゃう……」
貞子は振り返り、世界で一番愛おしい人を見つめた。
その瞳は、ミネルヴァの琥珀色と、人間の優しさが混ざり合った、不思議な輝きを放っている。
「私、勝さんの肉じゃがになりたかった。……でも、勝さんの『盾』になれるなら、それも幸せです」
「ふざけるな!!」
勝が叫び、彼女の手を掴もうとした瞬間。
アリアドネから放たれた強力な衝撃波が、勝を弾き飛ばした。
コンクリートの壁に叩きつけられ、視界が赤く染まる。
「……山名……行くな……!」
「さよなら、勝さん。……大好きでした」
貞子は光の粒子を纏い、アリアドネの核へと吸い込まれていく。
ベースが激しく揺れ、崩落が始まる。
「……准尉! 逃げてください! ここが崩れます!」
山本の制止を振り切り、勝は血を吐きながら立ち上がった。
折れた剣を杖代わりに、彼は光の中へと向かって歩き出す。
「……命令だと言っただろう……山名……」
勝の瞳に、かつてない怒りと、それ以上の「情」の炎が宿る。
「勝手に死ぬことは……上官が、許さん……! 俺の胃袋を掴んだ責任を……取れ!!」
鉄の男が、初めて「軍人」としての仮面を脱ぎ捨て、一人の男として絶叫した。
その声に呼応するように、勝の持つ振動剣が、貞子から漏れ出した琥珀色の光を吸い込み、虹色に輝き始める。




