Scene 36 だから ひみつ
ここのところ日参になりつつある、自主休校という名のサボり。屋上に直行。凍りつくコンクリートにいっしょに寝そべった未羽が、とてもいとおしかった。
「どうして、昨日休んだの?」
「う……、だ、だるかったから。ほら、熱もあったし!」
つめたい風がむき出しの足を通りすぎて体温を奪っていく。間違いなく聞かれるとは思っていたけれど、思いのほか動揺してしまった。
うわずった声で返事をした自分に胸の中で頭をかかえる。ここは、もっと上手に嘘をつかなきゃいけないのに。
「病院は?」
「い、いってなくて。でももうへいきだよ!」
「うそ。だって今日の奈緒はおかしいもん。まだ熱があるんでしょ」
疑うことを知らない未羽は、あたしのおでこに手を当てて熱を測っていた。大丈夫みたいだね、と微笑むその目は真っ赤にただれている。
未羽が泣いていたのは、あたしが原因じゃなかった。けれどその理由は幼なじみにあると、彼女は言っていた。幼なじみ――それは、あたしがいま手を組んでいるあのお人好しな共犯者。どうして夏希は未羽を泣かせるようなまねをしたのだろう。
「あたしのことより、未羽のほうが心配だよ」
「奈緒……」
おでこに当てられていた手をつかんで、彼女に向き直る。すっかり弱ってしまっているんだろう。未羽の顔色は悪かった。
彼女を追いつめたのは、本当にあたしの知っている夏希なのだろうか。あんなにやさしすぎるひとが、こんなにもだれかを傷つけたなんて信じられない。
「幼なじみって、どんなひとなの?」
あたしの知っているお人よしな夏希と未羽の幼なじみとしての夏希。何がどう違うというのだろう。それを未羽の口から直接聞いてみたかった。
「……昔は、すごくよかったの。小さい頃は、家族みたいな関係だった」
ためらいながら、苦いものを吐き出すように口を開いた未羽。その一瞬の間があまりにも含みを持っていて、口を挟むこともできなかった。
「高校に入ったくらいからおかしくなって、周りに女の子は絶えなかったし、あたしに対しての態度がつめたくなった」
冷えた空気に消え入るような、細い声。彼女は目を伏せてかすかにふるえる両手をかたく握り締めていた。あたしの知っている彼は、こんなふうに未羽を泣かせるような人間じゃないのに。
「すごく、……やさしいひとだった」
やさしいひとだった。そう未羽は過去形で話したけれど、夏希はいまだってやさしい。あの夜、あたしは彼に何度救われたかわからない。
「あんなひとじゃなかった。なのに……」
伏せたままの目から空色の涙をこぼす未羽の手をきつく握り締めた。こらえるような押し殺すような小さな泣き声が、胸に突き刺さる。
未羽をしあわせにしてくれると約束したのに、どうして? 信じていたのに。あんなにやさしい夏希だからこそ、その手を取ったのに。
怒りにも似た、くすぶるものが体の奥底で煮えたぎる。こみあげる衝動に火が点りかけたそのとき、ふと彼の声が頭をかすめていった。
『そこで、俺はある仕掛けをする』
思い出したのは昨日の会話。夏希の家で作戦会議と銘打ったあの朝のこと。内容までは教えてもらえなかったけど、夏希は未羽になにかするといっていた。
間違いない。夏希は何かを仕掛けた。本気で未羽を手に入れるために。だからといって、こんなに傷つけて泣かせるなんて冗談じゃない。
「ケンカしたっていってたけど、」
いったいなにが原因で、とあたしは最後まで口にすることはできなかった。ふと目にした未羽の表情が、あまりにも強くどこかを見つめているものだったから。
「……ん? なにかいった? ちょっと考え事してて」
「な、んでもないよ」
それが本当に考え事だったのか、うまくはぐらかされたのかはわからない。ただ、軽い気持ちで聞いてはいけないことのような気がした。
あたしにも言えないことがある。聞かれてはいけないことがある。言いたくて、声にしたくてたまらなくて、でも未羽を失うのが怖いから絶対に言わない。
(あたし、未羽のお兄さんがすきなんだよ)
砂糖菓子に似たやわらかくて甘い髪をなでて、そうつぶやいた。心の中で輪を描く音は、静かに静かに広がって、消えていく。
それは、だれにもいえないあたしだけの秘密。




