Scene 33 ホトトギスのナミダ
「予定よりだいぶ違った展開になったけど、面白いモンが見れたぜ」
ここのところ集合場所になっているあの公園で泣き腫らした顔を洗っていた。吸い込まれるように流れていく渦。メイクの落ちた茶色の水は汚い――まるで、この心のように。
ベンチに座って背を伸ばしている夏希は本当に愉しそうだった。なにがそんなに面白かったのか、あたしにはまったく理解できない。
「なにも面白くなんてないよ。作戦は失敗したでしょう」
「そうか? 確かに予定通りには行かなかったけどさ」
本日の作戦は、あたしと夏希が付き合っているところを見せつけるというものだった。目立つようにとあんな格好をしてまで待っていたのに、来たのは夏希じゃなくて生徒指導の先生。しかも、助けてくれたのはあのひと。
あたしのことなんてどうでもいいと思っているはずなのに、どうして助けてくれたりしたんだろう。彼のことが全然わからなくて、重いものばかりが胸にのしかかる。
「キスする覚悟までしてたのにな?」
ハンカチで顔を拭っているところに、からかうような言葉が飛んできた。思いきりにらみつけてやったのに、夏希はにやにやと笑うばかり。
本日の作戦の最終目標は、鳴かぬならその気させようホトトギスなるもので。もし、あのひとがあたしと夏希の関係に目もくれなかったら、目の前でキスしてやろうとさえ思っていたのだ。
『俺にキスできるか?』
夏希の部屋であんなことをいわれたときには、心底驚いた。でも、それが作戦だと知って覚悟を決めていたというのに、ハプニング続きで、正直それどころじゃなかった。
抵抗がなかったといえば嘘になる。夏希のことは嫌いじゃないけれど、やっぱりそれとこれとは別問題なわけで。
「……女遊びが激しいひとにいわれたくないんですけど」
「激しくねえっつーの。来るものは拒まず主義だったわけ。でも、最終的にいつも未羽に戻ったけどさ」
陰った表情の中に、同じ痛みが見える。何度も何度もあきらめようとして、それでもやっぱり戻ってきてしまう。そんな迷宮の無限ループ。見つからない出口に必死で手を伸ばしている、あたしたち。
あのひとは、あたしのことを何とも思っていない。そんな決定的な絶望に降りそそぐ花びら。わかっているのに、どうやってもたどり着いてしまう。どんなにつめたい水にひたされてても、彼がすきなのだと。
顔を見れて、うれしかった。
助けてくれたとき、また花が咲いた。
想いに熱をともすのは、あのひとの存在。
会いたいといったのは、どうして。
あたしに会う理由なんて、もうどこにもないはずなのに。
「明日、どうする?」
「行かせないんじゃなかったの」
「そんな顔させるためにいったんじゃねえよ。奈緒が会いたいなら、会えばいい」
苦笑する夏希に指さされて、思わず両手で頬をつねった。自分がいま、どんな顔をしているかなんてわからない。彼が何を考えているかも、わからない。
会いたいのか会いたくないのか、そんなことすらわからなくなっている。迷いを見透かすように、ベンチから立ち上がった夏希があたしの前へとやってきた。
「俺をどんなふうに使ってもいいから、明日、行ってこい。泣きそうになったらいつでも呼べよな。飛んで行くからさ」
ぽんぽんとはげますように頭をなでられて、世界がかすんでいく。水にぬれた手がつめたすぎて痛い。泣きすぎた目がじんじんと痛い。夏希があまりにもやさしすぎて、それだけで満たされていくような感覚に陥る。
不安で、どうしようもなくて、苦しくて、自分のことすらわからなくなっているのに。それはきっと夏希も一緒なのに、どうしてそんなにやさしいのだろう。どうしてそんなに、だれかにやさしくすることができるのだろう。
「あたし、夏希を、すきになれば、よかった」
「俺も奈緒をすきになればよかったよ。でも、最終的に未羽になっちゃうんだよなあ。こんなに苦しいのにな」
涙をふいて、笑うことしかできなかった。うまく笑うことができたかどうかわからなかったけれど、夏希が笑うから。
あした、彼に会いにいこう。
もうこんなふうに泣くのはいやだから。
この花を、あのひとに――摘み取る覚悟を、決めよう。
「俺さ、紘があんなに必死になる姿、初めて見たぜ。遅れていって正解だったよ」
別れ際、夏希があたしの手を握って耳元でそんなことをささやいた。鳴かされたホトトギスは、もしかしたらあたしのほうだったのかもしれない。




