第三話 存在意義
15時30分。閉店に向けて準備を始める。
表の看板にLO終わりました。と黒板に白字に赤文字の板を重ねる。
店内で寛ぐ客にも、LOを確認する。
「もうそんな時間かね。最後にコミュ障ブレンドのエスプレッソを頼もう。リストレットで砂糖を沈めて。」
商店街振興組合の老年の男理事長が温くなったホットコーヒーをくいっと煽り飲む姿を見て、コミュ障ブレンドを粉にする。
理事長は週に一回、二時間で三種類のブレンドを頼むスタイルは変わらない。砂糖は入れるが牛乳やクリームは要らない。
信楽焼のデミタスカップに湯を注ぎ温めると、カップの湯を捨て粉砂糖を入れて抽出を始める。
泡と粉砂糖を素早く混ぜ、抽出を切り上げる。
小さなソーサーに汚れなきスプーンを付けて提供する。
「お待たせ致しました、コミュ障ブレンドのエスプレッソです。」
「お前さんのひと手間は時代遅れと呼ばれるだろうが、儂は美しいものだと思っている。」
「このエスプレッソの時にいつもおっしゃいますね。」
「効率だけでは廃れる。日本茶も飲食店も。需要しか応えない店は新しさが無くなれば淘汰される。」
甘い泡を啜りながら話は続く。
「この商店街とて大型小売店が無い時代の産物を、形だけが残った。今も続けている店は尖り続けた先駆者達でね。」
コルクのコースターを敷き、チェイサーの水をグラスで提供する。
カップに口をつけるタイミングで相槌を打つ。
「えぇ。自分が如何に未熟者か、この歳で教わるばかりですよ。」
「大半は斜向かいの田中漬物の隠居婆だな。」
「お恥ずかしい限りで。」
「いや、あの婆に気に入られるお前さんが商売人としてまともである証拠だ。組合で理事の頃はお節介が歩いているとまで言われていた人だよ?今もお昼過ぎに顔を出してくれていると聞いている。」
「ええ。人が居ない日はいい人ブレンドを暑い日も寒い日もアイスコーヒーで飲まれて帰られます。」
「無理に新しい事を始めなくていい。今の業務形態で困る事があれば相談してくれ。店が無くなる事が儂にとっての損失だからな。」
いつも通り三枚の千円札がテーブルに置かれると、底の濃い砂糖を飲み干して立ち上がられる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
「いい、いい。儂相手ならもっと力を抜け。」
「いえ、良客には誠意を持って。害する者には相応に。が座右の銘ですので。」
「今日もおいしかったよ。」
15時52分。店のドアが開き商店街に出られた。
カウンターのカップを下げて洗い始めると16時。
表の黒板を下げて、ドアに鍵をする。
まずは遅くなった昼食を取る。
冷蔵庫に入れてある、おにぎりふたつ。
カップ、ソーサー、グラス、スプーン、ドリッパー、エスプレッソ用のフィルターを固形石鹸を擦ったスポンジで洗う。
グラスは拭き布で仕上げる。
カウンター席、キッチンをアルコールを吹きつけながら磨く。
売り上げを記録する。
店のバックヤードで翌日用のブレンドを作る。
自宅に帰る頃には8時をまわる。それが私の日課。それが働く事しか知らない私への…




