第四話 救いと掬(すく)い
「だからよー、お願いするんだから金は渡すと言ってるだろう?」
開店直後から電話通話し続けている男。注文はまだ無い。
「喫茶店の、人格 って店にいるからそこで。」
「俺がバカだから仲の悪い親の前で、持っていける訳が無いだろう?」
やっと電話は終わったようだ。
「それで、ご注文は?」
「値段は同じなんだろ?お勧めのアイスコーヒー。」
電話での不器用さからコミュ障ブレンドを粉にする。
グラスとサーバーに氷を詰めてマドラーで冷やすと水を捨てる。
エスプレッソを抽出し、お湯で割るとサーバーに流し、グラスに注ぐ。
「お待たせ致しました、コミュ障ブレンドのアイスコーヒーです。あと店内での電話はお控え目で。」
コルクのコースターを敷き、ストローとガムシロップポーション、35%生クリームの入ったミニポッドと一緒に提供する。
「おっさん、うるさい客で悪かったな。」
味見もせずガムシロップと生クリームを全量投入し混ぜて一口。
「癖つえぇ!美味っ!これ、持ち帰りしてえってなるわ。おっさん、このブレンドのカフェラテ、ホットで。」
「そのアイスコーヒーを飲み終えたらね。」
「おっさん、このブレンドを売ってくれない?」
「売る理由がない。この店でしか飲めない一杯に価値を出している。」
「家飲みすらダメか?」
「繰り返すが売る理由にならない。この店でしか飲めない一杯に価値を出している。飲みたいなら通え。」
「この一杯の持ち帰りを希望する!」
「君にとっての優遇は、この店でしか飲めない一杯に価値を損なう。持ち帰って食中毒で訴えられる事もあるからな。」
「ケチ臭え。」
「ああそうだな。譲れない品質へのこだわりだよ。」
一気にアイスコーヒーを飲み干し、力強くグラスをカウンターに叩きつける。
「ほら!飲み終えたから早く淹れろ!」
「ふぅ。すまんな。ここは私の店だ。態度を改めない君はもう、客じゃない。代金を置いて出ていってくれ。」
「おい、おっさん。金ならあるんだ。金のある客を追っ払って」
「いい加減にしてくれ。金しかない子供は帰れ。と言っているんだ。」
「後で泣くなよ?地図アプリにクソコメしてやる。」
ため息混じりに言葉が出る。
「ああ。お好きに。」
ドアを乱暴に開けて出ていく男。代金は払われていない。
「おい、食い逃げ!」
その声はアーケードに響く。
「食い逃げじゃない!追い出したのはおっさんだ!」
逃げていたと思いきや、若者は暴力を止めようとする漬物屋の若旦那と取っ組みあいになり、警察、商店街振興組合員の野次馬で店の周りは人集り。既に4時間は経過している。
「災難だったな。」
組合理事長が声をかけてきた。
「いえ、私も気が立ってしまい、大人気ないと今なら言えます。」
「理由はどうであれ、悪事はいかん。お前さんは店を守った。それは誇っていい。」
その人集りの中で部外者であろう男性が
「珈琲処 人格 はここであっていますか?」
と確認している。おそらく、あの男と電話していた相手だろう。
「電話相手なら食い逃げ行為で警察署だね。」
ぽかんとした表情から笑い出す。
「あの短気、やっぱり揉め事しか知らないのかよ。このまま警察署に向かいます。ありがとうございます。」
そう言って離れた場所で電話を始めた。
しばらくすると、再び。
「私は義兄でして。あいつの代金をここでお支払いします。そして、両脚を骨折した入院中の妹に届けたかった事が分かりましたのでご協力頂けないでしょうか?」
「向こうさんも振り上げてしまった手は下ろせなかった訳か。不器用で難儀じゃのう。」
「青木さん、この水筒なら安く譲るで。後で代金持ってきてな。」
商店街の何でも屋さんが少児むけの水筒をふたつ渡してきた
「今日は特別が重なる日みたいだ。」
「商店街も賑わったしね」
少し人集りは解れ、惨事にならなかった安堵を胸に抱えて店に戻る。




